89.中庭のふたり
ブックマークが300件を超えました。特に宣伝もしていないので、本当に偶然飛んできて下さった方ばかりだと思いますが、毎日の更新を楽しみにして頂いてるのが伝わってきます。ありがとうございます。
「ネリア、ちょっと中庭にでて、みてもらいたいんですけど」
中庭にわたしを連れだし、ユーリは自分の左腕をさしだすと、そこにはまっている銀の腕輪を見せた。……なんだかライガの腕輪ににてる?
そう思って見ていると、ユーリが何事か唱え、腕輪の魔石から花が開くように赤い魔法陣が展開し、『ライガ』があらわれた。ユーリのライガはラインがシャープで格好いい上に、色も赤い。自分に合わせたのかな?
「えっ!すごい!これ、ユーリのライガ?」
「……みためだけは。収納鞄の術式を参考にして、もらった資料を読みといて……腕輪に収納する術式をくんで、さらに魔法陣を逆展開させました」
「おおお……こんな短期間にそこまで……わたし何ヵ月もかかったのに!」
「だけど、これははりぼてです。空を飛ぶどころか、浮かびあがることさえできない」
ユーリはライガをふたたび腕輪の形に戻すと、わたしに真剣な眼差しをむけてくる。
「ひとつ聞きたいんですけど……『ライガ』の量産化、ネリアは真剣に自分でとり組む気がありましたか?」
コランテトラの下でふたり並んでベンチに座り、わたしは正直に答えた。
「ううん、なかった……」
「やっぱり……」
ユーリは真っ赤な髪をグシャグシャとかき乱し、大きくため息をつくと、持っていたライガの術式の写しを手の甲ではたいた。
「これを読んであきれましたよ……高魔力でむりやり力技で飛ばしていたんだとわかって……これ、ネリアの『ライガ』をそのまま再現しても、だれも飛ばせない……量産化する意味がない」
「そのままでは、そうだね」
「……ネリアはなんで僕にこれをやらせようと?」
「ユーリは魔道具が好きでしょう?ちいさい頃から、魔道具にふれてて扱いも慣れてるんだろうなぁって思った……それに空って、飛んでみたくなるじゃない?」
「たしかに僕は魔道具をいじり倒すのが好きですけど……空も、飛べたらいいとは思いますけど……」
「あとは……錬金術師として、ちゃんと『仕事』をしたいだろうなぁ……と思って。ユーリは学園卒業して、一年の見習いをおえて、錬金術師になったばかりでしょ?」
「それでこんな大役まかせます⁉失敗したら、どうするんですか⁉」
「ふふっ、どうする……って、どうもしないよ」
「え」
「資料庫に積まれたグレンの『失敗』をみたでしょ?失敗したってどうってことない。問題は情熱と資金がつづくかどうか……研究をやめなければいつか成功するよ」
「情熱と資金……」
「うん。まぁ、資金のことは心配しなくていいから、ユーリの情熱がつづくかぎり、やってみたらいいよ……だってほら、術式がこんなに書いてある……」
わたしは、ユーリが術式を書きこんだメモの束をパラパラとめくる。ほんと、一生懸命だなぁ。
「うれしいよ……わたしの書いた術式をこんなに読みこんでくれたんだね。わたしもライガは気にいってるんだ……なんども失敗して墜落したけどね」
「は⁉」
「だって、試運転しようにもそれができるのってわたししかいないし……三重防壁をグレンがほどこしてくれなかったら、とっくにバラバラになって死んでたよ」
「なんでそんな危ないことを……」
あきれたようなユーリの視線がちょっと痛くて、わたしは彼から視線をはずし空をみあげる。
「んー……ちょっと危険なぐらいが、『生きてる』って実感するのにちょうどよかったからかな。それに、地平線が見えたらそのむこうにいってみたくなるよね」
なんどもなんども地平線をめざして飛んで。
失敗して落っこちて。
たすけにきたグレンにあきれられて。
ようやくライガを自由に乗りこなせるようになったころ、グレンは「お前を王都につれていく」といった。グレンは「危なっかしくて目が離せない」からと、わたしに転移魔法陣の描き方を教えてくれなかったけど。ほっといてもいつか、わたしは出ていくとわかっていたのだろう。
ここが異世界だとして。
ほんとうにその世界が在るのだとしたら。
それを、この目で見てみたい。
中庭のベンチからユーリは空を見上げる。コランテトラの葉越しに青い空が透けてみえる。
「……父と話し合いました。十年は『錬金術師』として過ごしていい、といわれましたよ」
「そうなんだ」
「王位についてはまだわかりませんが……これで『契約』が完了したとしても、研究棟をでなくてもすむ。いままでどおり研究をつづけられます。僕はライガを完成させますよ」
「……うん、がんばって」
「まわりは心配したけど研究棟での生活は快適で……僕はべつに困ってなかった。だけど、ネリアがあらわれてはじめて、僕はこの首枷がうっとうしくなった」
ユーリは自分の首元に手をあてると、うらめしげにこちらを見てきた。
「いくら僕が成人しているといっても、ネリアは僕のこと……どこか子ども扱いしてるでしょ」
「そんなつもりはないんだけど……ごめん、大人の男の人よりは話しやすいから……」
「昨日だってライガに乗せるとき抱きかかえて……あれ完全に荷物あつかいでしたよね?」
あれはわたしがガサツで荒っぽいだけで……どうもユーリのプライドをいたく傷つけてしまったらしい。わたしは眉を下げてあやまった。
「ぅ……ごめんなさい」
「いいですよ、許してあげます。そのかわり……」
ユーリはベンチから立ち上がり、わたしの前にまわってひざまづくと、わたしの目をのぞきこんだ。
「ネリア、僕の『契約』が完了したら、あなたを本気でくどいていいですか?」
へ?
「なんでそうなるの⁉大人になったらユーリなんて王子様なんだから、相手なんて選び放題じゃん!」
「僕はネリアがいい」
そのまま真っすぐに見つめてきた赤い瞳が、焔のように熱を持って揺らめいて、わたしは言葉を失った。
「ふふ、ネリア真っ赤になった。僕でもこんな顔させられるんだなぁ」
くすくすとそれは楽しそうに、ユーリが笑う。わたしはあわてて頬を両手で覆い隠す。やられた、ふいうち過ぎて反応が返せなかった。
「か、からかわないでよっ!」
「僕は本気ですよ」
そういうとユーリは、わたしの頬から左手をとり上げ、自分の右手で包みこむようにして自分の頬にあてた。
わたしの顔を見つめたまま、いつもの優しい微笑を浮かべるとその瞳を閉じ、頬にあてていたわたしの手のひらに、自分の柔らかい唇をおしつける。
唇を離さぬまま、ゆっくりと開く瞼。ながい睫毛越しにこちらを見やる眼差しだけが熱で潤んで。
「……っ!」
流し目!ユーリの流し目が……色っぽすぎる!わたしの頬はさらに熱を持ち、顔から絶対に湯気がでてる。やがてユーリはにっこりと笑い、わたしの手を解放した。
「きょうはここまでにします……次は瞼にしますね」
「えっ?ちょっと、なに勝手に順番つけてるの⁉……しかも、なんで瞼⁉」
立ち上がったユーリが、わたしを見下ろし、いたずらっぽく笑う。
「ネリアを泣かせてみたいから」
どうしてそうなる⁉
ユーリと一緒に師団長室にもどると、オドゥがテルジオを連れてやってきた。
「テルジオ先輩がユーリに用事みたいで、ウロウロしてたから連れてきたよ~あれぇ?ネリア……なんか顔赤くない?」
「そ、外!中庭にいて暑かったから!」
「ふぅん?」
そのまま、オドゥは眼鏡のブリッジに手をあて、ユーリの様子もしげしげと観察する。
「なんかユーリも雰囲気変わったねぇ……『呪い』がとけたかなぁ?……ひょっとして『大人の階段』登っちゃった?」
「まだですよっ!ほっといてください!」
こんどはユーリが赤くなってそっぽをむいた。
「オドゥってユーリのこと、よくかまってるよね」
「だって僕、ユーリのことは弟みたいに思ってるからさぁ……ここで何年もいちばん下っぱだった僕に、はじめてできた後輩だしねぇ」
オドゥは人のよさそうな笑みを浮かべ、ユーリは迷惑そうな顔をした。
「……それはどうも。でも僕長男ですし、弟扱いされてもうれしくないですよ」
いやぁ、この話を書き始めた時は、ユーリがここまで伸びて来るとは思ってもいませんでした。最初の出番をばっさりカットしたので、発奮したんですかね。
誤字報告での『ひざまづく』は『ひざまずく』ではないか、というご指摘ですが……元々は『ひざま・づく』→現代仮名遣いで『ひざま・ずく』に変更。→現在はどちらも許容されている。……ということなので、『ひざまづく』のままにさせていただきます。












