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天津川の弁当

「失礼致します。水澄さん」

「失礼するなら帰ってー」

「はーい!って、帰りませんよ!?」

「意外とノリが良いな」


ド天然の天津川にこのネタが通じるとは思わなかった(偏見)

今日も今日とてお見舞いに来やがった彼女を嫌々迎え入れて、今日はプリントを貰って学校での出来事を聞くことになった。帰ってくれって言いたいけど、言っても聞かないから諦めて聞く。


「委員長の小鳥遊(たかなし)さんが教材を運ぶ際に、水澄さんのお名前を大声で口にしたんです。水澄さんはここにいるのにですよ。その後お顔を真っ赤にして私にお手伝いを頼んで来ました」

「アイツ俺に助けを求めるのが癖になってんじゃねぇか…。間抜けめ」


小鳥遊というのは俺のクラスの学級委員長の女の子で、絵に書いた様な優等生だ。そのせいで先生によく使いパシリにされている。

この間の天津川の件みたく、気まぐれで量が多くて重そうな教材を運ぶのを手伝ったら、よく手伝いを頼まれるようになってしまった。「誰かに頼ることを覚えろ、優等生」なんて言ったせいだろうか。

それ以外では特に接点はないのが救いだな。


「そういや、特に気にしてる訳じゃないが兵頭(ひょうどう)のアホは……」


―――キュル〜…。


小鳥遊ついでによく俺にダル絡みしてくる変態のことでも聞こうかと思ったその時、俺の腹から随分可愛らしい音が鳴った。

……しまった。やはり不味いからって病院飯をほぼ食わずにいたのはダメだったか。さすがに腹の音を聞かれるのは恥ずかしい。


「お腹が空いているのですか?」

「……空いてない」

「目を逸らして言う人は大抵は嘘を吐いていると、お母さんが言ってました」


くそ。親子共々頭おかしそうな癖して、そういうことはちゃんと知ってるのか。


「水澄さんの馴染みの先生からお聞きしました。病院のご飯をほとんど食べないらしいじゃないですか」

「ああ。俺の口に合わな過ぎて、食べる気が起きなくてな」

「育ち盛りの男の子なのに、それはどうかと思いますよ。それに料理を作ってくれた方、食べ物を育ててくれてる方、何よりも食材に対して失礼です」

「わかってはいるよ。俺も料理はするし。でも不味いものは不味いんだ。我慢して食う方が辛くてしょうがない」


ワガママで大変申し訳ないが、本当に俺の口に合わな過ぎて箸が進まないのだ。

ふりかけご飯くらいしか完食出来ない。もちろん男子高校生がそれだけで満足出来るはずもなく…。入院してから常に腹を空かせている状態だ。

キッチン借りて自分で飯作って食いたい。


「仕方がないですね…。では水澄さん。こちらをどうぞ」

「ん?」


天津川が苦笑しながら、風呂敷に包まれた大きい箱型の何かを鞄から取り出した。

差し出されたそれは誰がどう見ても……


「……弁当?」

「はい!先生のお話を聞いて、水澄さんの為に一生懸命作りました。どうぞ食べてください。……その、家族以外の方に料理を食べて頂くのは初めてなので、お口に合うのかはわかりませんが…」

「……………」

「? 水澄さん?」


……おっもいッ!二度と重たいお見舞い品を持ってくるなって言ったのに、さっそく持ってきやがったぞコイツ!?

なんだその純粋無垢な眩しい瞳は。その辺の常識欠け過ぎだろ!

なんでそんな不思議そうな顔してられるの?お見舞い品として適切だと本気で思ってるの?思ってるんだろうね!


「あ!こら、お弁当を机の上に広げてるんじゃないよ!?……って、うまそっ…」


卵焼き、きんぴらごぼうやブロッコリー……メインに唐揚げとは。美味そうな匂いが室内に漂っている。もちろんちゃんと白米付きだ。

うわ。しかもこれ保温付きの弁当箱かよ。見るだけでわかる……絶対美味いやつだ。


俺も育ち盛り、食べ盛りの男。こんなのを目の前にしたら当然、腹の虫が黙っているはずもなく……


―――キュル〜〜〜。キュルルル……


「長い長い。俺の腹の虫…」

「ふふふっ。どうぞ遠慮なさらず、食べてみてください。男性が好きそうな物を作って来ましたので」

「……正直、お見舞い品としては些か重すぎる。重すぎるが……くっ!」


こんなのを目の前に出されて屈さない奴はいるだろうか…。たぶんいない。

なので俺は橋を手に取り、唐揚げを一口。すると……


―――ザクッ!ジュワ〜…!


「ッ!?」


肉汁が口の中で迸った。口いっぱいに広がる唐揚げの旨みと肉汁。ザクザクとした食感がそれらをより引き立たせているのがわかる。そこに米を突っ込もうものなら……美味いに決まっている…。てか米自体もうまっ!?

五感の全てでその美味しさを堪能出来るとんでもない唐揚げだ。シェフに正直な感想を伝えよう。


「……すっげぇ美味い」

「本当ですか!お口に合って良かったです」

「逆に口に合わない奴がいたらビックリなくらい美味い」

「そう言って頂けて嬉しいです。どんどん食べてくださいね。あと、お母さんから『男の子はとんでもない量を食べるから、おかわりも持って行きなさい!』と言われたのですが……こちらの唐揚げもお食べになりますか?」

「結局量も重いのかよ!?でも食べる!」


ずっと腹を空かせていた俺の理性は失われ、おかわりの分も全て食べ尽くしてしまった。それくらい美味くて、箸が止まらなかったのだ。

やがて理性を取り戻した俺は恥ずかしくなって、しばらく天津川の方を見れなかった。


……久し振りに腹いっぱいになったおかげで、今日はよく眠れそうな気がする。

中3の時に焼き肉屋で大盛りご飯7杯食べた思い出。

お店の人ドン引きしてたなー。


「ご、ご飯おかわり?大盛りで?か、かしこまりました〜…」って。

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