87.自分の望み(アーネスト視点)
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アーネストは言葉を失っていた。ユーティリスは評判のよい王子だった。アーネスト自身もできのいい息子だと思い、満足していた。
ユーティリスが自分の能力にこんなにも不満を持っていたとは、思わなかったのだ。
「ネリアが言ったんです……『自分の仕事がだれを幸せにするか、ちゃんと考えて』って。僕はそんなこと考えたこともなかった……力を欲したくせに、それをどう使うかすら考えていなかったなんて……僕は王になる資格すらない」
「それに気づいたのなら、今からでも考えればよいではないか!ユーティリス……俺はお前をかっている。お前が惜しいんだ……」
息子の赤い瞳が昏く光った。
「……それは父親としてですか?それとも国王としてですか?」
「ユーティリス……」
アーネストはまわりがどういおうと、ユーティリスを王太子にするつもりだった。聡明で人当たりも柔らかく、表にでることはないが公務はきちんとこなし、その能力はだれもが認めている。
たとえ外見が『少年』のままだとしても。
だが、弟のカディアンが成人したら?
玉座に座るのがやさしげな風貌の『少年』のような男か、父ゆずりの精悍な面差しと成長した立派な体格をもつ男か、人はどちらが『安心』だと感じるのだろうか。
公然の秘密ではあったが、先日の『竜王神事』で、実際に『少年』の姿をまのあたりにした人々は動揺した。それをエクグラシアの『隙』としてとらえる者が、今後あらわれるかもしれない。
父としての自分は、ユーティリスになんの不満も不足も感じない。グレンとの『契約』のまえに相談して欲しかったとはおもうが、なにがあろうとかわいい息子であることに違いはない。
だが国王としての決断は、それとはまた別だ。国王としてはユーティリスを切り捨てることも、視野に入れなければならない。頼みの綱は、グレンの『後継者』としてあらわれ、師団長となったあの娘だけだが……。
ユーリとはうまくやっているようだし、なにより裏表のなさそうな娘だ。『呪い』をといてくれれば御の字……とけなくても互いに支えあっていけるのではないか……ふと漏らしたつぶやきを側近がひろった。
だれかがそれとなく観察するようになり、最近のユーティリスの『研究棟』への出入りも、魔術学園や魔道具ギルドに二人ででかけたことも、アーネストは把握している。
それはだれもがユーティリスを案ずるがゆえの行動なのだが、当の本人にとってはイヤな監視でしかない。息子は、怒りをわざわざ押さえつけているような平坦な声をだした。
「父上……『呪い』とはべつに、僕を監視してますね……」
燃え上がる赤い瞳はそのままに、そう考えた理由をいくつかあげる。
「テルジオなら僕を心配すれば直接乗りこんでくるし、実際そうした。母上なら大騒ぎして、『研究棟』への出入りすら禁止する」
「すまなかった」
悪びれもせずあっさりと認めた相手に、ユーティリスのやりきれない怒りが噴きだした。
「父上の!そういうところがきらいなんだ!」
「へっ⁉」
怒りの矛先が自分のほうへ向くとは思ってもいなかったアーネストは飛び上がった。
「話のわかるいい父親のような顔して、やってることは冷徹な君主そのものだ。家の中では母上に頭が上がらないくせに!」
「だって、リメラはこわいじゃないか!」
「そのリメラを妻にしたのは、自分だろ!妻の面倒ぐらいちゃんとみろよ!」
「はい……」
返事をしながらアーネストは、なんでいま夫婦の話になるのだ……と内心思った。
「ものわかりのよさそうな顔して、なんでも人任せで母上の不安にちゃんと向き合わないから、心配性の母上がいつもあんなに逆上するんじゃないか!」
「リメラにいちばん心配かけてるのはお前だろうが!」
そこはおおいに反論したい。だが、さらに火に油を注いだ形になって、アーネストは身を縮こませた。
「うるさいなぁっ!僕がどんなに母上に心配かけまいと努力したか知らないくせに!他人にさんざん監視させたわりに、僕自身のことも僕の気持ちも結局、まるでわかってない!父親としても夫としてもダメダメだよっ!あんたにまともにできるのは『国王』だけだ!」
「お、俺はそんなにダメか……?」
もう、アーネストは涙目になりそうである。
「『国王』としてのあなたは認めてますよ……成人した今ならわかる。バランス感覚があって、だれのいうことにも素直に耳を貸せる……堂々としているのに偉ぶることもない」
ユーティリスはふっと息をつくと、ようやく肩の力をぬき口角を上げた。
「あ~スッキリした……ネリアが『塔』に飛びこんだみたいに、直接ぶつかって行けばよかったんだ……はは」
「……かわりに俺のハートはズタボロなんだが……」
ユーティリスは仮面をつけた銀髪の、孤高の錬金術師を思いだす。なんど断られても、必死に頼みこんだ。表情のみえない仮面の奥で、彼は困っていたのではないだろうか。
「責められるべきは、グレンじゃない。グレンに無理をいってバカをやらかした僕のほうだ……でもだれもが僕に気を遣い、かばってくれた。そんなことされてもちっともうれしくないのに」
優秀と思われていた第一王子が起こした事件に、だれもが驚愕し『契約』したグレンを責めた。
けれど、そうじゃない。
強さへのあこがれと恐怖とあせりと。
グレンだけが、あのときの僕の気持ちを理解してくれた。彼だけが僕が感じたのとおなじように、『契約』が『必要』だと判断してくれたのだ。
「ふっ、あはは。ネリアが、僕とレオポルドとグレン……三人ともしょうもないバカだって。あははは」
アーネストはポカンとした顔になった。そのまぬけな顔がおかしくて、ユーリはまた笑う。
「開闢以来の天才、バルザムの再来ともいわれるレオポルドに向かって『バカ』といったのか……あの娘は」
「そうですよ……僕はずっと彼がこわかった。彼が本気になれば、エクグラシアを手にいれることも、壊滅させることもできる」
「あいつはそんなことをするような奴じゃないぞ?」
「僕にはそれを信ずる確固たる根拠がなかった……でも彼が力を欲したのは『自由』のためだそうです……だから父上は彼らに好きにさせているんですね」
「まぁな……自由にさせておけば、仕事はちゃんとしてくれる……俺としては助かるからな。俺が気を遣うのは、やつらが快適に仕事ができているかどうかだけだ」
「ふふ、あなたはやっぱり立派な為政者だ……レオポルドもそういっていた」
「そ、そうか……?」
ここは素直に喜んでいいところなのだろうか……と、アーネストはびくびくしながら思っていた。
しばらくして、ユーティリスはぽつりと言った。
「父上……『契約』のこととは関係なく、僕に『時間』をください……」
自分の願いを口にするのはとても勇気がいった。それでも絞りだすように、自分の心に浮かんだ望みを口にする。
「僕は……錬金術師としてネリアのそばにいたい。ずっとは無理かもしれない……それでもいまの僕は、魔道具をいじり倒すのが好きな、ただのユーリ・ドラビスでいたい。『研究棟』で過ごすのがたのしいんです」
身をひそめるように過ごしていた『研究棟』での生活……同僚の錬金術師たちはみな他人には無関心で、ユーティリスはこれまでにない解放感をあじわっていた。
両親や第一王子の周囲にいた人々には心配をかけたかもしれないが、好きな魔道具のことを一日中考えていられる生活は、予想以上に気楽で快適だった。
それにいまはネリアがいる。彼女のだした挑戦状にこたえたい。
それがどんなにわがままな望みかもわかっている。叱責がくると覚悟したが、父が発した言葉は予想とはちがっていた。
「ユーティリス……ようやく自分の望みをいったな……」
赤獅子がズタボロに……。












