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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第三章 ネリアと王都の錬金術師たち

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91.収納ポケット

収納鞄の量産化も着々と進行中。

 それからしばらく経ったある日、わたしとユーリはメロディたちに、七番街に整備中の新しい工房によびだされていた。


 収納鞄のほうは初回生産分はすべて売りきり、購入者の評判は上々で、予約待ちにさらに追加注文がはいっているそうだ。もうすでにわたしの手を離れたとはいえ、自分でつくった魔道具はわが子みたいなものだから、そういう話を聞くとうれしくなる。


 いまは数種類のデザインのなかから評判がよく、大量生産にむいたデザインを、工房を用意して生産ラインを整えるべく準備をしているところだとか。ユーリの意見をとりいれたユニセックスのデザインもあり、ユーリのとおなじデザインの鞄には、『ユーティリス』と名付けることを、ユーリが許可したそうだ。


「もちろん、そのぶんのマージンは僕あてにいただきますよ。ライガの開発費にあてます」と、ユーリはにこっと笑った。


 公に姿をあらわすようになった第一王子の鞄とおなじもの……爆発的なヒットの予感……本格的に売る気だな!


 工房や倉庫の場所をおさえたり、魔道具師たちとのやりとりでは、コワモテのビル・クリントが大活躍。おぃちゃん、だまって腕組みをしているだけで、迫力があるもんなぁ。押しだしが強いってビジネス面では大事だ……若い女性だけだとなめられることもあるし、アイシャもわかってて貸してくれたんだろう。


 そしていま、新しい工房でニーナの持ちだしてきた提案に、小首をかしげるわたし。


「収納ポケット?」


 ドラえもんのではない。


「そ。軍服をあつかっている服飾メーカーとの共同開発だから、私たちも術式の刻印と固定だけですむし、あらたな設備投資がいらないからね」


 なんでも遠征部隊にもたせた携帯ポーション、あれは部隊で管理し、兵士がケガをすると渡していたそうで。『収納鞄』の収納空間の安全性と安定性に目をつけた軍上層部が、携帯ポーションがはいる収納ポケットを軍服にとりつけ、各自にもたせることをメーカーに提案したらしい。


 収納空間の安定性と安全性に目をつけた軍上層部……って、ユーリ⁉


 わたしがおどろいて横にいたユーリの方に首をめぐらせると、彼はしれっといった。


「ライガの改良につかう研究費は、いくらでもほしいですからね」


 うわぁ……っていうか、いきなり共同開発って……。


「さすが、トップダウンは話がはやいわぁ……創業四百年の老舗が、ウチみたいなちいさな店に頭さげてきたのよ」


 軍服をつくりつづけて四百年……格調たかいデザインと機能性、そのじょうぶさで定評のあるストバル商会が、軍からの提案をうけ、ぜひに共同開発をとニーナたちに依頼してきたのだとか。


「ウチは衣料品に魔法陣をくみこむ技術には長けているからね!」


「それに、収納ポケットも売れるとおもうのよ……女性には鞄っておしゃれアイテムだけど、男性には鞄はおろか、財布を持つのもわずらわしいって方が一定数いるじゃない?」


「いるいる!小銭ジャラジャラおじさん!」


 こっちの世界にもいるのかよ!


「女性もホラ、化粧室にいくのに、ポーチを持ってあるくのがはずかしい……って方もいるし」


 なるほど。


「ネリアは術式をコンパクトにまとめるのがうまいでしょ?なんでそのスキマに⁉って思うような場所に文字列つっこんじゃうんだもの」


 えぇまあ、スキマ収納とかテトリスで鍛えましたから。ほいほいっとスキマにはまる快感がたまりません。


「大きな空間じゃなくてもいいの、縦横二倍ずつでも十分じゃない?」


「魔法陣の布地への固定は私たちにまかせてくれていいから。……どうかしら、できそう?」


「そうですねぇ……」


 ポケットの大きさが七シム四方だとして、魔法陣の大きさが七シムだったらアウトだ。実際にはもっと小さな魔法陣を用意しなければならない。


 空に大きな魔法陣を描くよりも、てのひらサイズの小さな魔法陣を描くほうが、じつは大変だったりする。『収納空間を四倍にひろげる』と、術式が実行する『命令』はおなじなのに、術式を書きこむスペースは小さいからだ。


 女性むけの鞄とちがい、過酷な環境にさらされる軍服の術式が、すぐほころびるようでもこまるし、丈夫さも求められる。複雑な術式ほどほころびやすいから、魔法陣に使うとしたら、術式は簡単なものがいい。


 けれどそれは、『機能』を持たせることとは相反する。『機能』を増やすほど、書きこむべき術式は増えていくのだから。


 ううーん……。


「……即答はできない、かな。もちかえって検討してみます。軍服の布見本をわけてもらえますか?魔法陣との親和性をみたいので」


「すぐ用意するわね」






「ユーリって、軍にも顔がきいたんだね」


 布見本の用意を待つあいだ、ひと息ついてお茶をいただきつつ、ユーリに水をむけると彼は肩をすくめた。


「僕はこれでも成年王族ですから。有事の際には大将として国軍を率いますし」


「国軍を率いる……ってデゲリゴラル国防大臣じゃないの?」


「デゲリゴラル大臣は文官です。指揮権はありません」


 ああ、そうかぁ……大臣はあくまで事務方なのね。指揮権は王族がもつのかな。それもとうぜんか。


「まぁ、あくまでも有事の際なわけで……国軍だけでなく竜騎士団もいるので、僕もこうして錬金術をつづけていられるんですけどね」


 ユーリは手元にあった収納鞄の術式をなでた。


「ほんとうは竜騎士団や魔術師団に入ったほうがよかったのでしょうが、ライアスやレオポルドがいたってことのほかに……やっぱり魔道具が好きだったんでしょうね。魔導列車にあこがれてましたから」


 うん、それはわかる。ユーリはほんとうに魔道具が好きだ。メロディのお店でも目がキラキラしていたもん。


「魔獣もいるこの世界では、生きていくこと自体がたいへんで、人間同士が争うことは滅多にない。けれど人間の歴史からいって、戦争はけっして『ゼロ』にはならない……」


『戦争』を生みだすのは人間の『欲』だ。『欲』があるからこそ、人類の歴史は発展したんだし、そういう意味では、『戦争』はけっしてなくならない。この世界でもそうなんだ……。


「エクグラシアは竜王の加護があるから、大きな戦乱に巻きこまれることもなく発展しました。ドラゴンたちは縄張り意識がつよく、エクグラシアからでることはないけれど……『外』からみたら、ゆたかな土地も竜王の加護も、だれだってほしい……」


 話をするユーリの横顔は、すでに為政者のそれで。


「だから、僕はライガの研究をするんです」


「ユーリは……ライガのもつ制空権の可能性に気がついたんだね……」


「ええ、それでネリアは僕にライガをまかせたんでしょう?人間が竜王を倒せるだけの力を身につけるとしたら、それは他のだれにもわたせない……かならず僕自身が手にいれる」


 遠い昔、人間はドラゴンにかなわなかった。大空の覇者はドラゴンで。だからバルザム・エクグラシアも、ドラゴンと共存する道をえらんだ。


 でもドラゴンよりスピードをだせるライガができて、爆撃具を使いこなせるとしたら……。人とドラゴンがたたかう未来なんて、想像したくはないけど。


 使い方しだいで恐ろしい結果をひきおこす魔道具は、心ある者の手にゆだねたい。


「ネリアも気をつけてください。ネリアが『錬金術師団長』として認められるほど……ネリアの身は危険になります。これまでとはべつの危険がふえてくる」


 ユーリはふいに真剣な面持ちで、こちらを見つめてきた。


「ほんとうは、ネリアを王城からださずに、だれの目にもふれないよう、しまいこんでしまいたい……けれどそれは、ネリアが望まないってわかっているから」


「ユーリ……過大評価すぎるよ、収納鞄についてはメロディやニーナたちのおかげだし、ライガの実用化はユーリが進めているんだもの。グレンのような発明も実績も、わたしにはなにもないんだよ?」


「そうですね。そういうことにしておいたほうが……ネリアは安全です」


 ユーリはふっと笑ったけど、そういうことに……って実際そのとおりだから!


 わたし今だって、たこパとサンゴ礁の海のことしか考えてないからね?


 あっ!転移魔法陣、おぼえなきゃ……。

ありがとうございました。

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