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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第三章 ネリアと王都の錬金術師たち
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86.父と子(ネリア→ユーリ視点)

よろしくお願いします!

「じゃあユーリ、帰ろうか」


 ライガを展開しようとしたところで、レオポルドに怒鳴られる。なによぅ……。


「いいかげんにしろ!窓から出入りするな!」


「ネリア、王城内なら僕も転移魔法でかえれますから」


「そ、そう?」


 ふとなにかに思い至ったように、レオポルドが目を見開き、わたしを見下ろした。ユーリも小首をかしげる。


「まさかとは思うが……お前……」


「ネリアってもしかして……『転移魔法陣』が描けない?」


 えぇとぉ……。


「……王城のあちこちにある、もう敷いてあるやつなら……魔素を流すだけだから……使えるよ?」


 うふっ。ネリアにしては渾身の『あざと可愛いしぐさ』にだまされてくれるような男たちではなかった。


「お前っ!魔術学園の初年度でならう基礎中の基礎だぞっ!」


「しょうがないでしょっ!グレンは教えてくれなかったんだもん!」


 たぶん、グレンはわたしが勝手に逃げだしては困るとおもったのだ。ユーリが困ったような顔をした。


「どうするんです?ネリアがウブルグのために『海洋生物研究所』への転移陣を敷かないといけないのに……長距離は魔力を使うから、ネリアぐらいにしか描けませんよ?」


「ええっ⁉それは困る!ユーリ、どうしよう⁉」


 わたしのサンゴ礁の夢が!


「そうはいっても……ほかに転移魔法陣が描けて、ネリアほどの魔力の持ち主といったら……」


 わたしとユーリは、同時にひとりの人物に思いあたった。そしてその人物はといえば、いまや秀麗な眉をひそめるだけでなく、形のいい薄い唇まで盛大にゆがめている。


「お前ら……」


「レオポルドは国内あちこち自在に、転移で跳んでいるじゃないですか!」


「おねがい!やり方を教えてくれるだけでもいいから!」


 その白(せき)の美貌の主にむけられた、黄緑と赤の二対の瞳はキラキラと輝いており。


「……っ!いいかげんにしろっ!さっさと帰れっ!」


 その日、魔術師団の『塔』に、師団長が特大の雷をおとしたせいで、『塔』にたまたま居合わせた不運な魔術師達は全員ビリビリとしびれたという……。






 王都シャングリラの中央にそびえ立つ王城……その奥まった一角に王族の居住区がある。表向きのきらびやかさとは対照的に、居住区の内装は落ちついた色調でまとめられ、華やかさではなく居心地のよさを重視したつくりだ。


 部屋の壁にかけられた絵や置物などは、五百年の伝統と歴史をしずかに感じさせ、あちこちに置かれたヌーク材の家具は磨きこまれ、価値を知るものがみれば触れるのをためらうほどの光沢を静かにはなっている。


 その居住区の一角に転移魔法陣が出現し、そこへ侵入者よけの結界にもはじかれず、転移してきた人物がひとり。赤い髪と瞳で……成長期の少年のような線の細さをもち、母親ゆずりの優しげで繊細な顔だちの第一王子、ユーティリス・エクグラシアだ。


 部屋の隅に控えていたテルジオがうやうやしく一礼をした。


「おかえりなさいませ」


「……待っていたのか」


 頭を上げぬまま、テルジオは言葉をつむぐ。


「殿下……私は研究棟で見聞きしたことは、だれにも口外しておりません」


「分かっている。お前は自分の目でウワサを確かめにきた……それだけだろう」


 ユーティリスは、この自分に忠実な側近を疑ったことはない。忠実なあまりによけいな手出しをして欲しくなくて、遠ざけたおぼえはあるが。


「……お前にも心配かけたな」


「いいえ、私は殿下の研究棟での生活をお守りしたく……殿下はとてもたのしそうに過ごされていましたから。ですが差し出口を申しました」


「そうか、僕はたのしそうだったか……」


 ふわふわした赤茶の髪をもつ小柄な娘がきてから、研究棟での生活はますますたのしくなった。テルジオの主はふっと笑みをこぼすと、居住区の奥にむかって歩きだす。


「父上に会う……お前は今日はもう帰れ」







 ユーティリスが居住区の奥にある父アーネストの居室を訪れ、ネリアと『塔』に行きレオポルドと話したことをつげると、父は眉を八の字に下げた。


「レオポルドと話したのか……俺はいまだにあいつと話すのは緊張する」


「僕も……レオポルドとあんなに話せたのははじめてです……ネリアのおかげですね」


 赤獅子とも評されるエクグラシアの国王は、豪放磊落な立ち居振る舞いとは裏腹に、こまやかな気くばりをみせる人物だ。いまも彼は、向かいあう息子を気遣わしげに見つめていた。


 そう、この父は自分の息子にすら気を遣う……かってユーティリスは、それがいとわしかった。国王であるはずのこの男が、力をもつ師団長たちに気をくばり、彼らの顔色をうかがって過ごしている。自分はそのような国王にはなりたくないと思った。


 ドラゴンを駆り、魔術を使いこなし、シャングリラの都を築いたという、建国の祖バルザム・エクグラシアのようになりたかった。


「俺は……グレンに契約をほどこされたお前をみて、なぜ守ってやれなかったのかと悔やんだ。グレンはただ『必要だと思ったからほどこしたまで。あやつに気遣いは無用』というだけでな……」


 父はいまだに悔やんでいるらしい。魔力を得る代償に支払うものも考えたうえで、グレンに『契約』を申しでたのは自分で、彼のいうとおり気遣いは無用なのに。


 レオポルドの例を目にして、なにが起こるのかもわかっていた。精霊や悪魔と契約するわけじゃない……相手はただの人間の錬金術師だ。ユーティリスは、とくに恐ろしさも感じなかった。


「ユーティリス……このエクグラシアが五百年も存続したのはなぜだと思う?」


「……大きな戦乱や災害がなかったからですか?」


「それもあるが……王が師団長になることを放棄して、内政に注力したからだ。建国の祖バルザム・エクグラシアのように、われわれは『竜騎士』であり『魔術師』である必要はないんだ」


 ……その話か。


「いまでも『王族の赤』が王都三師団のどれかに属するのは、慣例じゃありませんか」


『王族の赤』は、魔術学園を卒業後、王都三師団のどれかに所属することになっている。レオポルドの母レイメリアも、魔術師だった。


 それは『竜騎士』であり『魔術師』でもあったバルザムが、仲間たちとともに『竜王』とわたりあい、この地に礎を築いたという、国のなりたちに由来する。エクグラシアという国が、もともと『竜騎士』と『魔術師』からはじまっているのだ。時代がすすみ、それに国の産業を影からささえる『錬金術師』がくわわった。


「それはそうだが、われわれはレオポルドやライアスのような天才である必要はない。むしろ凡人でいい」


「僕はそれがイヤでした……王になることはできても、『竜王』に乗ることも『魔術師』たちを率いることもできない……僕の力不足はみとめますが、お飾りの王になるのはイヤだった」


 それは、自分の父親にたいする明確な否定で。アーネストは目をみはる。


「お前は……俺を、そんなふうに思っていたのか?」


「なら『錬金術師』はどうだ?これからの国の根幹をささえる知識……グレン・ディアレスは業績はあれど老いぼれだ……僕にも師団長になるチャンスはあるとおもった」


 ユーティリスは自分の膝に視線を落とす。


「……だけど、『錬金術師団』にも、オドゥ・イグネルがいた」


「オドゥ・イグネルか?」


 アーネストはけげんな顔をした。名前は知っているが、いつもカーター副団長のうしろにいる印象のうすい男だ。ユーティリスは自分の両手を握りしめる。


「ライアスやレオポルドにくらべれば目立たないけれど……僕はグレンどころか彼を超えることすらできない……僕はあいつらを超えて対抗できる力をもちたかった」


 それは、父にとってははじめて知る、息子の意外な本音だった。二人の強力な師団長にささえられ、自分だけでなく息子の治世も安泰だと思っていたのだ。そのことに危機感をもっていたとは、思いもしなかった。


「ユーティリス、お前は十分すぎるほどよくできた、俺にとっては自慢の息子だ。なぜそれほどまでに力を……」


 ユーティリスはかぶりをふる。


「……僕にとっては十分じゃなかった。僕にとっては全然足りなかった……まだ学園に通ういまならグレンとの『契約』にまにあう、そうおもった。僕は……自分の理想を追いもとめるあまり、足元を見失っていた」

ユーティリスとレオポルド達の年齢差は5歳……彼らが18歳の時に、ユーティリスは13歳ですからね、魔術学園に入学してすぐとある事件にまきこまれた彼は、自分が将来関わることになるレオポルド達の実力に、そうとう危機感を持っていたと思われます。

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