episode02.一方そのころ
ちょうどその頃──
ファルベッドは、心の底から歓喜に打ち震えていた。
なにせ、こんな簡単に身代わりの娘を見つけられるとは思わなかったのだ。最初にこの依頼を受けたときは、絶対に無理だと思った。
悔しいが、セレニアは美しい。まだ13歳でありながら造形が完璧に整っている。絹のように滑らかな金の髪も、お人形のようなぱっちりとした青い瞳も、小さくて可憐な唇も。
性格さえ生意気でなければ、ファルベッドだとてここまで腹を立てなかっただろうに。あの13歳のマセガキは「身代わりを見つけてこられなければ母様に言いつけてクビにするわ」と言ったのだ。血が沸騰しそうなくらい苛立ったのを覚えている。
でも。
これでもう終わる。
あとは手筈通り、セレニアとして登場した身代わりの食事に毒を盛り、セレニア・ル・ロレンティーネは死んだのだと公表すればいい。身代わりを用意したのは、セレニアが死んだことを皆に知らせるため。
なぜ、そこまでしないといけないのか。
それはセレニアが命を狙われているから。ことの始まりは、セレニアが婚約者に対して公衆の面前で容姿を罵ったこと。お相手は騎士公爵家として誉れ高いアルヴァフォン家のご子息で、ロレンティーネ家はどういうことかと発言の撤回を求められた。対し、セレニアは婚約破棄を匂わせる発言までし出した。家の評判は地に落ち、アルヴァフォン家が報復を仕掛けるのではないかともっぱらの噂。この機に乗じて、伯爵家に恨みを持つ人間がセレニア暗殺を企てているのである。
セレニアの両親はセレニアを溺愛している。
殺されるくらいならば、と、身代わりを立てて娘を殺されたことにし、多大な同情を受けつつ娘を隠そうと考えたのだ。いかにもあのバカ夫妻らしい計画だと、ファルベッドは思う。
(でもこれで栄えあるロレンティーネ家は同情とともに盛り返す……)
妙な引っ掛かりを覚えたのは、身代わり役として見つけ出したアマシアという少女のこと。
正確には、少女が口にしていたシスターの名前。
イザミナ。
もう三十年前も昔のこと、ファルベッドが王都の夜会に出席したときだ。彼女は、イザミナのこんなうわさを聞いた。
異形の子どもたちを好んで集め育てている、と。
あまりにも貴族の中では浮き過ぎた存在だったので、嫌味の意味を込めて《怪物飼いの悪女》と呼ばれていた。
(オッホホホホホ!! このわたくしが、三十年の昔も噂にビクビクするなど! それに本人かどうかも分からない。名前が同じだけかもしれぬというのに……やれやれ、年は取りたくないものね)
ありえない、と、ファルベッドは鼻で笑ったのだった。