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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第三章 ネリアと王都の錬金術師たち

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88.それぞれの夜

よろしくお願いします!

「……いいのですか?」


 目をみひらいて顔を上げた息子に、父親はうなずく。


「俺も健康だし、十年ぐらいはお前に自由な時間をやれるだろう……いざとなればカディアンにも手伝わせればいい……あいつはお前がだいすきだからな」


「……ありがとうございます」


「だがリメラにもっと顔をみせてやれ……あいつはお前を心配してサルジアから解呪のために呪術師をよびよせる……とまでいっていたぞ。それは俺がとめたが」


 隣国サルジアから呪術師だって?イヤな予感しかない……なにより体をさわられたくない。ユーティリスは顔をしかめた。


「母上のフォローは父上にまかせますよ……愛人なんかにかまけてないで、もっと母上をかまってあげてください」


「なっ、どうしてそれを……」


「父上のまわりに手足となる者がたくさんいるってことは、それだけ多くの目が父上を見ているってことですからね……」


 焦る父にむかい口角を上げた息子は、その赤い瞳をすがめた。


「いざとなれば僕は母上とお祖母様に泣きつきますよ?『父上に愛人がいるのがショックで、大人になんかなりたくない』って」


「ぐ……」


 王妃と王太后のダブルアタック……それはアーネストにとって、死刑宣告にひとしい。


 ことばにつまる父にむかい、おなじ赤の髪と瞳を持ちながら、母ゆずりの優しげな顔立ちのユーティリスは、オドゥ仕込みの人のよさそうな笑みを浮かべ、にっこりとわらった。


「僕は父上にも母上にも幸せに過ごしてほしいんですよ。家族思いの優しい子ですからね」






 父との会話をおえたユーティリスは、自分の部屋に軽めの食事をはこばせ、人をさげた。行儀はわるいがカウチにあおむけに脚を組んで寝そべり、腕をのばして皿の上のペレステをつまむ。指についたソースをなめとりながら、知らず口角が上がった。


 結局父は、王位をどうするかについては明言しなかったが、彼が『錬金術師』を続けることを認めた。父の言質をとったからには、これですくなくともあと十年は、たとえ『契約』が完了したとしても、研究棟に居座ることができる。


 いまさらこの快適な生活を手放せるものか。ユーティリスは目的のためなら手段を選ばないオドゥ・イグネルのやりかたを、この一年でしっかり学習していた。


(あいつのやりかたは、ムカつくけれど)


 もともと優秀な生徒だったというべきか……側近のテルジオが心配したとおり、ユーティリスはオドゥの影響をばっちり受けたのである。


 もっとも、こんな小細工はネリアには通用しない。甘えても同情をひいても、どこか軽くいなされる。ユーティリスは首にはまるチョーカーに手をやった。


(まぁ、こんななりじゃな……)


 いっそのこと大人の体になったら、本気で彼女にせまってみようか。師団長室の奥にある居住区……あそこでグレン・ディアレスはレイメリア・アルバーンを抱いたのだから。


 真っ赤になってとりみだす、彼女の顔が見てみたい。


 ユーティリスはふわふわした赤茶色の髪に、黄緑色の瞳をきらめかせる元気のいい娘の顔を思いだして、くすりと笑った。


 でも……と、ユーティリスは思う。


 いつもどこか冷静な彼女は、あの男のまえでは逆上し、ふだん自分にみせるものとはまったくちがう表情をみせた。


 こんな顔もするんだ……驚きと羨望と胸のうずき……それらははじめて覚える生々しくも激しい感情で。同時にそれをひきだした男への対抗心が、どくどくと湧きあがった。


 子どものころに感じた、その男への恐怖心や対抗心を凌駕するいきおいで、それは全身を支配する。


 強大な魔力をもち、魔術師団をひきいる完全無欠の『銀の魔術師』。いつも表情をくずさず、とりつくしまもない男が、ネリアのまえではあんなに感情をあらわにするのか。


 許さない。


 許せない。


 打ち負かしたい。


 そのとき、いままでまったく反応をしめさなかった首元の『契約』の要……チョーカーのヘッドにはめこまれた魔石がはじめて熱をもった。


 ユーティリスのなかにうまれた熱に呼応するかのように。


 準備ができたら。


 時がくれば。


『契約』は完了する。


 まるでいきもののように、『呪い』の魔石がはじめて熱をもった。







 夜になりもう帰ろうかという時分に、魔術師団の本拠地『塔』の師団長室にふらりと現れた人物をみて、レオポルドはげんなりとした。


「私は今日はもうだれにも会いたくない気分だったのですが……」


 みごとな赤い髪と瞳……赤獅子ともよばれるエクグラシアの国王は、その手に不釣りあいなバスケットを持っていた。まわりの者があわてて用意したのであろうそれを、ひょいと持ち上げてみせると、ズカズカと師団長室にはいってくる。


「しょうがないだろ、もうお前のところぐらいしか行くところがない」


「好きなところに行けばいいじゃないですか」


 こっちはひとりになりたい気分なのだ……壮年で男ぶりもいいこの男を喜んで迎えてくれるところなぞ、ほかにいくらでもある。断ろうとすると、アーネストは目に見えてうなだれた。


「ユーティリスに『愛人』にかまけるなととめられた……」


 おもわず、あきれた声がでた。


「それを素直にきくんですか」


「……これ以上きらわれたくない」


 しょぼくれた赤獅子は、ただの赤い毛玉だ。こんな姿はほかのだれにも見せられない……レオポルドはため息をついた。仕方ない……これも給料のうちだと思うしかない。


「お前のところはろくなツマミがないからな。ほら、持ってきてやったぞ」


「それはどうも」


 まったく感謝していない声でそういうと、テーブルの上をかたづけ、グラスを二つとりだし、酒を注ぐ。


 窓をあけるとき一瞬ためらったが、月見酒にはいい夜だ。さすがにあの娘も、今夜はもう飛びこんでこないだろう。


 サルジア織のカーテンを寄せ、窓を開けはなつと、月が二つ中空にかかっていた。


 赤い髪を獅子のようになびかせた武神のような男と、銀の髪を背中に流した精霊のような男がさしむかいでグラスを傾けるさまは、さながら神話の一節のようだが、あいにくとそれを見ているのは月しかいない。


「ユーティリスと話したそうだな」


「ええ」


 グラスを口に運びながら、アーネストは銀の魔術師の顔をちらりとみるが、相変わらず無表情でとりつくしまもない。酒をのんでも乱れたり、酔ってさわぐこともない。


 そうかと思えばレオポルドは淡々と、アーネストが持ちこんだリンガランジャの肉を、小さな火の魔法陣を敷き、アーネストの教えたやりかたで炙りはじめた。


 レオポルドはなんだかんだいって面倒見がよく、アーネストはこの無愛想な男の、そういうところが気にいっていた。


 そしてアーネストは国王を務めるだけあって、自他ともに認める人たらし……甘え上手な男だ。その素質はしっかり、ユーティリスにも受けつがれているが。


「あいつもすっかり大人になったなぁ……と思ってなぁ……」


「そうですか……」


 レオポルド自身は酒を好むたちではないが、ときどきこうやってアーネストが酒を持ちこむおかげで、妙に舌が肥えてしまった。酒もツマミも庶民には手をだせない極上品しか、口にしていないのだ。


 彼自身は琥珀色の『クマル』とよばれる、蒸留酒をヌーク材の樽で熟成させたものが気にいっていて、師団長室の仮眠スペースにも瓶をおいてある。


 万人受けする味ではないが、口に含んだときの香りとふわりと緊張がほぐれる浮遊感がここちよく、師団長室に泊まりこむ夜などは、ひとりで月をみながらたまに嗜んでいる。


 ネリアに「そのお酒、いつもグレンが飲んでいたやつ」と指摘されたときは愕然としたが。


 あいつと自分は思いがけないところでよく似ている。味の好みとか……他人を寄せつけないくせに、いちど興味を持つと恐ろしいまでに執着するところとか。アーネストの愚痴もグレンのことに移っていた。


「あいつは……ユーティリスは……俺よりもグレンを信頼したんだ。父親の俺なんかよりずっと……」


「……」


 子の言葉に一喜一憂するのだから、いい父親ではあるのだろう……レオポルドにはまったくわからない世界の話だが。


 このぶんだと師団長室のベッドを貸す必要があるか……と考えて、先日そこにネリアを寝かせたのを思いだす。ベッドはダメだ、やめておこう。


「俺は……ズルいな……期待していながら内心切り捨て、結局あいつに選ばせた……」


「……適当なところで居住区に送ります……それまではつき合いますよ」


 アーネストの愚痴を聞くともなしに聞きながら、レオポルドは別のことを考えていた。


 ずっと……風のように自由になりたい、と思っていた。


 あの娘は『風』そのもので、とらえどころがない。


 その娘を、グレンは錬金術の手ほどきをしながらも、転移魔法陣の描きかたは教えず、デーダス荒野の家に閉じこめていた。


 あんな場所では、グレンが一緒でなければどこにもいけない。


 それはまるで、グレンの激しい執着を物語るようで。


 あの娘は、だからライガをあのように改良したのだろうか……。

アーネストにベッドを貸すときは、レオポルドは師団長室のソファーで寝ます。

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