84.レオポルドに話を聞こう
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内容が内容だけに、彼に会うのは緊張する。こうやって『エンツ』を送るのすら……ふぅっと深呼吸をしてから、わたしは『エンツ』をとなえた。
「レオポルド、教えてほしいことがあって面会を求めたいのですが」
「……教えて欲しいこと?」
返事はわりとすぐにきた。不審げな声だ。用件をちゃんといわなければ、彼は会ってくれないだろう。
「『グレンの呪い』についてです」
「……私に話すことはない」
話はそれで終わった。
……。
…………。
………………。
「あ……んの……っ!すっとこ魔術師!」
怒りのあまり握りしめた拳をふるふると震わせるわたしを、ユーリがあわててなだめようとする。
「ネリア、落ちついて……」
「ユーリ!行くよっ!」
わたしはキッと顔をあげた。
「えっ、どこに?」
「レオポルドのところに……決まってんでしょうがっ!」
わたしはユーリを中庭に引っぱりだし、ライガを展開した。
「待ってよネリア!彼は『話すことはない』……って!」
「あいつになくてもこっちにはあるの!居場所はわかってんだから……遠慮することないわ!」
「でもっ……!」
なおも抵抗するユーリをガシッとつかむと、わたしはむりやりライガを発進させた。
「い・く・わ・よ!」
「う、うわああああ!」
魔力を思いっきりこめれば、ライガでどびゅんと一瞬ですよ、ええ。
魔術師団の『塔』最上階にある師団長室にユーリと二人、転がりこむようにライガで飛びこめば。
舞い散った書類のなか、ぽかーん、とした顔のメイナード・バルマ副団長とマリス女史。
女神か精霊かと見まがうような、この世のものとも思えない美貌を、だいなしにするようなシワをくっきりと眉間にきざみ、額を手でおさえるレオポルドが……いた。
怒りをたたえた黄昏色の瞳がこちらを一瞥し、ぞっとするような低い声がその薄い唇から発せられる。
「話すことはない……と言ったはずだが」
「聞こえたけど……こっちには話したいことがあるんだもの!」
「ユーティリス!なんでお前まで窓からはいってくるんだ……この非常識な女のまねをするな!」
「……すみません」
「ちょっと!ユーリはわたしが連れてきたんだから、文句をいうならわたしにしなさいよ!」
「まったく……猫のときはおとなしかったのに……本当にうるさい奴だな!」
「なっ!猫のことは言わないでよっ!そっちこそデレデレしてたくせにっ!」
「デレデ……その生意気な口どこかに捨ててこいっ!」
「捨てられるわけないじゃないの!あんたに言いかえせなかったらストレスで死んじゃうわ!」
その不毛な言い争いを目撃することになってしまった、メイナードとマリス女史。ぽかーん、とした顔のままひそひそと語りあい、それにユーリもくわわった。
「すごいですねぇ……うちの師団長ににらみつけられて凍りつかない人……はじめて見ましたよ」
「……あのふたり、初対面からずっとあんな調子ですよ……」
「そうなんですか?それは……相性がいいのか悪いのか分かりませんねぇ……」
結局いろいろとあきらめて、レオポルドはちゃんと話をしてくれることになった。まぁ話をしないことには、わたしたちが帰る気配がないからだろうけど……。メイナードとマリス女史は退室し、師団長室にはわたしたち三人だけになる。
「それで……?『グレンの呪い』についてだったな」
レオポルドは眉間にシワをよせ仏頂面のまま、腕組みをして椅子の背に体をあずけた。わたしとユーリも、それぞれ彼に向きあうように座る。
「そう。ユーリからグレンとの契約については聞かされたのだけど、くわしい話をもうひとりの契約者であるあなたから聞きたくて」
「……言っておくが、私もそいつも自分の意志でグレンと『契約』をかわした。なにが起きても自己責任だ」
「それは僕もわかっています」
ユーリも真剣な表情だ。そうだ、契約なのだから、双方の合意がなければ交わすことはできない。それが『魔力を増やすために成長をとめる』という無茶なものでも、ユーリもレオポルドもそれに同意したんだ。
「でもふたりとも未成年だったんだよね?それなのにそんな無茶な『契約』してだいじょうぶだったの?」
レオポルドが眉を上げた。
「グレン・ディアレスがそんなことを気にすると思うか?」
「……思わない」
というかレオポルドの場合、グレンは自分の父親だし……虐待といってもいいぐらいの扱いだ。それでも研究バカのグレンなら、こうと決めたらそれがたとえ人倫にもとるようなことでも、やってしまうだろうけど。
「あの契約は成長期でなければ意味がない……だがグレン自身はたしかに責められた。私のときも鬼畜の所業だと批判されたが、ユーティリスはこの国の王子だ……はげしく糾弾された」
こちらの人たちから見てもグレンの所業は鬼畜なんだね……わたしの感覚とおなじでほっとする。
「私のときに、すでに『禁術にすべき』という議論がされていた……王族につかうには危険すぎる。ユーティリスの契約のあとすぐに『禁術』に指定された。まぁ、もともとグレンにしかできない術で、ほかにやろうとする者もいなかったがな」
「もしかして……グレンがデーダス荒野に住んでいたのって……」
「ああ。奴は王都にいづらくなってデーダスに逃げこんだ。『師団長』の座まで追われなかったのは、私という成功例があったのと、この『契約』がユーティリス本人が申しでたものだったからだ」
最初グレンは、王子の願いを断ったらしい。レオポルドで成功したといっても、ふたたび成功するとはかぎらない。なによりも貴重な成長期を『成長せずに過ごさせる』弊害は、いかばかりか。レオポルドは目をとじてため息をひとつついた。
「ユーティリスがグレンと契約をしたと聞いたとき……バカなことをしたものだと思った。恵まれた生まれでなんの不自由もなく生き……国王になるだけの十分な力もあるくせに……なにが不満だったのかと」
だれもが魔力はほしい。より多くの魔力をもてば、より自分の可能性がひろがる。だがその方法は危険きわまりないものだった。
「ユーリにはユーリの事情があるんだよ……」
「かもな……私が力を欲したのは……『自由』を得るためだ」
「自由?」
おどろいたように、ユーリが声を上げた。
「レオポルドは……魔術師団長になりたかったのではないのですか?」
「いいや?私が師団長になったのはだれにも頭を下げなくていいからだ。国王に礼をとる必要はあるが、アーネスト陛下は話のわかる男だからな……文句をいわせない程度には仕事もしている」
わたしは副団長のメイナード・バルマの顔を思いだす。レオポルドのかわりに、彼が方々に頭を下げてるんだろうなぁ……きっとそんな気がする。ユーリはさらに面くらったように問いを重ねた。
「ええっと……学園時代から騎士の訓練もつんで、竜騎士団の訓練にいまも参加しているのは?」
「体が小さいとなめられるだろう……まわりはどんどん体格がよくなっていくんだ。学園だと相手も『魔力持ち』ばかりだ。やり返さなければどんな目にあうかわからん……」
レオポルドはいやなことでも思いだしたのか顔をしかめた……うん、聞かないでおこう。









