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草葉の陰の成仏屋  作者: しえすいよ
3/3

ある男子高校生の話

楽しんでいただけたのなら幸いです。

 彼、秋川昌道は、とある病院の分娩室で産声を上げた。

 しかも新生児の平均体重より若干重いぐらいに健康で、初めて抱き上げたとき想像以上に重くてビックリしたと中学に上がるちょっと前に両親から聞いた。

 特に手のかかる子ではなく、二年後に産まれた妹の面倒を見てくれてちょっと助かっていたと、その妹と共に両親から聞いた。……妹は顔を赤くしながら俯いていたのは内緒だが。

 昌道はその後もすくすくと成長していった。

 小さいころには予防注射で大泣きして母親に抱き着いたり。

 早く父親の身長を追い越したい為に毎日のように牛乳を飲んだり。

 爺さんに将棋やら花札を教わったり。

 婆さんに戦争の悲惨さを教わったり。

 妹と玩具の取り合いで喧嘩して結局妹に玩具を譲ったり。

 将来医者になりたいと勉強し始めたり。

 反抗期に入り始めたころ、妹と大喧嘩して距離ができてしまったり。

 両親とも、距離ができてしまったり。

 高校受験の試験勉強の際、何かと気にかけてくれる家族に感謝したり。

 受験に合格した時に、家族みんなで祝ってくれて、少し泣いたのを妹にからかわれたり。

 部活のバスケの試合で負けた妹を家族みんなで慰めたり。

 そろそろ九十後半になるのに馬鹿みたいに健康な祖父母が、実は妖怪なんじゃないかと疑ってみたり。

 父親がどうやって美人な母親と結婚できたのかが分かれば自分にも彼女が出来るはずと考えてみたり。

 いまだ新婚みたいに仲のいい両親を見ながら妹と一緒に口から砂糖を吐き出したり。

これからも、さまざまな感情が織り交ざった思い出が増えていくんだろうなと考えてみたり。

 とにかく、毎日が充実していた。


 ……あの日までは。


 高校二年生。夏休みが終わって半月。残暑が厳しい日だった。

 その日の朝、妹と喧嘩をした。きっかけは本当にどうでもいいぐらいに些細なものだった。今となっては思い出せないぐらいに些細なこと。もうすでに会社に出勤した父親の代わりに母親が仲裁に入ってくれたが、それでも喧嘩は止まることはなかった。

 やがてどんどん喧嘩の炎はヒートアップ。お互いに納まりがつかなくなってきたころに互いの登校時間がやってきて、先に昌道が玄関からいつもの赤いラインの入ったスニーカーを履いて出て行った。そしてそんな昌道の背中に妹は怒りと共に言葉を吐き出す。


『お兄ちゃんのバカ!!アホ!!死んじゃえ!!』


 そんな言葉に昌道は、


『誰が死ぬかバーカ!!』


と返してさっさと学校へと向かっていく。

 ある程度歩いたところで、昌道の頭も冷えていき、帰ったらどうしようかと考え始める。なんかコンビニスイーツでも買って帰ろうか。確か昨日バラエティー番組で紹介してたやつ食べたいとか言ってたし。でも待てよ?美味しそうだけど太っちゃうしな~と言ってたよな?それにあからさますぎないか?確実にご機嫌取りだって思われるし。かと言って何か食べたいものあるかとか聞くのもアレだし。どうしたらいいもんか。まぁいいや。迷うぐらいなら買うか。それでダメならしょうがない。

 脳内議論が終わったころ、いつも通る交差点へと差し掛かる。目の前の信号は赤。

 今日も明日も明後日も、しばらくは残暑が続くのか。

 お願いです。今すぐどうにかなってくれ地球温暖化。


 そんなことを考えていた最中、それは起こった。

 車三台を巻き込んだ交通事故。

 事故原因は、歩道にいた二十代ぐらいの男性がふざけて丸めたビニール袋を車道に投げたこと。たいして飛ばないだろうと思っていたそうだが、そのビニール袋が走行中の車のフロントガラスを横切るほどに飛んでいき、そのビニール袋に驚いた運転手が焦ってハンドルを変な方向に切ってしまい、反対側の車線に出て対向車と衝突、さらに後続車とも衝突したのだ。

しかも、ハンドルを切った際にブレーキではなくアクセルを踏んでしまったため、衝突の際の衝撃は強く、その衝撃で反対車線の車を思い切り歩道に吹き飛ばすほどのものだった。

事故に巻き込まれた運転手たちは、骨折等の重症ではあったが死亡することはなく、この事故原因を作った男性も監視カメラ等の映像から身元が判明。警察のお世話になることとなった。

 これがこの事故の顛末だ。


 この事故で、衝突された車の先にいた、今朝妹と喧嘩して、コンビニスイーツでも買って仲直りしよう考えていた17歳の少年は、全身打撲、脊椎損傷、内臓破裂、身体の主要な骨の骨折、脳挫傷等々の傷を負い、救急隊が駆けつけた時には心肺停止状態、事故の報せを受けた家族が搬送先の病院に駆け付けた時には……


 秋川昌道。享年17歳。

 彼のクラスメイトがその事実を知らされた時、教室の空気が軋んで、重くなって、途轍もない喪失感に覆われた。

 彼の机の上に置かれた花瓶に入った花が視界に入るたび、これはドラマや冗談ではなく現実なのだと思い知らされた。

 学年全員が出席した葬儀では、色とりどりの花が敷き詰められた棺桶の中に、学校の制服を着た昌道が穏やかな表情で眠っているのが不思議で仕方がなかった。誰もがそう思っただろう。そうでもしなければ、この現実を受け止めることなんて出来やしないのだから。

 遺族挨拶の際、気丈に振舞っていた父親が泣き崩れた。それに釣られるかのように昌道の家族全員が泣き出した。妹さんは『私のせいだ』『私のせいで』と言いながら。

 全校集会で普段はちゃんと歌うことのない校歌を、全員が心を込めて全力で歌って見送った。霊柩車が見えなくなっても、最後まで、歌って、見送った。


 後日、昌道の墓前や自宅の遺影に手を合わせに多くの人が来た。ほとんどが小中学生の友人やその親、お世話になった先生で、『早すぎるんだよバカ野郎』と涙を流しながら語りかけていた。





 そんな思いをさせてしまった、こんな不甲斐ない俺を許してくれと、この光景を見ながら『彼』は思うのだった。


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