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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』
第三章 ネリアと王都の錬金術師たち

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88.父と子の対話

よろしくお願いします!

「ものわかりのよさそうな顔して、なんでも人任せだ。不安にちゃんと向き合わないから、心配性の母上がいつも逆上するんじゃないか!」


「リメラにいちばん心配かけてるのはおまえだろうが!」


 アーネストの反論は、さらに火に油を注ぐ形になる


「うるさいな!僕がどんなに母上に心配かけまいと努力したか!他人に監視させて、僕たちの生活に平気でズカズカと割りこむ。父親としても夫としてもダメダメで、あんたがまともにできるのは『国王』だけだ!」


「お、俺はそんなにダメか……?」


 もう、アーネストは涙目になりそうである。ガリガリと頭をかき、ユーティリスは大きく息を吐きだした。


「国王としては認めていますよ。成人した今ならわかる。バランス感覚に優れ、誰の意見にも素直に耳を傾ける。堂々としていても偉ぶらない」


 そこまで言って、ようやく彼は肩の力を抜いて笑いだした。


「あ~スッキリした。ネリアが塔に飛びこんだみたいに、直接ぶつかればよかったんだ。はは……」


「かわりに俺のハートはズタボロなんだが……」


 ユーティリスは孤高の錬金術師を思いだす。表情の見えない仮面の奥で、銀髪の男はさぞ困ったろう。


「責めるべきはグレンじゃない。彼に無理を言ってバカをやらかした僕のほうだ。でもだれもが僕をかばった。そんなの、ちっともうれしくないのに」


 優秀だった第一王子が起こした事件に、誰もが驚愕してグレンを責めた。


 けれど、そうじゃない。


 強さへの憧れと恐怖と焦り……あのときの気持ちを、グレンだけが理解して彼と契約してくれた。


「ふっ、あはは。ネリアが、僕とレオポルドとグレン……三人ともしょうもないバカだって。あははは」


 ポカンとしたアーネストの顔がおかしくて、ユーティリスはまた笑う。


「バルザムの再来とも呼ばれるあの天才に、『バカ』と言ったのか……あの娘は」


「僕はずっと怖かった。レオポルドが本気になれば、エクグラシアを手に入れることも、壊滅させることもできる。けれど彼は力を欲したのは自由のためでした」


「そんなことをするようなヤツじゃないぞ?」


 自由を望むなら、王どころか公爵になるのもイヤだろう。


「だから好きにさせているんですね。あなたはやっぱり立派な為政者だ。レオポルドもそう言っていた……ふふ」


「まぁな。俺が気にするのは、彼らが快適に仕事ができるかどうかだけだ。自由にさせても仕事はちゃんとしてくれるぞ」


 素直に喜んでいいのかわからず、アーネストはびくびくしながら返事をする。ユーティリスはしばらくしてから、ぽつりとつぶやいた。


「父上……契約とは関係なく、僕に時間をください」


 親子だからこそ、願いを口にするのはとても勇気がいる。それでもユーティリスは勇気を振りしぼって、心に浮かんだ望みを口にする。


「錬金術師ユーリ・ドラビスとして、研究棟で魔道具を扱うのが楽しいんです。ずっとは無理かもしれない。けれど今はネリアのそばにいたい」


 身を潜めて過ごした研究棟の、同僚たちはみな他人に無関心で、ユーティリスはこれまでにない解放感を味わった。


 両親や側近たちには心配をかけてが、好きな魔道具について一日中考えていられる生活は、とても気楽で快適だった。それにネリアの挑戦状にも応えたい。


「よかろう」


 叱責がくると覚悟したのに、父が発した言葉は予想とはちがっていた。


「……いいのですか?」


 驚いて顔を上げた息子に、父親はうなずく。


「俺も健康だし、十年ぐらいは自由な時間をやれる。いざとなればカディアンにも手伝わせればいい。あいつはおまえが大好きだからな」


「ありがとうございます」


「だがリメラにもっと顔を見せてやれ。おまえを心配してサルジアから、解呪のために呪術師を呼び寄せると言っていたぞ。俺が止めたが」


(隣国サルジアから呪術師だって?)


 イヤな予感しかせず、ユーティリスは顔をしかめた。なにより体をさわられたくない。


「母上のフォローは父上に任せますよ。愛人なんかにかまけてないで、もっと母上をかまってあげて下さい」


「なっ、どうしてそれを……」


 焦る父に向かい、息子はニヤリと笑う。ただカマをかけただけだが、悪い芽は早めに摘むに限る。


「手足となる者がたくさんいるってことは、それだけ多くの目が父上も監視してるってことですよ。僕、おばあ様と母上に泣きつこうかな。『父親に愛人がいるのがショックで、大人になりたくない』って」


「ぐ……」


 王妃と王太后のダブルアタック……それはアーネストにとって死刑宣告に等しい。


 母親によく似た優しげな顔立ちのユーティリスは、言葉に詰まる父に向かって、研究棟でオドゥがよくやる、人のよさそうな笑みを浮かべた。


「僕は家族思いなんで、父上と母上には幸せに過ごしてほしいですからね」


 父との会話を終えたユーティリスは、自分の部屋に軽めの食事を運ばせ、カウチに脚を組んで寝そべった。


 そのまま腕を伸ばして、皿に盛られたペレステをつまむ。指についたソースをなめながら、つい口角があがる。


 結局父は王位については明言せず、彼が錬金術師を続けることを認めた。これであと十年は、契約が完了したとしても研究を続けることができる。


「十年か……いいね。いまさら、この快適な生活を手放したくないし。あいつのやりかたはムカつくけど……」


 ユーティリスはこの一年で、目的のためなら手段を選ばない、オドゥ・イグネルのやりかたをしっかり学習していた。


 もともと優秀な生徒だったというべきか、側近のテルジオが心配したとおり、彼は先輩の影響をばっちり受けたのである。


(もっとも、こんな小細工はネリアには通用しない。まぁ、こんななりじゃな……)


 ユーティリスは首にはまるチョーカーに手をやった。甘えても同情をひいても、彼女には軽くいなされる。


(いっそのこと大人の体になったら、本気で迫ってみようか)


 師団長室の奥にある居住区……あそこでグレン・ディアレスはレイメリア・アルバーンを抱いたのだから。


 ふわふわした赤茶の髪に、黄緑の瞳をきらめかせる元気のいい娘を思いだし、ユーティリスはくすりと笑った。


(真っ赤になって取り乱す彼女もいいよな。でも……)


 ユーティリスは思い返す。いつもどこか冷静な彼女があの男には逆上し、ふだん彼が見ているものとは、まったくちがう表情をした。


(あんな顔もするんだ……)


 驚きと羨望と胸のうずき……それらは初めて覚える生々しくも激しい感情で、同時にそれを引きだした男への対抗心が、どくどくと湧きあがる。


 子どものときにその男へ感じた、恐怖心や対抗心を凌駕する勢いで、それは全身を支配していく。


(あいつだって……)


 強大な魔力を持ち、魔術師団を率いる天才。完全無欠の〝銀の魔術師〟。いつも表情を崩さない冷淡な男が、彼女にはあんなに感情をあらわにするのか。


 そんなの許さない。


 どうにも抗えない、打ち負かしたいという感覚。それを自覚したとき、チョーカーのヘッドにはまる魔石がはじめて熱を持った。


 ユーティリスのなかで生まれた熱に呼応するように、今まで何の反応もなかった契約の要石に変化が起きた。


 準備ができたら。


 時がくれば、〝契約〟は完了する。


 まるで生きもののように、呪いの魔石が熱を帯びて光を放った。

挿絵(By みてみん)

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