83.ユーリの事情
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オドゥは眼鏡のブリッジを指で押さえ、ちょっと困ったように眉を下げた。
「ありゃ、ヤブ蛇。ネリアが聞きたければ教えてもいいけど、たぶん聞いても何もできないよ?」
「そうなの?ユーリが話したくなければ、無理にとは言わないけれど……」
ユーリは自分の前髪を、手で乱暴にグシャッと握りしめた。茶色に変わっていた髪と瞳が、〝王族の赤〟に戻る。
「いえ、話します。ほかの錬金術師たちも知ってることだ。ネリアだけが知らないから……」
「……師団長室に行こうか」
師団長室の大きな丸テーブルにふたりで座り、さっきギルドでコーヒーを飲んだばかりのわたしは、リラックス効果のあるミモミのハーブティを、ソラに用意してもらった。
ユーリはうつむいて、ハーブティのカップを握りしめる。
「ネリア、すみませんでした。竜王神事に参加して注目を集めたことが、こんな騒ぎになるなんて……」
「誤解は解けばいいんだし、気にすることないよ」
わたしが軽く言えば、ユーリは顔をあげる。
「僕が成人しているって、前に話しましたよね。ネリアには僕がいくつにみえます?」
「正直にいうと……十四、五歳かな?でもわたしも小柄だし、成長期は人それぞれだもんね」
ユーリは顔をしかめて首を横に振った。
「この姿は人為的なものです。グレンの『呪い』と言われることもありますが……僕が彼と契約した結果なんです」
「契約?」
「いちばん魔力が伸びるのは十二~十六歳の成長期だって話、学園でしたことを覚えていますか?」
「うん。だからその時期に学園に通って、魔力の扱いや制御方法を学ぶんだよね?」
「ええ。成長して大人の体格になるにつれ、その伸びはだんだんと鈍くなります」
「へぇ……」
「だから僕はグレンと契約して、体の成長を止めました。成長期に差しかかったところで止めておけば、魔力は伸び続けるから」
「成長を……止めた⁉︎」
わたしはガタッと音をさせて、椅子から立ち上がった。ユーリはカップを握りしめたまま、自嘲気味に笑う。
「子どもでしたよね……単純に力がほしかった。ふつうに成長して得られる魔力では、がまんできなかった」
「なんでそんな危ないことを……グレンがいくら天才でも、そんなの無茶すぎるよ!」
体の成長を止めるなんて、それがどれだけ危険なことか、わたしにもわかる。
「前例があったから……だから僕も挑戦しようと」
「前例?」
ユーリはソラへ赤い瞳を向ける。
「レオポルド・アルバーン……グレン・ディアレスは自分の息子を最初の被験者にしたんです。そしてそれは成功し、彼は強大な魔力を手にいれた」
「レオポルドを?……それじゃ彼も同じように成長を止められたの?」
わたしはあわててソラを見た。
「ええ。魔術学園に在籍していたとき、彼はずっと少年の姿でした。ここにいるソラによく似ていたそうですよ」
オートマタの雰囲気がレオポルドに似ているのは、グレンが創ったせいだと思っていた。
わたしと目が合ったソラは、小首をかしげてほほえむ。その姿はまるで天使だ。
天使なアイツなんて想像もつかない……子どものころだってきっと口は悪かったろう。
「十二歳から十六歳まで……まわりの子はどんどん大きくなるのに」
強大な魔力を手にする代償に、いつ解けるかもわからない契約をその身に負わされる。
「どんな目線にさらされたんでしょうね、彼は。それにくらべたら、研究棟で過ごせている僕はまだましですよ」
「あれ?でも……ちょっと待って!今のレオポルドは大人だよね?『呪い』が解けたらユーリも成長するの?」
「グレンは『時がくれば解ける』と言っていました」
「そんなあいまいな!」
どうすれば解けるかもわからない。時がくれば……って、それはどんな時なの⁉
「彼の『呪い』が解けたのは、魔術学園を卒業する直前だそうです。もともときれいな少年だったのが、成長するとまさしく精霊の化身で。それまで見向きもしなかった女性たちが彼に群がり、人嫌いに女性不信が加わったとか」
「それは同情しちゃうかも……」
これまで少年として過ごしてきたのに、見てくれだけ大人になって女性たちのあいだに放りこまれたら、そりゃ女性不信にもなるだろう……。わたしは頭を抱えたくなった。
でも彼はまだいい、『呪い』は解けたのだから。問題はユーリだ。
「僕は成人しても『呪い』は解けず、契約したグレンも死んでしまった……だからまわりがあせってるんです」
そういうと、ユーリはシャツの首元にあるボタンを外し、襟を広げてわたしに見せた。
鈍い銀のチョーカーにもみえる首輪が、彼のまだ細い首にはまっている。
「それが……契約?」
「ええ……これをはめている間は成長しません……契約が完了すれば外れるそうですが」
「……さわってみてもいい?」
「どうぞ」
ユーリがあごをのけぞらせて、チョーカーがよく見えるような姿勢になる。
そうか……彼の首には喉仏がないんだ。成長が止まっているという事実が、わたしの前にさらされる。
チョーカーにそっとふれて、わたしが魔素の流れを読むと、中央にはまる暗褐色をした魔石が、契約の要であることがわかる。
刻まれた術式が体を支配し監視していて、成長にも影響を及ぼしているらしい。
しかもチョーカーには留め具がどこにもない。まるで禁止された奴隷契約の首枷みたいな魔道具だ。
わたしが指を離すと、ユーリはボタンをはめてチョーカーを隠す。
「ごめん。わたしもこの契約のことは、グレンから何も聞いてない」
「そうですか……」
この契約のもうひとりの被験者……彼なら何か知っているかもしれない。
「……レオポルドに話を聞かなきゃ」
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ふたりが師団長室に姿を消してすぐ、テルジオは術を解いてもらった。カーター副団長が顔をしかめる。
「やりすぎだぞ、オドゥ」
「……がはっ!ごほっ!ごほっ!……オドゥ……おまえっ!」
「はい、テルジオ先輩。お水」
オドゥは人のよさそうな笑みを浮かべて、咳こむ彼に水のグラスを差しだす。
テルジオはそれをひったくり、あおるように飲むとオドゥに食ってかかった。
「おまっ……息まで止めることないだろっ!」
ひとつ下の後輩は、新緑の目を細めてにっこりと笑った。
「いやだなぁ……呼吸がしにくくなっただけだよ。テルジオ先輩がよけいなこと言わないよう、気を使った僕に感謝してほしいよねぇ」
(そうだ、こいつはこういうヤツだった……悪い影響を受けそうだから、王子が錬金術師団に入団するのは反対だったのに!)
けれど第一王子は彼の反対を押しきって入団し、側近の立ち入りも拒んだ。
「僕は研究棟でユーリ・ドラビスとして過ごすから、ついてこなくていいよ」
師団長がネリアに代わり、ようやくテルジオは研究棟への立ち入りを許されたのだ。
第一王子はグレンとも、いつのまにか契約してしまい、あとから知らされたテルジオは、まわりから『なぜ止めなかった』と責められて愕然としたのだ。
それで一度は辞表も書いた。その騒ぎのときもオドゥはこんな調子だった。
テルジオが恨めしげに後輩を見れば、相手はため息をついて肩をすくめる。
「誰もあいつの代わりはできないんだから、しかたないでしょ?」
グレンはエピソードによって印象が全く変わるかと思いますが、それぞれの目から見たグレンということで。









