始まりはいつも雨が降っていた
窓の外から雨の音が聞こえる。
さぁぁーという音が静けさを呼び、そこにピチャン、ポチャンと水滴が水たまりを心地よくたたく音がする。
そんな雨一色にそまった静かな音楽に、ふいに、カチャンとテーブルに入ったティーカップを置く音が加わる。
少しして、さらっ、さらっと本をめくる紙の擦れる音。
シャッ、スッとペンが素早く滑る音も加わる。
ここは書斎であり、研究室。もう、かれこれ数時間は、研究する音だけがリズムを刻み続けていた。
コトッとペンをそっと置く音がして、背の低い少女が紅茶をひとすする。そして、ふぅーっと肺の中の息を一気に吐いていく。
赤い背もたれに銅色で縁取られた肘掛け椅子に少女はとさっともたれかかる。
どうやら集中力が切れたようだ。
そうすると彼女は、しばらく瞼を閉じ、雨の静寂に身を任せていた。その姿はまるで眠っているようでもあり、今にも壊れてしまいそうな儚さもあった。
15分くらい雨の音だけが続いただろうか?彼女は椅子から立ち上がり、窓の外をぼーっと見つめた。その目は、深い雨に覆われて何も見えないそのまた更に向こう側をみつめているようであった。
140㎝くらいの伸長にはこの家はやや大きく、灰色の少し毛先が外向きにはねたミディアムヘアーが揺れる。大きめの黒と薄い灰色の2色で幾何学模様が描かれたポンチョをはおり足元まであるスカートをはいて、これまた黒っぽいキャスケットをかぶっている。
少女の視線が窓の外の景色から、窓枠の辺りに落ちる。
と、同時に言葉が口元から零れ落ちる。
「また……、わからなかった……」
そうつぶやいた少女はどこか不安そうだった。
「もう今日は考えられないや」
そういうと、彼女は休憩用のソファーにポスンと倒れこんだ。
顔をソファーにうずめて、肩の力を落とす。
次の瞬間、ばっと顔を上げると、叫んだ。
「あーーーーーーっ!わっかんないよぉーーー!」
その声を合図に、部屋の扉がキィーと小さな音を立てて開く。
彼女だけだった空間に入ってきたのは、身長が彼女より15㎝くらい高い青年だった。髪は短髪で少し青みがかっている。
「今日もお疲れ様です。時雨さん。」
そしてソファーに体をうずめる彼女をわき目に、ティーカップをてきぱきと片付けていく。
続いて机の上に散らばった羊皮紙をまとめようとすると、時雨はむくっと起き上がり叫んだ。
「ちょっと待って。そこは触んないでいったでしょ!」
青年は微笑みながら、
「いやはや、ちらかっていたもので。」
と慣れた感じで返す。
「これだからもー。秋くんは、見ちゃダメっていつも言ってるでしょ!」
と少し顔をムッと膨らませて時雨が指摘する。
「はいはい。私が悪うございました。それではまた。」
そう言って秋は部屋を出ていこうとする。
その背中を時雨の声が引き留める。
「ちょっと待ちなさいよ。」
その声に秋は振り返る。
「なんでしょう?」
先ほどまでの不安や苛立ちの表情とはうってかわって、何も考えていないかのように時雨は言った。
「後で、買い物に付き合いなさい。雨は後2時間くらいでやむわ。」
秋はどこか安心したかのように表情をやわらげ、
「それではまた、二時間後に。」
そう言って部屋を出ていった。