90.中庭のふたり
ブックマークが300件を超えました。特に宣伝もしていないので、本当に偶然飛んできて下さった方ばかりだと思いますが、毎日の更新を楽しみにして頂いてるのが伝わってきます。ありがとうございます。
「ネリア、ちょっと中庭で見てもらえますか」
中庭にわたしを連れだすと、ユーリはローブの袖をまくり、左腕にはめた銀の腕輪を見せる。
「なんか……ライガの腕輪に似てる?」
するとユーリが何か唱え、腕輪の魔石から花が開くように赤い魔法陣が展開してライガが現れる。
彼のライガは色が赤で、シャープなラインがかっこいい。自分に合わせたのかな?
「えっ!すごい!これ、ユーリのライガ?」
「見た目だけは。もらった資料を読み解いて、収納鞄の術式を参考にして腕輪に収納する術式を組んでから、魔法陣を逆展開させました」
「おおお、こんな短期間にそこまで……わたし何ヵ月もかかったのに!」
「だけど、これはハリボテです。空を飛ぶどころか浮かぶことさえできない」
ライガをふたたび腕輪に戻し、ユーリは真剣な眼差しでわたしにたずねる。
「ひとつ聞きたいんですけど……ライガの量産化、ネリアは自分で取り組む気はありましたか?」
コランテトラの下でふたり並んでベンチに座り、わたしは正直に答えた。
「ううん、なかった」
「やっぱり……」
赤い髪をグシャグシャとかき乱し、大きくため息をついたユーリは、持っていた術式の写しを手の甲ではたく。
「これを読んであきれましたよ。高魔力で無理やり飛ばしていたんですね。これ、ネリアのライガをそのまま再現しても誰も飛ばせない。量産する意味がない」
「そのままでは、そうだね」
ユーリは探るようにわたしの顔を見る。
「なんでネリアはこれを僕にやらせようと?」
「ユーリは魔道具が好きだし……子どものころから魔道具にふれていて、扱いも慣れているから。それに空って飛んでみたくなるでしょ?」
「たしかに僕は魔道具いじりが好きですし、空も飛べたらいいとは思いますけど……」
術式の紙束を握りしめるユーリに、わたしは自分の意図を説明する。
「あとはね、ちゃんと錬金術師として、仕事をしたいのかなと思って。ユーリは学園を卒業して、一年の見習い期間を終えたばかりでしょ?」
「そうですよ。それでこんな大役まかせます⁉失敗したら、どうするんですか⁉」
「ふふっ、どうする……って、どうもしないよ」
「え」
「資料庫に積まれたグレンの失敗を見たでしょ?失敗したってどうってことない。問題は情熱と資金が続くかどうかだもの。研究をやめなければ、いつか成功するよ」
「情熱と資金……」
「うん。まぁ、資金のことは心配しなくていいから。ユーリの情熱が続くかぎり、やってみたらいいよ。だってほら、術式がこんなに書いてある」
わたしはユーリが書きこんだメモの束をパラパラとめくる。ほんと、一生懸命だなぁ。
「うれしいよ、術式をこんなに読みこんでくれて。わたしもライガは気にいってるんだ。なんども失敗して墜落したけどね」
「は⁉」
「だって試運転したくても、それができるのってわたししかいないし。三重防壁をグレンが施してくれなかったら、とっくにバラバラになって死んでたよ」
「なんでそんな危ないことを……」
あきれたようなユーリの視線がちょっと痛くて、わたしは彼から目をそらして空を 見上げる。
「んー……ちょっと危険なぐらいが、『生きてる』って実感するのにちょうどよかったからかも。それに地平線が見えたら、その向こうに行ってみたくなるよね」
なんどもなんども地平線を目指して飛んで、失敗して落っこちて。
助けにきたグレンにあきれられた。
ようやくライガを乗りこなせるようになると、グレンはわたしに告げた。
『おまえを王都に連れていく』
放っておいても、わたしはいつかここを出ていくと、彼はわかっていたのだろう。
ここが異世界だとして、本当に世界が在るのだとしたら。
それをこの目で見てみたい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中庭のベンチからユーリは空を見上げる。コランテトラの葉越しに青い空が透けていた。
「父と話し合いました。『十年は錬金術師として過ごしていい』と言われましたよ」
「そうなんだ」
「王位についてはまだわかりませんが、契約が完了してもここで研究を続けられます。僕はライガを完成させますよ」
「うん、がんばって」
「まわりは心配したけど、ここの生活は快適で……僕は困っていなかった。だけどネリアがやってきて初めて、この首枷をうっとうしいと思えた」
ユーリは自分の首元に手をあてて、恨めしげにわたしを見る。
「いくら僕が成人しているといっても、ネリアは僕のこと……どこか子ども扱いしてるでしょ」
「そんなつもりはないんだけど……ごめん、大人の男の人よりは話しやすいから……」
ユーリはすねたように唇をとがらせる。そのしぐさもかわいいんだけど⁉
「昨日だってライガに乗せるとき抱きかかえて、完全に荷物扱いでしたよね?」
あれはわたしがガサツで荒っぽいだけなんだけど、どうもユーリのプライドは傷ついたらしい。ここは謝るしかない。
「ぅ……ごめんなさい」
「いいですよ、許してあげます。そのかわり……」
ベンチから立ち上がったユーリは、わたしの前に回りこむとひざまづき、そのまま瞳をのぞきこんでくる。
「僕の契約が完了したら、ネリアを本気で口説いていいですか?」
へ?
「なんでそうなるの⁉大人になったらユーリなんて王子様なんだから、相手なんて選び放題じゃん!」
「僕はネリアがいい」
赤い熱を持った瞳が焔のように揺らめいて、まっすぐに見つめてくる。わたしは不意打ちすぎて、反応できなかった。
「ふふ、ネリア真っ赤になった。僕でもこんな顔させられるんだなぁ」
くすくすとそれは楽しそうに、ユーリが笑う。わたしはあわててほっぺたを両手で覆い隠す。
「か、からかわないでよっ!」
「僕は本気ですよ」
そういうとユーリは、わたしのほほから左手をとり上げ、自分の右手で包みこむようにして自分の顔にあてた。
わたしを見つめたまま、いつもの優しい微笑を浮かべた彼は、目を閉じてわたしの手のひらに、自分の柔らかい唇を押しつける。
唇を離さぬまま、ゆっくりとまぶたを開くと、長いまつ毛越しにこちらを向いた彼の眼差しは思いのほか強くて。ユーリの流し目が……色っぽすぎる!
「……っ!」
わたしの顔からは絶対に湯気がでてる。ほっぺたが熱い。やがてユーリはにっこりと笑い、わたしの手を解放した。その笑顔は天使なんだけどなぁ。
「きょうはここまでにします。次はまぶたにしますね」
「えっ?ちょっと、なに勝手に順番つけてるの⁉……しかも、なんでまぶた⁉」
立ち上がったユーリがわたしを見下ろし、いたずらっぽく笑う。
「ネリアを泣かせてみたいから」
どうしてそうなる⁉
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ユーリと一緒に師団長室に戻ると、オドゥがテルジオを連れてやってきた。
「テルジオ先輩がユーリに用事みたいで、ウロウロしてたから連れてきたよ。なんかネリア、顔赤くない?」
「そ、外!中庭にいて暑かったから!」
「ふぅん?」
そのまま、オドゥは眼鏡のブリッジに手をあて、ユーリをしげしげと観察する。
「なんかユーリも雰囲気変わったねぇ。呪いがとけたかなぁ?ひょっとして大人の階段登っちゃった?」
「まだですよっ!ほっといてください!」
こんどはユーリのほうが赤くなってそっぽを向く。そのようすはいつもの彼で、わたしはちょっと安心した。
「オドゥってよくユーリをかまうよね」
「だって僕、ユーリのことは弟みたいに思ってるし。ここで何年も一番下だった僕に、初めてできた後輩だもん」
オドゥの言葉にユーリは迷惑そうに唇を尖らせた。
「それはどうも。でも僕は長男ですし、弟扱いされてもうれしくないです」
この話を書きだした時は、ユーリがここまで伸びるとは思ってもいなくて。最初の出番をばっさりカットしたからかもしれません。
誤字報告での『ひざまづく』は『ひざまずく』ではないか、というご指摘ですが……元々は『ひざま・づく』→現代仮名遣いで『ひざま・ずく』に変更。→現在はどちらも許容されている。……ということなので、『ひざまづく』のままにさせていただきます。









