99.会いたい人に会いにいく
3章完結です。よろしくお願いします!
「さて正解だが……さっき君たちが挙げたなかにある」
ロビンス先生は丸眼鏡の奥から、わたしにイタズラっぽくほほえむと、紙に描かれた魔法陣の文様を指さした。
「まずは文様の解説をしよう。これはヴェンガ、『あなたのそばに』という意味だ。それからラグナシャリアエクシ『距離があろうと、さえぎるものがあろうと』、そしてオヴァル『すべてをこえて』、最後がエレスで結実紋と呼ばれる」
ロビンス先生は魔法陣の一点をさす。
「結実紋は古代魔法陣でよく使われる。これこそが魔法陣の要で、『願いを叶え具現化する』……つまり魔術式の実行を司る」
魔法陣から顔を上げたロビンス先生は、わたしをまっすぐに見る。
「ネリス師団長、もうおわかりでしょう。転移魔法陣は『会いたい人に会いにいく』ための、いわば恋唄です」
「恋唄……」
「ええ、ロマンチックでしょう?……だから文様によって、こめる魔素に強弱があるんです。『あなたのそばに』はささやくように、『距離があろうと、さえぎるものがあろうと』は、抑えつつ歌いあげ、『すべてをこえて』は思いをこめる」
なんと!
「そして魔法陣の要たる結実紋には、有無を言わせず実行する力強さが必要です」
まるで音楽を奏でるようだ。フォルテッシモな感じなのかな。
よくできた魔法陣は見た目も美しいから、描くには絵的なセンスがいるとは思っていたけど、音楽的な要素も必要だったとは!
「ネリス師団長、あなたにも判読できる部分……移動先の指定や、移動する対象の範囲といった部分は、この魔法陣の枝葉にあたります。だいじなのは文様にこめられた想い、術者の願いです」
「術者の願い……」
ロビンス先生がうなずいた。
「子どもは『恋唄』の意味など知らなくとも、耳で聞き覚えた歌を口ずさめます。けれど大人のあなたは意味を知ってこそ、はじめてちゃんと歌えるのです」
そうか……わたしは意味もわからず、調子っぱずれなメロディーを歌おうとしてたんだ。それじゃ、うまくいかないよね。ロビンス先生の言葉が、説得力を持って響いてくる。
「最初にこの魔法陣を描いた人物は、どれだけの想いをこめて恋人に会いたいと願ったのでしょうね。術者の願いが距離を超えるという奇跡を起こしたのです」
わたし……今、目から鱗がボロボロ落ちたよ!魔法陣ひとつひとつに目的があり、術者の願いがこめられている!
「わたし……『転移魔法が使えなくちゃ』って焦ってたけれど、それが目的になってしまって、『何のために』が抜けてました……」
「こいうた……?ロビンス先生、誰が作ったんですか?」
「今となっては定かではありません。許されざる恋人同士だったとか、故郷の恋人を思う魔術師だったなど、いくつかの説があります」
首をかしげて質問したアレクに答えてから、ロビンス先生はにっこりした。
「でもこれだけは確かです。転移魔法の成り立ちは遠いところにいる恋人に、『いますぐ会いにいく』と宣言して紡ぐ、古代のおおらかな愛の唄なんですよ」
最後に彼はアレクへと手を差しだした。
「このように学べば、魔法陣ひとつにも歴史があり、物語があるとわかる。学園できみに会えるのを楽しみにしているよ、アレク・リコリス」
「はい!ロビンス先生!」
ロビンス先生としっかり握手するアレクの瞳は、もぅキラッキラに輝いている。
ロビンス先生!わたしも先生について行きたい!わたしも学園通いたい!
アレクがうらやましいぃ……。
ロビンス先生が帰ったあと、わたしはヌーメリアとお茶を飲みながら、今日の講義について話し合う。
「はぁ……ロビンス先生……すごかった」
「すばらしいでしょう?魔術学園の初年度って、みな緊張しているんです。一年生に優しく寄り添って、能力を伸ばして下さる……信頼できるかたですよ」
「彼が学園長ならもっといいのに」
「それは……学園内の派閥もあるというか……ロビンス先生は争いごとは好まれませんから」
たしかに。ねちっこく人の弱みを探ろうとしたダルビス学園長のほうが、性格は悪くても主導権を握りやすいのかも。
「カーター副団長に、あとでちゃんとお礼をいわなきゃ」
苦手だったカーター副団長が、ちゃんと講義を手配してくれたことも驚きだ。まだ講義をうけた興奮が抜けない。
『転移魔法の成り立ち』
『古代文様』
『意味を持つ符号』
『恋唄』
さっき得たばかりの知識が、頭のなかでグルグルと回る。
じっとしていられなくて、なんども練習した魔法陣の形を頭に思い浮かべ、わたしは魔素を少し引きだした。
転移陣を描くことより、その目的を意識する。するとそれまで模様にしか見えなかった古代文様が、意味をもつ符号となって、魔法陣を形作って輝きだす。
(中庭の……コランテトラの葉に……さわる!)
つぎの瞬間、空中に転移魔法陣が出現し、気づいたら中庭にいた。
「ネリア!できましたね!」
「すごいよ、ネリア!」
師団長室の窓から、ヌーメリアとアレクが笑顔で手を振っている。
わたしは枝に手を伸ばして、日に透ける葉脈にそっとふれ、それからヌーメリアに手を振りかえした。
難しいことを考えなくていい。
『会いたい人に会いにいく』
目的さえ合っていれば、あとの細かい設定は枝葉のようなもの。
会いたい人に会いにいく。
そう思った瞬間、わたしの前に黄昏色の瞳と、整った美しい顔があらわれる。
興奮のあまり、わたしは彼にまくしたてた。
「レオポルド!わたしできた!転移魔法できたよ!すごかったよ!魔術学園のロビンス先生に教えてもらったの!」
わたしの顔を凝視したまま、レオポルドはしばらく無言だったけれど、やがて絞りだすように声をだした。
「……そのようだな……」
「あっ!お仕事の邪魔しちゃったね!それじゃ戻るから!こんど長距離のも教えてね!」
「ああ……わかった」
彼は静かに返事をする。
(変なの……いつもだったらもっと文句言いそうなのに……まぁ、いいか)
転移魔法!
使えるようになった!
きゃっほーい!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
きたときと同じように一瞬で転移した娘を、塔にいたレオポルドたちは見送って、しばらくぼうぜんとしていた。
彼の周囲にいた人間が徐々に我に返る。
「師団長……今のかわいらしい女性はもしかして……」
「あのかた、塔の魔法結界……粉々に砕いて跳んできましたよね?」
「これ、結界を張りなおすのに半日はかかりますよ?いとも簡単に、一瞬で壊してくれましたけど……」
メイナード・バルマ副団長とマリス女史がざわざわとすれば、無言で彼女を見送っていたレオポルドが、うめくようにつぶやく。
「しまった……」
「師団長?」
魔術師団長であり、〝銀の魔術師〟とも呼ばれる男は、眉間にぐっと深いシワを寄せ、流れるような銀の髪をかきあげると、さらにうめいた。
「あいつが転移魔法を覚えたら……さらに厄介だということを考えていなかった。誰があいつを抑えるんだ?」
メイナードとマリス女史は互いに顔を見合わせた。
「それは、まぁ……」
「王都三師団は互いが抑止力ですから……」
そう言って、ふたりは再び彼を見る。
「……私か……」
レオポルドは頭痛でもしたかのように目をつむり、こめかみを手で押さえると、盛大なため息を吐いた。
誤字報告でご指摘のありました、『瞳を閉じ』は『瞼を閉じ』ではないかというご指摘ですが、実際にはよく使われる表現ですが、違和感を覚えるかたもおられたということで。
最終的に『目をつむり』にかえさせて頂きました。(2021年7月11日改稿)









