98.会いたい人に会いにいく
3章完結です。よろしくお願いします!
「さて正解だが……さっき君たちが挙げたもののなかにある」
ロビンス先生は、丸眼鏡の奥から、わたしにむかっていたずらっぽく微笑むと、紙に描かれた魔法陣の文様を指さした。
「まずは文様の解説をしよう……このヴェンガの意味は、『あなたのそばに』だ。それからこの文様はラグナシャリアエクシ、『距離があろうと、さえぎるものがあろうと』……そしてこっちがオヴァル『すべてをこえて』……そして、最後がエレス……『結実紋』」
ロビンス先生は魔法陣の一点をさす。
「『結実紋』は、古代魔法陣でよくつかわれる文様だ。これこそが魔法陣の『要』……意味は、『願いをかなえ具現化する』……つまり、魔法陣の実行を司っている」
ロビンス先生は、魔法陣から顔を上げると、わたしのほうをみた。
「ネリス師団長、もうおわかりでしょう?転移魔法陣は、もとは『会いたい人に会いにいく』ために描かれた……いわば『恋唄』なんですよ」
「恋唄……」
「ええ、ロマンチックでしょう?……だから、それぞれの文様によって、こめる魔素に強弱があるんです。『あなたのそばに』はささやくように、『距離があろうと、さえぎるものがあろうと』は、おさえつつも歌いあげていくように……『すべてをこえて』は思いをこめて……」
なんと……!
「そして結実紋は魔法陣の『要』……うむをいわせず実行できるだけの力強さが必要です」
……フォルテッシモなかんじなのかな。よくできた魔法陣はみためも美しいから、魔法陣を描くのには絵的なセンスがいるのだろう……と思っていたけど、音楽的なセンスも必要だったとは……!
「魔法陣に記されたほかの部分はあなたにも判読できるでしょう、移動先の固定や、移動する対象の指定などだ……でもこれらは魔法陣にとっては枝葉の部分です。だいじなのは文様にこめられた想い、術者の願い……最初にこの魔法陣を描いた人物は、どれだけの想いをこめて恋人にあいたいと願ったのでしょうね」
「術者の願い……」
ロビンス先生がうなずいた。
「子どもは『恋唄』の意味などしらなくとも、耳でききおぼえて歌をうたえる……けれどあなたは大人だ。意味を知ってこそ、はじめてちゃんと歌える」
そうか……意味もわからず、調子っぱずれな歌をうたおうとしてたんだ……。それじゃ、うまくいかないよね。
わたし……今、目からウロコがぼろぼろ落ちたよ!魔法陣ひとつひとつに目的があり、術者の願いがこめられている!
あぁ……そうか!わたしは『転移魔法』が使えるようにならなければ……とあせっていたけれど、『転移する』ことが目的になっていて、『なんのために』がぬけてたんだ……。
アレクが首をかしげて質問する。
「こいうた……?ロビンス先生、だれが作ったんですか?」
「いまとなってはさだかではありません。許されざる恋人どうしだった……とか、故郷の恋人を思う魔術師だった……とかいくつかの説があります」
ロビンス先生はそう答えてから、わたしたちにむかってにっこりと笑った。
「でもこれだけはたしかです……転移魔法陣はもともとは……遠くへだてた場所にいる恋人に、いますぐ会いにいく……と宣言して紡ぐ、古代のおおらかな愛の唄なんですよ」
さいごにロビンス先生は、アレクにむかって手を差しだした。
「このように魔法陣ひとつとっても、まなべば歴史があり、物語があるとわかる。学園できみに会えるのを楽しみにしているよ、アレク・リコリス」
「はい!ロビンス先生!」
しっかりとロビンス先生と握手をかわすアレクはもぅ、目がキラッキラに輝いている。
ロビンス先生!わたしも先生について行きたい!わたしも学園かよいたい!
アレクがうらやましいぃ……。
様子をみにきたヌーメリアとお茶を飲みながら、ロビンス先生の講義について話しあう。
「はぁ……ロビンス先生……すごかった」
「すばらしいでしょう?魔術学園の初年度って……みな緊張しているんです。一年生の緊張をほぐして、能力をのばしてくれるんです……信頼できるかたですよ」
「ロビンス先生が学園長なら、もっといいのに……」
「それは……学園内の派閥もあるというか……ロビンス先生はあらそいごとは好まれませんから……」
たしかに。人の弱みをねちっこくさぐろうとしていたダルビス学園長のほうが、性格は悪くても主導権をにぎりやすいんだろうな。
苦手だったカーター副団長が、ロビンス先生の講義を手配してくれていたことにもおどろく。彼は同僚にたいしてはきちんと接しているから、すこしは認めてくれたのかな。あとでちゃんとお礼をいわなきゃ。
まだ、講義をうけた興奮がぬけない。
『転移魔法のなりたち』
『古代文様』
『意味をもつ符号』
『恋唄』
あたまのなかを、いまさっき得たばかりの知識がぐるぐるとまわって、じっとしていられない。わたしは、自分に流れる魔素を、すこしひきだした。
転移陣を描く……ことよりも、『目的』を意識する。あたまのなかでなんども練習した魔法陣の形を思いうかべると、イメージのなかで模様にしかみえなかった古代文様が、意味をもつ『符号』となって、術式のなかで輝きだす。
(中庭の……コランテトラの葉に……さわる!)
つぎの瞬間、空中にさっと転移魔法陣が一瞬で出現し、きづいたら中庭にいた。
「ネリア!できましたね!」
師団長室の窓から、ヌーメリアが笑顔で手をふっている。
わたしは、コランテトラの葉にそっとふれてその葉脈をなで、それから元気よくヌーメリアに手を振りかえした。
難しいことを考えなくていい……『会いたい人に会いにいく』……目的さえあっていれば、あとはこまかい設定は枝葉のようなもの……。
そう。
会いたい人に会いにいく。
そうおもったつぎの瞬間には、わたしの目のまえには黄昏色の瞳をもった綺麗な顔があった。わたしは興奮さめやらぬまま、彼にむかってまくしたてた。
「レオポルド!わたしできた!転移魔法できたよ!すごかったよ!魔術学園のロビンス先生に教えてもらったの!」
レオポルドはわたしの顔を凝視したまま、しばらく無言だったが、やがてしぼりだすように声をだした。
「……そのようだな……」
「あっ!お仕事の邪魔しちゃったね!それじゃもどるから!こんど長距離のも教えてね!」
「ああ……わかった……」
レオポルドは静かに返事をする。
(へんなの?……いつもだったら十言ぐらい文句いいそうなのに……)
まぁ、いいか。
転移魔法!
使えるようになった!
きゃっほーい!
きたときと同じように一瞬で転移した女性を見送って、しばらくぼうぜんとしていた周囲の人間が徐々にわれにかえった。
「師団長……いまのかわいらしい女性はもしかして……仮面はしてませんでしたが……」
「あのかた、『塔』の魔法結界……粉々にくだいて飛びこんできましたよね……?」
「これ、結界はりなおすのに半日はかかりますよ?……いとも簡単に一瞬で壊してくれましたけど……」
周囲がざわざわとするなか、無言で女性を見送っていたレオポルドが、うめくようにつぶやいた。
「しまった……」
「師団長?」
魔術師団長であり、『銀の魔術師』ともよばれる男は、いまや眉間にシワをよせ、流れるような銀の髪をかきあげると、さらにうめいた。
「あいつが転移魔法をおぼえたら、さらに厄介だ……ということを考えていなかった……だれがあいつをおさえるんだ?」
メイナード・バルマ副団長とマリス女史はたがいに顔を見あわせた。
「それは、まぁ……」
「王都三師団はたがいが抑止力ですから……」
そういって二人は、魔術師団長のほうをみる。
「……私か……」
レオポルドは、頭痛でもするかのように目をつむり、こめかみを手で押さえて盛大なため息を吐いた。
誤字報告でご指摘のありました、『瞳を閉じ』は『瞼を閉じ』ではないかというご指摘ですが、実際にはよく使われる表現ですが、違和感を覚えるかたもおられたということで。
最終的に『目をつむり』にかえさせて頂きました。(2021年7月11日改稿)









