82.レオポルドの事情
どんどん行きますよー。
カーター副団長はにこりともせず、返事をうながしてきた。
「で、師団長どうされますかな?」
どうって?……ああ、デゲリゴラル大臣の甥っこさんか……。わたしは顔をしかめた。
「ことわってください……王都にきたばかりで……ほんとうに結婚とか全然考えられません」
「興味がなければ逃げまわっていてもかまいませんが……いずれ有力な家に狩られる可能性はありますぞ」
「狩られる?」
「グレン・ディアレスはアルバーン公爵に狙い撃ちされましたからな……まさか、三十過ぎた男が十代の公爵令嬢に押したおされるとは……だれも思いますまい」
はあ⁉︎
……お、押したおされ……って言いました⁉
ぐぐぐ……グレンが⁉︎
「それって……有名な話なの?」
わたしはきょう、何回びっくりすればいいんだろう。
「まぁ、そうですな。グレンは人嫌いで有名で、人前ではつねに仮面をつけ……結婚どころか恋愛すら興味がないと思われていて……実際、そうとう逃げまわっていましたからな」
「まさか、アルバーン家に目をつけられるとはねぇ……逆玉といえば逆玉なんだろうけど」
三十代で魔導列車を開発したグレンは、業績はすばらしいが、人を寄せつけない態度をくずさない男だった。そのグレンに、アルバーン家はかなり強引な手段をとったらしい。わたしはライアスに迫っていたライザ・デゲリゴラル嬢を思いだした。
結局グレンは婚姻を結ぶことはなかったものの、レオポルドが生まれている。両親のそんななれそめ……レオポルドにとってはすごくイヤな話ではないだろうか……わたしは彼が気の毒になった。
「レオポルドってアルバーン公爵の家系なの?」
「家系どころか直系ですな……母親はレイメリア・アルバーン……現アルバーン公の姉にあたります。彼自身が公爵家を継いでも不思議ではないが、それは本人が拒否したとか」
「本人が拒否?」
「公爵ともなれば、妻帯なりあとつぎなりを求められますからな……自由でいたかったのでしょう。そういうところは父親とそっくりですな」
「ふぅん……」
貴族とか公爵とか……異世界からきたわたしには、さっぱり分からない世界だ。
「グレンにそこまで強引な手段をとれたってことは……アルバーン家はそうとう力のある家ってこと?」
「アルバーン家はエクグラシアの筆頭公爵家です……レイメリアは『王族の赤』を持つ、みごとな赤毛の美女でした」
「筆頭公爵家……なんかすごそうだね……」
ユーリやアーネスト陛下の赤い髪と瞳は、『王族の赤』とよばれ『竜王』と契約するときに変化する後天的なものらしい。
王族から常に二、三人の契約者をたてるのが通例らしく、該当者が王族にいないときは、親戚筋から素質のある者をたてることもあり、アルバーン家はその親戚筋の代表格なのだとか。
レイメリア・アルバーンはアルバーン公爵家の娘でありながら、『竜王』と契約し『王族の赤』をもつ女性だったそうだ。
ん?『王族の赤』?
「……てことは、レオポルドとユーリって親戚?」
ユーリにたずねると、彼は微妙な顔をしながらもうなずいた。
「そうなりますね……父とレイメリア・アルバーンはいとこ同士です」
マジか……。
そういう狭い世界にわたしみたいな異分子が紛れこんでいるって……なんだかなぁ。
赤毛の美女がグレンを押したおすなんて、どうにも想像できない……したくもないけど。
「レイメリアは僕の父と結婚するのでは、とウワサされたこともあります。結局はアルバーン家の力を落とさないよう、強い魔力を持つグレン・ディアレスに狙いをさだめたのではないか……といわれてますけどね」
ウワサ……ここでもウワサか……。
「狙いをさだめるって……マジで『狩り』なんだね……」
『魔力持ち』同士をかけ合わせる、交配のような婚姻……浪漫もへったくれもないよ。レオポルドの結婚観にも影響してそうだなぁ。げんなりしていると、カーター副団長がうなずいた。
「レオポルド・アルバーンに関しては、アルバーン家のもくろみは成功しましたな。いまは王家で人数が足りているから必要ないが、彼ほどの力の持ち主なら『王族の赤』をもつ資格は十分にある」
世が世なら、レオポルドが真っ赤になっていたのね……。わたしはレオポルドがグレンゆずりの銀髪をもち、神秘的な色あいの黄昏色の瞳をしていることに、ほっとする。
彼の瞳が赤くなってしまうのは、なんかイヤだ。
「アルバーン家ではレオポルドほどの力の持ち主をのがす気はないでしょう……アルバーン公は自分の娘と婚姻を結ばせるつもりですよ」
「いとこ同士で?」
「だねぇ……」と、オドゥが自分の眼鏡のブリッジに手をかけた。
「レオポルドが積極的に相手を探そうとしないのも、アルバーン公には都合がいい……ほかの貴族たちもレオポルド自身は魅力でも、筆頭公爵家の機嫌をそこねてまで自分の娘を売りこもうとは思わない」
「なるほど」
「だから、去年ライアス・ゴールディホーンが竜騎士団長に就任したときは、みな群がったよ~あいつ自身は騎士爵で次男で身軽だし、顔も性格もいい。優良物件キター!ってかんじで」
そこかぁっ!
「もともと顔もいい上に、アラを探そうとする自分が恥ずかしくなるぐらい、真っすぐないい奴だったけど、『団長』の肩書きがついて、注目を浴びちゃったかんじだねぇ」
ライアスも気の毒に。のんびり恋愛もできないんだろうな。ぼんやり考えていたら、ずっと黙っていたテルジオが、思いつめたような表情で顔を上げた。
「ネリアさん……さきほどギルドで出たお話ですが、考えてみてはいただけませんか?」
「えっ」
「テルジオ!」
ユーリが制止しようとするけれど、とまどっているわたしにテルジオは必死な面持ちでうったえる。
「形だけでもいいんです……ネリアさんの安全のためにも!互いをまもる盾になると思いませんか?」
「わたしの安全のためって……えっ?でも……」
そのとき、わたしとテルジオの間に、ふいにオドゥ・イグネルが割ってはいった。
「ねぇ……テルジオ先輩、うちの師団長に何コナかけてんの?」
「オドゥ……お前には関係な……ひっ!」
オドゥが人さし指をのばして軽く喉にあてただけで、テルジオは言葉を発することができなくなってしまった。
「ダメだよぉ……ネリアが優しいからって、うちの師団長を……『錬金術師団』を思いどおりに動かそうなんて……テルジオ先輩でも許さないよ?」
テルジオは目を白黒させながら、口をパクパクさせている。オドゥ、なにしたの?
「ネリアも、あんま王城の奴らにつけいる隙を与えないで?こいつら、アゴでこき使うのはいいけどさぁ」
「う、うん……」
(こき使うのはいいんだ……)
自分の眼鏡のブリッジに手をかけると、オドゥは深緑の瞳でひた、とこちらを見すえてくる。
「師団長ともなれば、行く先々でいろんな要求をされるよ?それにいちいち応えていたら、ネリアの身がもたないよ?わかってる?」
「ひぅっ!……き、気をつけます」
笑みを消したオドゥの迫力は、レオポルドといい勝負ではないだろうか。オドゥはそのまま目だけ動かして、ちろりとユーリを見下ろす。
「ユーリ……『保護者つき』なのは仕方ないけどさぁ、うちの師団長をくだらないことでわずらわせないでよね?お前の事情にネリアを巻きこむな」
そう言われて、ユーリは硬い表情のままグッと拳をにぎりしめた。
「ああ……すまない……テルジオにはよくいってきかせる」
ん?
「ちょっと待って!ユーリの『事情』って?」
テルジオはオドゥ達の1こ上で、「すぐ下の学年に比べてお前たちはパッとしないな…」と言われ続けた気の毒な学年です。