初夢の味 【月夜譚No.175】
初夢で食べたお菓子の味が忘れられない。彼女はベッドの上に座ったまま、まだ寝惚けている頭で舌の上で記憶を反芻する。夢の中で味覚を感じたのは、これが初めてだ。
何処か豪奢な部屋の中で大きなテーブルに一人腰かけ、目の前に置かれたお菓子にフォークを入れる。ホロホロと崩れる生地を零さないように口に運び、その美味しさに本当に頬が落ちるのではないかと思った。丁度良い甘さに口の中で解ける触感、少しばかりの酸味がアクセントになっていた。
今まで食べたことのない味だった。そのお菓子が一体何だったのかは、残念ながら朧気にしか覚えておらず、色形も曖昧だ。
もう一度、あれを食べたい。だが、この世に存在するものなのかも判らないから、きっともう二度と味わえないだろう。
ぼーっと自室の一点を見つめた彼女は「よし」と呟くと、枕に頭を戻して布団を被った。
今なら、またあの夢を見られそうな気がするのだ。
幸せな味を思い浮かべながら、彼女は二度寝に落ちていった。