天津川友奈
―――お兄ちゃん……ないで!目を…て!?
失っていた意識が覚醒していくのを感じて、同時に誰かが俺を揺すりまくってる感覚を覚えた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃんっ!死なないで!?」
「い、妹さん。お医者様は命に別状はないと仰ってましたので、どうか落ち着いてください。病院内ですので静かにした方が……」
「うえーーーん!お兄ちゃんが死んじゃう〜!」
「どうしましょう!?私のお声が全く届いていません!」
確か俺は、銀髪の外国人っぽい女の子をナンパから助けようとして、それで……キチガイ二人にリンチされたとこまでは覚えてる。
そして今騒いでるのは…。
……寝起きの頭で今どんな状況か理解してとりあえず、薄らと目を開けて泣き声の発生源である妹の頭を掴んで黙らせた。
「ふぇ?」
「病院では静かにしろって江月おばさんから教わってねぇのか、葵…。あと勝手に殺すな。そんな早くに母さんたちのところになんて行かねぇよ」
「お……お兄ちゃ〜んっ!」
「ぐえっ…」
妹の葵が俺の上にのしかかって来る。小学五年だし重くないから、そこまでだが……リンチの痛みで身体中が悲鳴を上げてる状態だからやめて欲しい。マジで死ぬって。
「よかった…。よかったよ〜〜〜!」
「はいはい心配と不安で一杯だったのはわかった、わかったから。静かにしろ。頭に響く…」
「えっと……この場合はナースコールでよろしいんでしたっけ?何かあれば呼んでくださいって言ってましたし、大丈夫ですよね?」
そしてこの場には葵以外に、もう一人銀髪のお客人がいた。あの時助けた子か…。律儀にお見舞いに来てくれたのか。
その子は一人でなんか呟きながら、ナースコールのボタンを押していた。つまりまぁまぁ距離が近い。思春期男子の性か、つい彼女の容姿を確認してしまう。
……腰まで伸びた綺麗な銀髪だ。まつ毛も長くて、顔も非常に整っていてかなりの美少女だと思う。
スタイルも良い。モデル体型って感じだ。
しばらく葵をあやしていると、看護婦さんが来てくれる。
銀髪の子から話を聞いてすぐに、看護婦さんは女性の医者の人を連れて来てくれた。
……あ。この人、昔世話になった先生だ。
「骨や内蔵に異常はなかったんだけどね、全身打撲で酷い状態だよ。頭も何度も殴られたり、地面に打ち付けられた痕があるし、念の為入院した方がいいわね。君が変わらず丈夫じゃなかったら、下手したら死んでいたかもしれないわね」
「……覚えてたんですね」
「そりゃあ、君みたいな怪我をする子はそうそういないもの。まさか二度もそんな大怪我を負ってくるとは思わなかったけど」
先生は苦笑いしながら言う。
しかし医者には患者の状態を包み隠さず全て話す義務があるとはいえ、死んでいたかもしれない発言は今しないで欲しかったなーって。
「お、お兄ちゃ〜ん…」
「痛い痛い痛い、だから強く抱き着いてくるんじゃあないよ…。兄を殺す気か」
ブラコン気味の葵が過剰反応するからさ。そういうのは葵がいない時に頼みたい。
「それにしても、今度は女の子を庇って大怪我を負うなんて……あの時のボウヤがこんなにもカッコよくなってるなんてね。正直驚いたよ」
銀髪の子をニマニマしながら見つめて言う先生。
……昔は昔、今は今だ。当時は小学生だったし、変わりもするだろう。
「まぁ。さすがに高校生にもなれば多少は落ち着きますよ。中学の時にはもう精神科にも通わなくなりましたし」
「そうか。そりゃあ良かったよ。それじゃあ他にも診なきゃいけない患者がいるからもう行くけど……痛み以外に何か身体に違和感を感じたりとかは?」
「痛すぎてわからんです」
「それもそうか。何かあったらすぐにナースコールするんだよ」
そう言って先生は病室から出て行った。
それから今まで口を閉じていた銀髪の子が、話し掛けてきた。
「水澄乙葉さん。改めまして……今朝は本当にありがとうございました。それと私を助ける為に、そのような大怪我をさせてしまって……ごめんなさい!」
頭を綺麗に九十度曲げてお礼と謝罪をしてきた。
……俺の名前知ってるし、ネクタイの色的に同級生のはずなんだが……生憎俺は知らん。
てか二人を除いて、学年どころかクラスの奴らの顔と名前すら覚えていない。
さすがに銀髪の子がいるなーくらいの記憶はあるけど、名前は知らない。
なんだっけ?よく耳にしてた気はする。
「別に。あそこまでの状況にならない限り助けようとは思ってなかったし、お礼とか言われる筋合いはねぇよ」
「そうなんですか?……ですが、いつでも動けるようにしてくれてたんですよね?」
「はぁ?……いやまぁ。そうとも言えるか…」
一応ギリギリまで見守ってたしな。通報する準備もしてたし、彼女の解釈は間違ってはない。
「でしたらやはり、お礼をしない訳にはいけません!それに水澄さんがいなければ、私は今頃……うぅ、考えるだけでも恐ろしいですっ」
顔を青ざめて、震える身体を両手で抑える。
あのままだったら連れ去られて犯された可能性大だったからな。一生のトラウマものは確実だ。
「ですからありがとうございます。水澄さんのおかげで、私はこうして元気でいられます」
「そうかい。じゃあ好きに感謝しろ」
「はい!好きにしますっ」
ふんすっと言った感じで、何故かその後もお礼を言われてしまった。
……好きに感謝しろってそういうことじゃないんだよな…。天然か?
あと葵そろそろ泣き止んで離れろ。痛い。
「あー。ところでさ」
「はい?なんでしょうか」
「お前、名前なんて言うの?銀髪の子がいるっていうのは知ってたけど、名前まで知らんかったからさ」
お礼の言葉がウザくなってきたので、失礼な質問をしてそれをやめさせた。
彼女は目をパチクリさせて、不思議そうな顔をする。
「えっと……同じクラスなのですが、本当に知らないのですか?」
「そうなのか?……あーいや、そういえばいたか。周りに興味ないせいで、それすらあやふやだったわ」
「はぁ……そう、なのですね。……ふふっ。興味ないと言われたのは初めてで、なんだか新鮮な気持ちです」
いや俺今、結構酷いこと言わなかったか?なんでそこで笑うんだよ。変な奴…。
「では、改めまして自己紹介を……私の名前は天津川友奈と申します。ロシア人の母と日本人の父との間に産まれたハーフです。ちゃんと覚えててくださいね、水澄さん。いつかちゃんとしたお礼をしなきゃいけないので」
銀髪のハーフに女の子、天津川友奈は眩しい程の良い笑顔でそう言った。
いつかってまさか、どっかこっかで絡んで来る気か?
それはとても―――嫌だな…。
「天津川友奈、ね。わかった、一応覚えておく」
「はい。ではまた明日、学校が終わったらお見舞いに来ますね」
「来るな」
「え?」
俺は低い声で、食い気味に彼女を拒絶した。
「もう来なくていい。十分にお礼の言葉は受け取ったしな」
「で、ですが……」
「いいから来るな。俺は基本こういうことでもない限り、誰とも関わり合いたくないんだ」
天津川の目を見て、再度ハッキリと拒絶の言葉を口にした。
「俺は出来るだけ一人でいたい。頼むからお見舞いに来ないで欲しい。あとないと思うが、学校でも一切話し掛けて来ないでくれ。その方が俺は……“幸せ”なんでね」