91.準備を始めよう
よろしくお願いします!
オドゥは腕を伸ばして、ユーリの頭をグリグリする。
「うーん、ユーリは大人だし?弟扱いなんてうれしくないだろうけど、ついかまっちゃうんだよねぇ。だってかわいいし」
「ちょっ、オドゥ!やめてくださいっ!」
本気でイヤがるユーリにかまわず、オドゥは眼鏡の奥で楽しそうに深緑の目を細めた。うわぁ、悪い人の顔になってる。
「ごめんごめん。ユーリがおっきくなったら、おわびに僕が大人のイケない遊び、いっぱい教えたげるよ」
「オドゥ!殿下に変なこと教えるなっ!」
あわてるテルジオに、眼鏡のブリッジに指をかけたオドゥが、イタズラっぽい視線を送る。
「じゃあ、テルジオ先輩が教えてあげるわけ?」
「教えるわけないだろっ!イケない大人の遊びなんて!」
怒鳴り返すテルジオに、オドゥは目を丸くした。
「えぇ?テルジオ先輩、教えられないの?もしかしてやったことない?イケない大人の遊びって、どんなのかわかってる?」
「えっ!」
「どうなんだ、テルジオ」
オドゥに切り返されて動揺するテルジオに、ユーリまで真顔でたずねる。
「わわわ私のことはっ、かかか関係ないでしょお⁉」
「……知らないんだ」
「……知らないのか」
白いローブの錬金術師たちは、兄弟のようにほぼ同じセリフを吐く。
「しし知ってますとも!大人の遊びぐらいっ!」
「へー本当?」
「へぇ、そうなのか?」
「なななんでっ!オドゥも殿下も、そういうときは息ピッタリなんですか⁉」
ダンッ!
わたしは師団長室の机に、術式の束を音を立てて置くと、低い声をだした。
「ここはどこ?わたしは誰?……そしてあなたたちの仕事はなに?」
みんな、わたしがいることを忘れてると思うの!
男って……ほんっとにバカ!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
わたしはヴェリガンにエンツを飛ばす。
「テルジオもいるなら、わたしもみんなに相談したいことがあるの。ちょっとヴェリガンを呼ぶね……ヴェリガン、頼んどいたものを師団長室に持ってきてくれる?」
するとオドゥが反応する。
「なになに?ヴェリガンまで巻きこんで何かやるの?」
「ユーリのチョーカーが外れたときに備えるの」
テルジオがその言葉に食いついた。
「それは殿下の『呪い』が解けるってことですか⁉」
「うん。わたしはグレンを信じてるから。彼の言葉どおりなら、ユーリのチョーカーはもうすぐ外れるよ」
「……本当に?」
ノドの奥から絞りだした、テルジオの声はかすれていた。補佐官として王子をそばで見ていた彼は、ずっとつらくて苦しかったのだろう。
「レオポルドに使った術式を、グレンがそのままユーリに使うとは思えない。ちゃんと効果や影響も考えて、改良しているんじゃないかな。契約完了が遅いのはそのせいかも。ユーリ、チョーカーを見せて」
「へぇ……それは僕も興味あるなぁ」
オドゥが指で眼鏡を押さえると、レンズの奥で深緑の瞳がキラリと光る。ユーリは彼をにらんだけれど、無言でシャツのボタンを外した。
鈍色のチョーカーがあらわになると、ヘッドにはまる魔石を目にして、テルジオがハッと息を飲んだ。
魔石の色はくすんだ暗褐色から、鮮やかな血赤に変化していた。
「やっぱり……契約完了に備えてカウントダウンが始まってる」
わたしが魔石にふれると、内部を魔素が活発に流れているのが感じられた。もうすぐ時がくる。
「外見はまだだけど、体の中ではもう変化が始まりつつある。ユーリもわかったんじゃない?」
「きのう初めて魔石が熱を持ちました。でもまだそれだけですよ」
瓶をいくつも抱えたヴェリガンが、工房に続く扉から師団長室に入ってくる。
「持って……きた」
ヴェリガンが大きなテーブルの上に、ゴトゴトと置いた瓶を見て、オドゥが首をかしげた。
「ネリア、これなに?薬?」
「えっとね薬じゃなくて……ユーリの健やかな成長をサポートするために、〝サプリメント〟を作りたいの。いきなり成長期がくるわけだから、タンパク質や鉄分、カルシウムも補わないとね」
「はぁ……」
部屋にいた全員がきょとんとしている。
「小食なヴェリガンに栄養を与えて、健康な体にするのが目的で研究してたんだけど……」
最近のヴェリガンはきちんと食事するだけで、こけていたほほも戻り、顔色もだいぶよくなってきた。
「レオポルドから『全身が引き裂かれるほどの痛みで、保健室に担ぎこまれた』って聞いて、成長痛が激しいかもって思ったの。それに体の構成成分を補わないと」
「体の構成成分……つまり、体をバラバラにしたら得られる物質ってこと?」
「う……その表現で合ってるけどさ。オドゥが言うとなんか怖いよ!」
「ポーションじゃダメなんですか?」
「うーん……痛みは和らぐかもしれないけど、魔素よりもまずは物質……骨や筋肉、血液の材料を補充するの」
「それいいね!めっちゃ錬金術っぽいし、使うのはユーリの体だし!」
興奮して叫ぶオドゥを、テルジオが注意する。
「オドゥ!殿下の体を変なことに使うな!」
「ちょっと、かんちがいしないで!血液や筋肉を作るのはあくまでユーリの体で、わたしがやりたいのはその材料を補給することなの!」
「材料を補給⁉……なにそれ、メモりたい!人体の材料だって⁉」
変なスイッチが入ったオドゥはほっといて、わたしは瓶の中身をみんなに説明する。
「レバーペーストとか牡蠣エキス、あと深海鮫や亀のエキスも使ってるよ。味がいまいちなんだけど、ユーリにはこれを毎日飲んでもらおうと思って」
「これ、ですか?」
茶色のどろりとしたペースト入りの瓶を持ち上げたユーリは、顔色がヴェリガンみたいに悪くなる。
「これを毎日……」
「うわぁ、この色と臭い……パパロッチェンを上回るねぇ」
オドゥも眼鏡のブリッジに指をかけて、瓶をのぞきこむ。救いを求めるように、ユーリはなんとも情けない顔でわたしに訴えた。
「あの、ヴェリガンが昼に飲んでる、コールドプレスジュースでもいいのでは?」
「野菜だけじゃ足りないんだよ。体の成長には動物由来の成分がどうしても必要なの。カルシウムが足りないと骨がもろくなるし、鉄分が足りないと貧血になるの」
「僕も協力して……市場で……選んだ……」
ゆくゆくはちゃんと、タブレットやカプセルにしてサプリメントを市販したい!
「鉄剤って吐き気を起こすから、フィルムコーティングしないと胃に負担がかかるし、腸で溶ける素材も探さなきゃね。ユーリは貴重なサンプルなんだよ!」
「サンプル……」
ぼうぜんとするユーリに、わたしは力強い笑顔で言った。
「グレンのしでかしたことだからね、錬金術師団でできるだけフォローをするつもりだよ!」
「だからって、これ……どうみても人間の食べものじゃないですよ」
抗議するユーリの気持ちもわかる。なにしろまだ試作品だから、瓶の中身はドロドロとして異臭を放っている。
「うん、わたしもそう思う。やっぱ飲みにくいかなぁ?でもユーリだって、弟くんより背が高くなりたいよね?」
わたしのひとことが決め手になったらしい。ギュッと目をつむったユーリは、あきらめたようにつぶやいた。
「やります」
(やっぱ気にしてたんだ……)
その場にいた全員が、そう考えたと思う。









