97.ロビンス先生に教わろう
よろしくお願いします!
ダルビス学園長とカーター副団長は、夜になってようやく救出された。
ふたりからの『エンツ』で、すぐにぶじは確認できたものの、居場所を特定するのに丸一日かかったらしい。
ふたりは思ったよりも飛ばされていて、シャングリラ郊外のヴェルヤンシャという山の頂上近くに生える木のてっぺんに、クリスマスツリーの星みたいにひっかかってぶらさがっていたらしい。
捜索隊は学園長が渾身の力でとばしてきた使い魔、『羽リス』に案内され、夜になり世界が暗闇に落ちてから、木のてっぺんから夜空にむけて必死に閃光魔法を打ち上げているふたりを、それぞれ回収したそうだ。
それを聞いたとき、ツリーにぶらさげるオーナメントのサンタ人形を思いだした。あれつるすの、ワクワクするよねぇ……光を打ち上げている紺のローブを着た学園長と白いローブの副団長……想像すると絵的には結構かわいい。
なお救出されたダルビス学園長は、「おのれっ!おぼえていろ、あのエセ錬金術師め!」とベッドで叫んでいるそうだ。
おかしい。
わたしはちゃんと礼儀ただしく、にこやかに学園長とお話しできたはずだ。魔法陣に乗って魔力を流したら、学園長と副団長がお空のむこうに飛んでいくなんて、だれも思わないではないか。
不可抗力だ。
助けられたときにやつれきっていたらしいカーター副団長も、今日は出勤してこない。
教えてくれるはずだった転移魔法……どうするの?と思っていたら、カーター副団長はちゃんと事前に学園長に、初等科教諭のロビンス先生を頼んでいて、アレクとふたり一緒にロビンス先生に教えてもらえる手はずになっていた。
うわぁ、副団長ありがとう!飛ばしちゃって、ほんとゴメン!
学園の授業をおえた放課後、ロビンス先生は研究棟にやってきた。
「ロビンス先生、いらっしゃい!きのうはお騒がせしました……」
丸眼鏡に口ひげのロビンス先生は、きのう会ったときとおなじように、にこやかに挨拶をした。
「いえいえ、ネリス師団長ご心配なさらず。『魔力持ち』はあの程度のことではくたばりません……学園長も副団長もぶじに救出されましたよ。それに毎年かならず壁や窓をふっとばす生徒はおりますのでね、建物には自動修復の魔法陣が設置されています。一週間もあれば窓ももとどおりになりますよ」
そうなんだ……修理代とかあとで請求されるのかと思っていたよ……。
「まぁ、一緒に飛んでいった教壇は、戻ってくるのにしばらく時間がかかるかもしれませんが……じょうぶなマホウガニー製なので、そのうち自分で横歩きして帰ってきますよ」
「教壇は……自分で歩いて帰ってくるんですか?」
「ええ、教壇だけじゃなく、生徒たちの机や椅子も、クラス替えなどがあると歩いて移動しますよ?」
「生徒たちが自分で持って移動させたりは……?」
ロビンス先生は、キョトンとした顔をした。
「え?自分で歩くものをなぜわざわざ持つんです?かわいいから抱き上げたい……とかですか?」
「いえそういうことでは……すみません、なんでもないです」
……自分で歩いてくれるんだったら、わたしも掃除当番とか楽だったのに……!
ロビンス先生は、すまなそうに眉を下げる。
「ですが、昨日はもうしわけありませんでした。私、あの騒ぎで動揺してしまいまして、ネリス師団長が魔法陣にのられたときの記録をすっかり忘れておりました」
「そんな……それどころじゃなかったですし」
「記録は残っておりませんが……ネリス師団長は攻撃魔法は使われないのですよね?なのにあれほどの光と風圧……あなたの魔力は『稀有なもの』である、ということはいえます」
「はぁ……」
「もっとくわしくきちんと調べたほうがいいのかもしれませんが……私は『教育者』であって、『研究者』ではありません。こども用の魔法陣ぐらいしか描けませんからね、またあんな騒ぎになるとたいへんですし」
そういうと、ロビンス先生は丸眼鏡のつるをくいっと持ち上げ、わたしにむかってウィンクをした。
あ、もしかして、わたしがいやがってるの……わかってくれてる?
「さて、それでは今日は『転移魔法』をお教えするのでしたね?アレク・リコリス君も呼んでもらえますか?」
ソラにアレクを呼んできてもらい、二人でいままでやっていた転移魔法の練習をロビンス先生にみてもらった。
アレクは師団長室→中庭への転移、わたしは魔法陣を描こうとして、うまく完成形が描けずつまづいているところをだ。
ロビンス先生はわたしたちが練習する様子をしばらく観察したあと、「ふむ、わかりました」とうなずいた。
「アレク君はその調子で何回も練習をして、すこしずついける場所や距離をふやしていこう。ただし、慣れてきても街中で不用意に使ってはいけないよ?とつぜん人があらわれたりしたら、みなびっくりするからね」
「はい!ロビンス先生」
「さて、では次にネリス師団長ですが……あなたはもう大人です」
「はい……」
大人になってからの『転移魔法』の習得は難しいのだろうか。これはもぅ、壊滅的に無理……といわれるかもしれない、と覚悟した。
ロビンス先生は腰のうしろで手を組み、ゆっくりと歩きだす。
「なので『転移魔法のなりたち』そのものから、ご説明したほうがよいでしょう」
「転移魔法のなりたち?」
ロビンス先生は師団長室の机までくると、その上にある、わたしが紙に描いた転移魔法陣をとりあげた。わたしやアレクにもみえるようにそれをかかげ、にっこりと笑う。
「とてもきれいに描けています」
「それはそうなんですけど……」
紙になんどもかいたから、転移魔法陣の形だけはおぼえた。
「ですが、ネリス師団長は転移魔法陣に記されている『符号』の意味をごぞんじないようだ……これらはただの模様ではなくて、すべて『意味』がある、いまは使われていない『古代文様』なのですよ」
「古代文様?」
「ええ、文字とは違いますが、それ自体が意味をもつ模様です」
「てっきりデザイン的なものかと……」
「転移魔法陣は長い年月のあいだに数多くの人がつかい、みがきぬかれた、とても綺麗な完成形の魔法陣です……こうして、紙にあらためて記されたものを眺めてみても、ほんとうにシンプルで美しい……私が作り上げる魔法陣も、このようでありたいものです」
ロビンス先生は顎に手をやり、見惚れるように紙に描かれた魔法陣をみつめた。
「さて、話を戻しましょう……それぞれの古代文様には意味がある、というところまで話しましたね?アレク君も聞いていたね?」
「はい、ロビンス先生」
「よろしい。では、この転移魔法陣を一番最初に描いた人物は、どういう目的でこの魔法陣を描いたとおもう?」
「ええと、離れた場所に移動するため」
「うん、そうだね……では、その『目的』だ。なんのために離れた場所に移動したかったのかな?アレク君はどうおもう?自由に答えてごらん」
アレクは真剣な顔をして考えこんだ。
「……買い物?」
「ほかには?なにか思いつく?」
「遊びにいく……それから、ええと……学校にいく」
ロビンス先生はにっこり笑うと、わたしにも聞いてきた。
「ネリス師団長は?魔法陣を描いた人物の『目的』はなんだと思いますか?」
「そうですね……家に帰る」
「ほうほう……それから?」
「会いたい人に会いにいく……」
「いいですね、もっとでるかな?」
ロビンス先生は、ほかにもいくつか答えさせたあと、にっこりと笑った。
「ふたりともすばらしい!たくさんの目的がでてきたね!たいしたものだ!われわれが使う魔法にはすべて目的がある。ちゃんと目的を持って魔術が使える君たちは、いい魔法使いになりそうだ」
ロビンス先生!もぅ先生について行きたい!アレクなんかもぅ、目がキラッキラに輝いている。
ありがとうございました!
誤字報告でご指摘のありました、『カーター副団長は、ちゃんと事前に初等科教諭のロビンス先生を頼んでいて』の部分の『ロビンス先生を』は『ロビンス先生に』ではないかという件ですが、カーター副団長は94話目でダルビス学園長にロビンス先生を頼んでいたので、『ロビンス先生を』の表記で合っています。
もうひとつご指摘のありました『つまづく→つまずく』についてですが、もともとの漢字は『爪突く(つまづく)』です。『躓く』だと(つまずく)が正解なのですが、『つまづく』も間違いではない……と考えております。









