85.3人で話し合いました
よろしくお願いします!
ユーリがぽつりとつぶやく。
「おどろきました……わりとしょうもない理由だったんですね……」
レオポルドは、ユーリにむかってニヤリと口角を上げた。きれいな顔なのに悪い顔できるって、なんか不思議。
「お前もそうだろう……ユーティリス、どんな理由で『力』を欲した?」
ユーリは自分の両手をみつめた。建国の祖、バルザム・エクグラシアは竜騎士でもあり魔術師でもあった……今の国王はそれぞれの師団長をべつに立て、ただ『竜王との契約者』『執政者』として存在している。
「僕は師団長になりたかった。ただの……なんの実力もない……お飾りの国王じゃイヤだった……」
レオポルドは眉を上げる。
「お前の父親は……アーネスト陛下はお飾りなどではないぞ?りっぱな為政者だ」
「そうですね……今ならわかります」
ユーリの緊張がすこしずつほぐれてきている。レオポルドはなんだかんだいって、ユーリが話しやすいようにしてくれている。わたしはそれに乗っかることにした。
「つまり、ここにしょうもないバカがふたり……」
「ネリア、ひどいですよ」
「お前に言われたくないな。それに『力が欲しい』という子どものざれごとを真にうけて、ろくに説明もせず『契約』をほどこしたグレンにも責任はある」
「……しょうもないバカが三人いたってことね、分かった」
ユーリが自分の首元に手をやり、そこにある『契約』を指でたしかめる。
「レオポルド……これはどうしたら外れるんですか?」
「知らん」
「え」
途方にくれたような顔になったユーリに、レオポルドは黄昏色の瞳を向ける。
「わかってたらとっくに教えてる。陛下にもさんざん聞かれた……知らんものは知らん」
「レオポルドのチョーカーはどういう状況で外れたの?」
「……理由はもう忘れたが、教室で級友たちといさかいを起こした……そのときに『呪い』は解けた。もっともそのすぐあと、体がひきちぎられるような痛みにおそわれ、保健室にかつぎこまれたが」
「なにかにぶつかったとか?」
「グレンの『術』はそんな単純なものじゃない……長い間、体を『支配』しつづけるんだ。あいつなりに細心の注意をはらい、術式を組みあげている」
「ううーん……それじゃ、とく方法はなくて待つだけってこと?」
レオポルドは椅子の背にもたれ、宙を見つめて考えこんだ。
「……私も自分のときにもっと検証しておけばよかったのだろうが、当時はそんな余裕はなかった。なによりおなじバカをする奴がいるとは思わなくてな……事前に知っていたら絶対に止めていた」
「バカですみません……」
「バカなまねをした自覚はあるのね」
「まぁな……今となっては、バカはバカなりに真剣だったとしか、いいようがないな」
レオポルドは自分の首に手をあて、かつてチョーカーがはまっていたあたりを触った。
母の死後、北のアルバーン領で魔力封じのほどこされた部屋にいれられ、幽閉同然に育てられた。一度も会いにこなかった仮面の男は、十二の誕生日に突然現れ、『なにか欲しいものはあるか?』と聞いてきた。
欲しいものは『自由』。
……自由になりたい、なにものにも支配されたくない。だれかに思いどおりにされる人生なんてまっぴらだ!仮面を見ると、はげしい怒りが内側からわいた。
だから。
『力』がほしい……そうこたえた。
銀の錬金術師は思ってもみなかった方法で、望みどおりのものをくれた。その『契約』の詳細を知ったときには、すでに首には鈍い銀色のチョーカーがはまっており、さらに強い怒りとあいつにたいする殺意がわいたが。
レオポルドは、グレンの魔石がしまってある師団長室の壁のあたりをにらみつける。
ふつう自分の子にあんな危険な魔道具をつけさせるか?ていのいい『実験』の対象にされたようなものだ……だがあいつは、そういう奴だった。研究のためなら人を人とも思わない……自分の息子だろうが王子だろうが関係ない……。
レオポルドはひとつ息をつくと、自分を支配しそうになった怒りの感覚を頭から追いはらう。
いまはその話はどうでもいい。
「私は『呪い』で酷い苦痛を味わったが後悔はしていない。そして時が来れば……その時が来たとわかる」
「そうですか……」
レオポルドは壁から視線を、目の前にいる赤髪をもった少年のような姿をした男にもどした。
「ユーティリス、研究棟は快適か?」
「……ええ、まぁ」
「ユーリはがんばってるよ」
そうじゃない、と彼は首を横にふる。
「本来なら成年王族となったユーティリスは、立太子の儀をとりおこない、婚約者の選定などもはじまる……研究棟に入りびたってるわけにもいかん……それが許されているのは、その契約があるからだ」
レオポルドはユーリの首元を指さした。
「タイムリミットは第二王子のカディアンが学園を卒業し、成人するまでだ。それまでに『呪い』がとけなければ、エクグラシアは選択をせまられる……このままお前を王太子としてむかえるか……」
ーーカディアンを王太子にすえ、おまえは錬金術師として『研究棟』で生涯を過ごすかーー
わたしは息をのんだ。これまで『錬金術師のユーリ』のことは考えても、『第一王子のユーティリス・エクグラシア』のことは考えていなかった。
「考えようによっては、それもひとつの選択だ。『国王』も『錬金術師』もひとつの職業だ……どちらを選ぶのがいいかなんて、だれにもわからん」
ユーリは、レオポルドがむける黄昏色の瞳から視線をそらした。
「僕は……カディアンが国王でもいいと……考えています」
「お前自身がどう考えていようと……どちらにしろ国を二分するさわぎになる」
ユーリの表情が、その童顔に似合わない、苦渋に満ちたものになる。わたしは学園で会った弟くんを思いだす。カディアン・エクグラシア……ユーリを迎えにあらわれて、ちゃんと兄として慕っているようだった。
彼と王位を争うことになるのは、どちらにとっても本意じゃないだろう。けれどエクグラシアは大きな国で、貴族達はそれぞれにさまざまな思惑で動いている。
ああ、だから『互いを守る盾』なんだ……。テルジオの言っていた言葉を思いだす。
用事があるとき以外、研究棟からほとんど出ないわたしと、さまざまな憶測やウワサを避け、研究棟に身を潜ませるようにして過ごす王子……二人を守るための。
なんの後ろだてもない、逆にいえば貴族のしがらみはなにもない娘。それは、王家にとっては都合がいい。
「ユーティリス、お前は自分がどうしたいのか、自分の意志を明確にしろ。他人の思惑などどうでもいい……その意志を守り通せ」
「はい、わかりました……」
ユーリは顔をひきしめて返事をする。その横顔は、まだ線は細くとも青年といえるものだった。
「レオポルド……今日はいろいろと教えてくれて本当にありがとう!でも最初から素直に教えてくれればもっとよかったのに」
椅子から立ち上がって礼をいいつつも、ついひとこと言い添えてしまうと、レオポルドは顔をしかめた。
「……わざわざイヤな思い出を話したいとおもうか?」
「う……そうかごめんね、つらい思いさせちゃったかな……」
「いや……」
眉を下げて問えば、それは否定された。彼は顎に手をあてたまま視線を宙にさまよわせると、ひとりごとのようにつぶやく。
「思いだしたくもない……と思っていたが、こうして話すとそれほどでもないな……お前のアホ面を眺めていたせいかもしれんが」
「……アホ面がお役に立ったようでなによりです」
……やっぱりかわいくない!
ありがとうございました。













