88.父と子の対話
よろしくお願いします!
「ものわかりのよさそうな顔して、なんでも人任せだ。不安にちゃんと向き合わないから、心配性の母上がいつも逆上するんじゃないか!」
「リメラにいちばん心配かけてるのはおまえだろうが!」
アーネストの反論は、さらに火に油を注ぐ形になる
「うるさいな!僕がどんなに母上に心配かけまいと努力したか!他人に監視させて、僕たちの生活に平気でズカズカと割りこむ。父親としても夫としてもダメダメで、あんたがまともにできるのは『国王』だけだ!」
「お、俺はそんなにダメか……?」
もう、アーネストは涙目になりそうである。ガリガリと頭をかき、ユーティリスは大きく息を吐きだした。
「国王としては認めていますよ。成人した今ならわかる。バランス感覚に優れ、誰の意見にも素直に耳を傾ける。堂々としていても偉ぶらない」
そこまで言って、ようやく彼は肩の力を抜いて笑いだした。
「あ~スッキリした。ネリアが塔に飛びこんだみたいに、直接ぶつかればよかったんだ。はは……」
「かわりに俺のハートはズタボロなんだが……」
ユーティリスは孤高の錬金術師を思いだす。表情の見えない仮面の奥で、銀髪の男はさぞ困ったろう。
「責めるべきはグレンじゃない。彼に無理を言ってバカをやらかした僕のほうだ。でもだれもが僕をかばった。そんなの、ちっともうれしくないのに」
優秀だった第一王子が起こした事件に、誰もが驚愕してグレンを責めた。
けれど、そうじゃない。
強さへの憧れと恐怖と焦り……あのときの気持ちを、グレンだけが理解して彼と契約してくれた。
「ふっ、あはは。ネリアが、僕とレオポルドとグレン……三人ともしょうもないバカだって。あははは」
ポカンとしたアーネストの顔がおかしくて、ユーティリスはまた笑う。
「バルザムの再来とも呼ばれるあの天才に、『バカ』と言ったのか……あの娘は」
「僕はずっと怖かった。レオポルドが本気になれば、エクグラシアを手に入れることも、壊滅させることもできる。けれど彼は力を欲したのは自由のためでした」
「そんなことをするようなヤツじゃないぞ?」
自由を望むなら、王どころか公爵になるのもイヤだろう。
「だから好きにさせているんですね。あなたはやっぱり立派な為政者だ。レオポルドもそう言っていた……ふふ」
「まぁな。俺が気にするのは、彼らが快適に仕事ができるかどうかだけだ。自由にさせても仕事はちゃんとしてくれるぞ」
素直に喜んでいいのかわからず、アーネストはびくびくしながら返事をする。ユーティリスはしばらくしてから、ぽつりとつぶやいた。
「父上……契約とは関係なく、僕に時間をください」
親子だからこそ、願いを口にするのはとても勇気がいる。それでもユーティリスは勇気を振りしぼって、心に浮かんだ望みを口にする。
「錬金術師ユーリ・ドラビスとして、研究棟で魔道具を扱うのが楽しいんです。ずっとは無理かもしれない。けれど今はネリアのそばにいたい」
身を潜めて過ごした研究棟の、同僚たちはみな他人に無関心で、ユーティリスはこれまでにない解放感を味わった。
両親や側近たちには心配をかけてが、好きな魔道具について一日中考えていられる生活は、とても気楽で快適だった。それにネリアの挑戦状にも応えたい。
「よかろう」
叱責がくると覚悟したのに、父が発した言葉は予想とはちがっていた。
「……いいのですか?」
驚いて顔を上げた息子に、父親はうなずく。
「俺も健康だし、十年ぐらいは自由な時間をやれる。いざとなればカディアンにも手伝わせればいい。あいつはおまえが大好きだからな」
「ありがとうございます」
「だがリメラにもっと顔を見せてやれ。おまえを心配してサルジアから、解呪のために呪術師を呼び寄せると言っていたぞ。俺が止めたが」
(隣国サルジアから呪術師だって?)
イヤな予感しかせず、ユーティリスは顔をしかめた。なにより体をさわられたくない。
「母上のフォローは父上に任せますよ。愛人なんかにかまけてないで、もっと母上をかまってあげて下さい」
「なっ、どうしてそれを……」
焦る父に向かい、息子はニヤリと笑う。ただカマをかけただけだが、悪い芽は早めに摘むに限る。
「手足となる者がたくさんいるってことは、それだけ多くの目が父上も監視してるってことですよ。僕、おばあ様と母上に泣きつこうかな。『父親に愛人がいるのがショックで、大人になりたくない』って」
「ぐ……」
王妃と王太后のダブルアタック……それはアーネストにとって死刑宣告に等しい。
母親によく似た優しげな顔立ちのユーティリスは、言葉に詰まる父に向かって、研究棟でオドゥがよくやる、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「僕は家族思いなんで、父上と母上には幸せに過ごしてほしいですからね」
父との会話を終えたユーティリスは、自分の部屋に軽めの食事を運ばせ、カウチに脚を組んで寝そべった。
そのまま腕を伸ばして、皿に盛られたペレステをつまむ。指についたソースをなめながら、つい口角があがる。
結局父は王位については明言せず、彼が錬金術師を続けることを認めた。これであと十年は、契約が完了したとしても研究を続けることができる。
「十年か……いいね。いまさら、この快適な生活を手放したくないし。あいつのやりかたはムカつくけど……」
ユーティリスはこの一年で、目的のためなら手段を選ばない、オドゥ・イグネルのやりかたをしっかり学習していた。
もともと優秀な生徒だったというべきか、側近のテルジオが心配したとおり、彼は先輩の影響をばっちり受けたのである。
(もっとも、こんな小細工はネリアには通用しない。まぁ、こんななりじゃな……)
ユーティリスは首にはまるチョーカーに手をやった。甘えても同情をひいても、彼女には軽くいなされる。
(いっそのこと大人の体になったら、本気で迫ってみようか)
師団長室の奥にある居住区……あそこでグレン・ディアレスはレイメリア・アルバーンを抱いたのだから。
ふわふわした赤茶の髪に、黄緑の瞳をきらめかせる元気のいい娘を思いだし、ユーティリスはくすりと笑った。
(真っ赤になって取り乱す彼女もいいよな。でも……)
ユーティリスは思い返す。いつもどこか冷静な彼女があの男には逆上し、ふだん彼が見ているものとは、まったくちがう表情をした。
(あんな顔もするんだ……)
驚きと羨望と胸のうずき……それらは初めて覚える生々しくも激しい感情で、同時にそれを引きだした男への対抗心が、どくどくと湧きあがる。
子どものときにその男へ感じた、恐怖心や対抗心を凌駕する勢いで、それは全身を支配していく。
(あいつだって……)
強大な魔力を持ち、魔術師団を率いる天才。完全無欠の〝銀の魔術師〟。いつも表情を崩さない冷淡な男が、彼女にはあんなに感情をあらわにするのか。
そんなの許さない。
どうにも抗えない、打ち負かしたいという感覚。それを自覚したとき、チョーカーのヘッドにはまる魔石がはじめて熱を持った。
ユーティリスのなかで生まれた熱に呼応するように、今まで何の反応もなかった契約の要石に変化が起きた。
準備ができたら。
時がくれば、〝契約〟は完了する。
まるで生きもののように、呪いの魔石が熱を帯びて光を放った。









