とある二人の日常
初めての投稿です。楽しんでいただければ幸いです。
『きゃあああああああああ!!!』
絹の布を裂いたような大きな悲鳴が、映画館の客席に座る観客を恐怖のどん底に陥れる。
現在上映中の映画は、最近話題のホラー映画。出演者も最近話題の俳優さんを多数起用しているためか、公開前から話題はうなぎ上り。
中には、俳優だけで内容は薄っぺらい映画だろ。なんて声も多く上がっていたのだが、公開数日でそんな声は瞬く間に小さくなっていくほどの作品だったのだ。
後にある映画評論家はこんなコメントを出している。
『あのホラー映画は本物の恐怖を心の底に刻み込んでくる傑作だ』
そんな傑作ホラー映画を、観客席最後尾のど真ん中で見ている二人の男女の姿があった。
赤のパーカーの上に学ラン。足元には赤のラインが入ったスニーカー、顔立ちはわりと整っているボサボサ頭の男子高生。
白のブラウスの上にカーキー色のブレザー。首元には赤のリボン。チェックのプリーツスカートに黒タイツ。足元は黒のローファー。セミロングの黒髪をブルーのリボンでツーサイドアップにした美少女高校生。
そんな二人をよく見れば、女子高生の方はカタカタ震えながら涙目で悲鳴を上げたい衝動を、隣の席に座っている男子高生の手を思い切り握りしめることで何とか抑えているようだ。それも思い切りカップル繋ぎで。
そうやって手を繋がれている男子高生は、苦笑しつつも涙目になっている女子高生の頭を優しく撫でている。ときどき耳元で「大丈夫か?」だの「限界なら出るか?」だのと囁いている。そのたび女子高生はフルフルと首を横に振って抗議する。……ちなみにこのやり取りは上映開始から何度となく続いている。
それから数十分後、ようやく恐怖の時間から解放された。スタッフロールが流れ始めたのだ。涙目だった女子高生もようやく涙が引っ込んで、恐怖で引きつりっぱなしだった表情筋を緩めていく。「本当に怖かった」「もう見たくない」そう隣の男子高生につぶやく。「何言ってるんだ。見たいって言ったのはお前だろ」女子高生にそう返す。
スタッフロールも終わり、二人が席を立とうとしたその瞬間だった。画面いっぱいに映し出されたこの映画の幽霊が、
『ツギハ、オマエダァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』
と、最後の最後で思い切り叫びをあげる。そんなことをされてしまったらどうなるか。その答えは簡単だ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
上映開始から溜まりに溜まってた恐怖が、悲鳴とともに吐き出されたのだった。
「コワイコワイコワイコワイコワイコワイモウイヤダモウイヤダモウイヤダモウイヤダ……」
「おーい、そろそろ帰って来いって。いつまで怖がってんだよお前」
「だってあそこまで怖いって知らなかったんだもん!最後のあれなに!?サプライズなの!?だったら大成功だよ!!トラウマになっちゃうよあんなの!!」
「そこまで怖かったんなら、この映画に関わったすべての人にとっては賛美の言葉だな」
「……マーちゃんのイジワル」
「なんでそうなる」
「そこはマーちゃんの彼女である私の考えに賛同して『そうだよな望海』って言いながら頭をポンポンするところなんじゃないの?」
「現在進行形で俺の腕に抱き着いてんのにか?」
「それとこれとは別なの!そうしてくれれば、マーちゃんの彼女の心が完全復活するのにな~」
「ふ~ん。てっきりキスでもしてくれとか言われるのかと思っt」
「キスでお願いします!プリーズキスミー!ナウ!ハーリー!」
「時間切れだ。キスはまた今度」
絶賛抱き着かれ中の腕とは反対の腕を動かして、『マーちゃん』と呼ばれた男子高生は『望海』と呼んだ女子高生の頭を撫でてやる。初めは不服そうな顔をしていた望海だったが、次第に表情がトロンとしていく。なんだかんだ彼氏に撫でてもらえて嬉しいのだ。
現在二人は映画館のホールのソファに並んで腰かけて、人目もはばからず甘い空気を作り出している。中にはそんな空気に充てられたのか、とにかく苦みがある飲食物を買おうと心に決めた人もいるほどだ。
「それにしても本当に人気なんだなこの映画。この時間だってのに席ほとんど埋まってたしな」
「うん。平日の午前中なのにね。お仕事とかどうしたんだろう?有給とかかな?」
「そうかもな。サボってまで見に来る奴なんていないだろ」
そう。今日は平日。日曜日でも祝日でも国民の休日でもない。紛れもない平日だ。学校の制服を着用している者は学校の教室で真面目に授業を受けているはずの平日だ。にも関わらずこの学ラン&ブレザーのカップルは映画を見たのだ。何度でも言う。平日なのに。
「さてと、そんじゃそろそろ行きますか。可愛い彼女の心も落ち着いたみたいだしな」
「……腕は抱き着いたままでいい?」
「もちろん」
「やった♪」
彼の名前は秋川昌道。
彼女の名前は園崎望海。
この二人は、まったくの偶然に出会って、
「あ、そういえば。ねぇねぇマーちゃん」
「なんだ?」
お互いに恋をして、見事に恋人同士となった。
「さっきのシアタールーム、私の隣の女の人覚えてる?」
「そういやいたな。その人がどうした?」
ただ、こうして平日なのに悪びれもせず映画を見れることには秘密がある。
「あの人、私とマーちゃんのこと見えてたと思うよ?」
「本当かそれ?」
「うん。こっち見た瞬間に御守り握りしめてガタガタ震えてたもん」
「ありゃりゃ。悪いことしちゃったな」
「どうしようもないよ。私たちのこと見える人の方が圧倒的に少ないし」
「だよな。俺たち幽霊だし」
この二人は、亡くなってあの世の存在となった、『幽霊』なのだから。