86.意外な弱点
「じゃあユーリ、帰ろうか」
ライガを展開しようとしたところで、レオポルドに怒鳴られる。
「いいかげんにしろ!窓から出入りするな!」
なによぅ……。
「ネリア、王城内なら僕も転移魔法で帰れますから」
「そ、そう?」
ふとなにかに思い至ったように、レオポルドが目を見開き、わたしを見下ろした。ユーリも小首をかしげる。
「まさかとは思うが……」
「ネリアってもしかして……転移魔法陣が描けない?」
えぇとぉ……。
「王城のあちこちにある、もう敷いてあるやつなら、魔素を流すだけだから……使えるよ?」
うふっ。
わたし渾身の『あざとかわいいしぐさ』に、ごまかされるような彼らではなかった。
「おまえっ!魔術学園の初年度で習う基礎中の基礎だぞっ!」
「しょうがないでしょっ!グレンは教えてくれなかったんだもん!」
たぶんグレンは、わたしが勝手に逃げださないようにしたのだ。ユーリが困ったような顔をした。
「どうするんです?ウブルグのために海洋生物研究所へ、転移陣を設置しないといけないのに……長距離は魔力がいるから、ネリアじゃないと描けませんよ?」
「ええっ⁉それは困る!ユーリ、どうしよう⁉」
わたしの珊瑚礁の夢が!
「そうはいっても、ほかに転移魔法陣が描けて、ネリアほどの魔力を持つ人間といったら……」
わたしとユーリは同時に、ひとりの人物を思いだした。そしてその当人はといえば、いまや秀麗な眉をひそめるだけでなく、形のいい薄い唇まで盛大にゆがめている。
「おまえら……」
わたしとユーリは彼にグイグイ迫る。
「レオポルドは国内あちこち自在に、転移で跳んでいるじゃないですか!」
「お願い!やりかたを教えてくれるだけでいいから!」
黄緑と赤……キラキラと輝く二対の瞳が、銀の魔術師を見つめた。
「……っ!いいかげんにしろっ!さっさと帰れっ!」
その日、魔術師団の塔で師団長が特大の雷を落としたせいで、たまたま居合わせた不運な魔術師は全員がビリビリとしびれたという……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんにちは、ライアスいますか?」
中庭をトコトコ歩いて、わたしが竜舎にやってくると、ベテラン竜騎士のレインは目を丸くした。
「おっ、ネリア嬢!」
「えへへ、学園ではお世話になりました」
「いいってことよ。ちょうど竜舎は職業体験が終わったとこだ。見学していくか?」
指をくいっと曲げて竜舎を示すレインを見つけ、副官のデニスがビシッと注意する。
「レイン、ネリス師団長だぞ。失礼がないようにしろ!」
「おおっと、そうでした。ではネリア嬢、ご案内いたします」
「ぷぷっ、今まで通りでいいですよ、レインさん。デニスさんもおひさしぶりです!」
「竜王神事、拝見しました。おみごとでしたよ」
にっこりと優しく笑うデニスだけど、怒ると竜騎士団の誰よりも怖いらしい。
王都にやってくるときに、お世話になった気のいい人たちと話すうちに、ふっと緊張がほぐれて心が軽くなった。
「ネリア!」
「ライアス!」
手を振ると、ライアスはくしゃっと笑って、わたしに手を振り返す。やっぱりカッコいい!
「忙しそうだから遠慮してたんだが、きみから訪ねてきてくれるのはうれしいな。錬金術師たちとはうまくやっているか?」
「うん……」
歯切れの悪い返事に、ライアスが顔を曇らせた。
「どうかしたのか、俺にできることなら……」
「あ、そんなんじゃないの。ただ……えっと、ミストレイに会いたくなって」
「ミストレイに?」
竜騎士団長のライアスなら、チョーカーや『呪い』のことも知っているだろう。
けれどユーリやレオポルに話を聞いたあとで、彼ともその話をするのは何か違う気がした。
グレンはどうしてそんなことを……胸に抱えたモヤモヤとした想いに、答えをくれるはずの人はもういない。
言葉がとぎれたわたしのかわりに、レインとデニスが彼に話しかけた。
「団長、ちょうど見回りの時間ですし、ネリア嬢もいっしょに乗せたらどうでしょう」
「だな。王都周辺の見回りなら、そう危険もないし」
デニスとレインの言葉に、ライアスは少し緊張したようすでうなずく。
「わかった。ほんの一アウルほどだが、いっしょに行くか?」
「いいの?」
「ミストレイがはしゃぎすぎなければ……いや、何でもない」
ギュオオオオオオォ!
竜舎に入るなり、ミストレイは吠えた。わたしは恐る恐るドラゴンに近づく。
「お、怒ってるかな……」
「いや、喜んでるんだ。まったく……」
ドスドスと足踏みをして走ってくるミストレイは元気いっぱいで、おかげで地響きがすごい。わたしの髪がぴょこぴょこ揺れた。
「ミストレイ、ひさしぶり!」
ぎゅっと鼻先に抱きつけば、ライアスがビクッとした。
キュウゥ……と甘えるように鼻を鳴らすミストレイをなでていると、彼はぶんぶんと頭を振っている。
「どうしたの?」
「なんでもないっ!」
そう言いながら、ライアスは自分のほっぺをベチンと叩いた。
グオッ!
ミストレイは鋭い叫びをあげて、翼をバタつかせる。
「俺が竜騎士団長として未熟なせいだ……くっ!」
顔をしかめて何かに耐えているライアスに、わたしは首をかしげる。竜騎士とドラゴンの関係って……けっこう荒っぽいのかな。
魔素が豊富な地脈の上に造られた王都シャングリラは、日が沈んであたりが暗くなるころ、魔素の光が蛍のように舞う。
昼と夜が交差する時間が過ぎて日が沈み、街に夜のとばりが降りるころ、王都全体から魔素が光の粒となって立ちのぼる。
気候のいい日の日没後、数時間の間だけ見られる現象は、〝夜の精霊の祝福〟と呼ばれていた。
魔道ランプに照らされた街並みを、光の粒となった魔素が舞うさまはとても幻想的で、降り積もることのない雪が舞うようだ。
「今日ね、レオポルドと話せたの。ユーリといっしょに、思ったよりたくさんのことを」
「あいつは面倒見がいいだろう?」
「そんなことない。ライアスのほうがよっぽど親切だよ」
わたしの背後でライアスはくすりと笑う。
「あいつの良さはわかりにくいからな」
いいところなんてあるの⁉
でも確かに最初はとっつきにくかったけど、ユーリの話をちゃんと聞いて、アドバイスもしてくれた。
「仲良くとまではいかなくても、せめてふつうに話せたらって思うんだけどね」
「もともと口数が少ないヤツだ。それに……こういうのは時間がかかるだろう」
「そうだね。わたし……ちゃんとやれるかなぁ」
師団長を引き受けたからには、いまさらなんだけど。気持ちがしょんぼりしているわたしに、ミストレイをあやつりながら、ライアスが話しかける。
「俺も……自信がない、と言ったら信じるか?」
「ライアスが?」
「ああ。ミストレイを乗りこなすだけで精一杯だ」
「ミストレイ、こんなにいい子なのに?」
「ネリアがくるまでは超不機嫌だったぞ」
よくわからないけれど、ミストレイからは楽しそうな波動が伝わってくる。ライアスは続けた。
「俺はレオポルドの助けになりたいと思うのに、実際は助けられてばかりだ。だからネリアもそう感じるのだろう」
「かもね」
「アーネスト陛下はレオポルドに愚痴を聞いてもらっているらしい。だから俺たちもやらないか?こうして団長同士、愚痴をこぼし合うんだ」
「いいね!」
胸に抱えたモヤモヤを、ライアスに打ち明けることはできなかったけれど、竜王との飛行はわたしの心を軽くしてくれた。









