83.ユーリの事情
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オドゥはちょっと困ったように眉を下げる。
「ありゃ、藪蛇……ネリアがユーリの事情聞きたければ聞いてもいいけど……たぶんネリアでもなにもできないよ?」
「そうなの?……ユーリが話したくなければ、無理にとはいわないけれど……」
ユーリは自分の前髪を、手で乱暴にグシャッと握りしめた。茶に色をかえていた髪と瞳が、『王族の赤』にもどる。
「いえ、話します……他の錬金術師達もみな知ってることだ。ネリアだけが知らないから……」
「……師団長室にいこうか」
ふたりが師団長室に姿を消してすぐ、テルジオはオドゥに術を解いてもらったが、咳こんですぐにしゃべることができなかった。
「……がはっ!ごほっ!ごほっ!……オドゥ……おまえっ!」
「はいテルジオ先輩、お水」
オドゥが人のよさそうな笑みを浮かべて、水のグラスをさしだした。それをひったくり、あおるように飲むと、テルジオはオドゥにくってかかった。
「おまっ……息まで止めることないだろっ!」
「いやだなぁ……呼吸をしにくくしただけで、止めてなんかないよぉ。テルジオ先輩がパニックになっただけじゃない?僕に感謝してほしいよね……先輩が余計なこと言わなくてすむようにしたんだからさぁ」
そうだ、こいつはこういうヤツだった……。第一王子が錬金術師団に入団するときに、テルジオは反対した。オドゥから悪い影響をうけそうだ……と思ったのだ。だがユーティリスは反対を押しきって入団した。
「僕は研究棟でユーリ・ドラビスとして過ごすから、ついてこなくていいよ」
側近の研究棟への立ちいりも拒んだため、筆頭補佐官のテルジオでさえ、師団長がネリアに代わってようやく、出入りできるようになったのだ。それもすこし強引だった自覚はあるが。
第一王子はグレンとの『契約』も、いつの間にかひとりで決めてしまった。あとから知らされ、なぜ止めなかったのか、とまわりからなじられたときは愕然としたのだ。一度はそれで辞表も書いた。その騒ぎのときもオドゥはこんな調子だった。
うらめしげにオドゥをにらむテルジオに向かい、オドゥは軽く肩をすくめた。
「だれもあいつに代わることができないんだから仕方ないでしょ?」
師団長室の大きな丸テーブルに二人で腰を落ちつけ、さっきギルドでコーヒーを飲んだばかりなので、ソラにはリラックス効果のあるミモミのハーブティを用意するようたのむ。
うつむくユーリの顔には前髪が影をつくり、十四、五歳の少年のようにしかみえない風貌をきわだたせていた。
「ネリアすみませんでした……『竜王神事』に参加したのは、ネリアの『師団長』としての地位を確固たるものにしたかったからです。こんな形で注目を集めるなんて……」
「ユーリ……誤解はとけばいいんだし、気にすることないよ」
わたしが軽くうけあうと、ユーリは顔をあげる。
「僕が十八歳で成人している……って話はなんどもしましたよね」
「うん」
「ネリアには僕がいくつにみえます?」
「正直にいうと……十四、五歳かな?でもわたしも小柄だし、成長期は人それぞれだもんね」
ユーリはゆるく首を横にふった。
「僕のこの姿は人為的なものです……『グレンの呪い』とよばれることもありますが、僕がグレンに頼みこみ『契約』したものです」
「契約?」
「『魔力持ち』の子は十二~十六歳の成長期が、いちばん魔力が伸びるって、前に学園で話したことを覚えていますか?」
「うん。だからその時期に学園に通って、魔力のあつかいや制御の仕方を学ぶんだよね?」
ユーリはうなずいて続けた。
「ええ。その中でも魔力がいちばん伸びるのが、体が成長期に差しかかったころです。背が伸びて大人の体格になるにつれ、その伸びはだんだんと鈍くなります」
「へぇ……」
「だから僕はグレンと『契約』し、体の成長を止めたんです……成長に差しかかったところで止めておけば、魔力は伸びつづけるから」
「成長を……止めた⁉︎」
「……子どもでしたよね……単純に力が欲しかった。ふつうに成長して得られる魔力だけでは我慢できなかった」
「なんでそんな危ないことを……グレンがいくら天才でも、そんなの無茶すぎるよ!」
体の成長を止めるなんて、どれだけ危険なことだか、わたしにも分かる。
「前例があったから……だから僕も挑戦しようと思った」
「前例?」
ユーリはソラの方へ目を向けて答えた。
「レオポルド・アルバーン……グレン・ディアレスは自分の息子を最初の『被験者』にしたんです。そしてそれは成功し、彼は強大な魔力を手にいれた」
「レオポルドを?……それじゃ、彼もおなじようにグレンに成長を止められたの?」
「ええ……十二歳から十六歳までの五年間……魔術学園に在籍するあいだ、ずっと彼は子どもの姿のままでした。ちょうどいまここにいる、ソラにそっくりだったそうですよ」
わたしはあわてて、ユーリが指し示したソラを見た。グレンが創ったせいか、ソラは子どものころのレオポルドに、面差しが似ていると聞いたことがある。
ソラはわたしと目が合うと、小首をかしげてほほえんだ。その姿はまるで天使だ。天使なレオポルドなんて、想像もつかないけど……きっとそのころから口は悪かったに違いない。
「十二歳から十六歳までって……まわりの子はどんどん大きくなるのに」
強大な魔力を手にする代償に、いつ解けるかも分からない『契約』を、その身に負わされたのか。
「どんな目線にさらされたんでしょうね……彼は。それにくらべたら、研究棟で過ごせている僕なんてまだましですよ」
あれ?でも……。
「ちょっと待って!いまのレオポルドは大人の姿だよね?『呪い』はいずれとけるってこと?ユーリも大人の姿になれるの?」
「グレンは……『時がくれば解ける』と言っていました」
「そんなあいまいな!」
どうすればとけるのかも分からない。時がくれば……ってその時はどんな時なの⁉
「レオポルドの『呪い』が解けたのは、魔術学園を卒業する直前だそうです。もともとソラみたいな綺麗な少年だったそうですが、成長するとまるで精霊の化身のようで……それまで見向きもしなかった女性たちが彼に群がって……人嫌いのうえに女性不信はさらに増したとか」
これまで少年として過ごしてきた人間が、見てくれだけ大人になって大人の女性たちのあいだにほうりこまれたら、そりゃ女性不信にもなるだろう……。
わたしは頭をかかえたくなった。でもレオポルドはまだいい……『呪い』は解けたのだから。問題は、ユーリだ。
「僕は成人しても『呪い』は解けず、『契約』したグレンも死んでしまった……だからまわりはあせってるんです、どうやったら僕の『呪い』がとけるのかって」
そういうと、ユーリはシャツの首元のボタンをはずし、襟をひろげてわたしに見せた。
鈍い銀のチョーカーにもみえる首輪がユーリのまだ細い首にはまっている。
「それが……『契約』?」
「ええ……これをはめている間は成長しません……『契約』が完了すればはずれるそうですが」
「グレンは他になにか……」
ユーリはゆるく首を横にふった。
「……さわってみても?」
「どうぞ」
ユーリがあごをのけぞらせて、チョーカーがよく見えるような姿勢をとる。
……そうか、ユーリの首には喉仏がないんだ。成長が止まっているということが、事実としてわたしの目の前にさらされる。
チョーカーにそっとふれ魔素の流れを読むと、中央に位置する魔石のヘッドが、『契約』のすべてを支配し監視しているのがわかる。チョーカー部分には術式が刻まれ、契約中は体に直接なんらかの力をおよぼしているようだ。
そして、このチョーカーには留め具がどこにもない。まるで禁止された『奴隷契約』の首かせのような魔道具。
「ごめん……わたしもこの契約については、なにも聞かされてない」
「そうですか……」
彼なら、なにか知っているかもしれない。この契約のもうひとりの『被験者』。
「……レオポルドに話を聞かなきゃ」
グレンはエピソードによって印象が全く変わるかと思いますが、それぞれの目から見たグレンという事で。









