81.留守の間にきた見合い話
ストックが切れかかりましたが、連休で少し書き溜める事ができました。ホッ。
『2分の1の魔法』という映画を観に行ったぐらいですね~。
「おたがい相手が見つかるまでっていう、ビジネスライクな婚約も老舗なんかではよくあるわよ?まぁ、さすがに第一王子相手じゃ大騒ぎになるでしょうけどね」
「……」
大騒ぎどころか、生きていける気がしない。
わたしはとりあえず、コーヒーと一緒にビルが持ってきた、木の小皿に盛られた茶菓子に手をのばす。
ショックを受けたときは、甘いものを食べて気をおちつかせるといい……とばっちゃが言ってた!
わたしは手にとった茶菓子をしげしげとながめる。
「このお茶菓子……可愛いですね……花の型で作ってあって」
「ビルが買ってきたのよね?」
「ん?ああ、トポロンか?三番街に昔からある店で売っているんだ。バターの風味のあるしっとりした生地に、トポ栗の甘い餡が入っていてうまい。コーヒーにも合うしな」
トポロンをひと口かじってみる。トポ栗の餡ははじめてだけど、ホクホクしていてとてもおいしい。トポ栗の甘味に加え、かむと生地にくわえてある香ばしいバターの香りが、ふわりと口の中にひろがる。
「……さっきの工房の中に、この型を作ったところも入れてもらってもいいですか?きれいな形の型を正確につくれるというのは重要なので」
「ビル」
「……調べます」
ビルは即答した。老舗と取引のある工房なら、しっかりしたものを作れるだろう……わたしたちと取引してくれるかはわからないけれど。うん、おいしい……。
「ありがとうビル……アイシャさん、さきほどのウワサですが、事実無根です。わたしもユーリも研究棟では仕事をしているだけで、おたがいそんな話をしたこともありません」
「そう」
「アイシャさんはそのウワサをどこから聞きました?これまでのものとは出所がちがうようです。すくなくとも錬金術師団の中からでたウワサじゃない……」
「王城に出入りする魔道具師は何人もいるから……」
「そうでしょうか?出入り業者の無責任でいいかげんなウワサなら、魔道具ギルド長のアイシャ・レベロは、わざわざ気にしないでしょう」
まっすぐにアイシャさんを見つめると、いつもテキパキとしているアイシャさんが、めずらしく歯切れ悪くなり口をつぐんだ。
「その話の中で真実は『わたしが見合いをかたっぱしから断っている』というところだけです。それを知っていて、ユーリの研究棟への出入りを観察できて、研究棟内部のようすは把握できない人物……」
わたしはちらりと目の端にうつる人物に目を向ける。
「王城の中にいながら、位置的にはわたしよりもユーティリス王子にちかい……ここにいるテルジオ・アルチニ筆頭補佐官のような立場の人物ではありませんか?」
「テルジオ……」
ユーリがハッとしたように、テルジオの方に顔をむけたけれど、テルジオは首を横に振った。
「……私はなにもしておりません」
「でもテルジオもそのウワサは知っていたのよね?」
「……はい」
たたみかけるように問いかけると、かたい表情ながらテルジオもうなずいた。
「アイシャさん」
再び、アイシャさんに目を向ける。
「アイシャさんにそのウワサをつたえた人物は、わたしとユーリが結びつくのを……望んでいる?望んでいない?どちらの感情を持っていると思いますか?」
アイシャは眉をよせて、答えを探すように手の中のコーヒーカップに視線を落とす。
「……望んでいると思うわ」
「そうですか……」
わたしとウワサになるなら、研究棟にいるオドゥやヴェリガンでもいいのに。ユーリだって別にわたしが相手でなくてもいいのに……なぜわたしが?このウワサは、ライザ・デゲリゴラルがライアスに仕掛けたウワサとは、ちがうような気がする。
わたしはコーヒーを飲み下す。すこし冷めてしまったコーヒーの後味は苦く、胃にざわりとした違和感をのこす。
「そろそろ王城に戻りますね……『情報』をありがとうございました、アイシャさん……ビルさんも」
三人の客を見送りギルド長室に戻ってきた秘書のビル・クリントは、がっちりした大きな体をぶるりと震わせた。
「うぅ……あの嬢ちゃんと話すのは緊張するなぁ……あんなちっこい体して、真正面から見すえられるとすげぇ迫力だもんなぁ……」
「ビルはノミの心臓すぎると思うわ……」
あきれたように返事をするアイシャも、すこし肩の力をぬいたようにみえる。
「アイシャのさっきのあれは本心じゃないだろう?注意しろってことか?」
ビルが指摘すると、アイシャは机に両肘をつき、指をくみあわせて息をついた。
「だって、ほっといたら……あの子あっさり王城に囲いこまれるわよ?アルチニ筆頭補佐官が動いているなら、王家が動きだしたってことだもの……」
「俺は王子様に同情するね……初恋ぐらい本人たちにさせてやれ、とおもうがね」
「王家にとりこまれるぐらいなら、魔道具ギルドに欲しいわ……どっちにしろ、あの子は人の思いどおりに踊るような子じゃないだろうけど」
「そうかぁ?けっこうかわいいカップルじゃねぇの?二人ともちっこくてさ」
「そう考えた者が王城にもいるってことよね……でも、彼らがほんとうに期待しているのは……」
『竜王神事』に姿をあらわし、話題をよんだ第一王子。とっくに成人しているのに、その姿は十四、五歳の少年のようで。それには先の錬金術師団長グレン・ディアレスがかかわっているという……。
グレン・ディアレスの唯一の弟子で、師団長の座をひきついだネリア・ネリス。
「彼女が王子様の『呪い』をとくことでしょうね……」
帰り道はだれも口をひらかなかった。ユーリは強ばった顔のまま口を真一文字に引き結んでいるし、補佐官さんも無言だ。雰囲気が重くるしい……。
「おかえりぃ!魔道具ギルドはどうだった?」
研究棟に戻ると、焦げ茶色の髪に深緑色の瞳をもち、眼鏡をかけたオドゥ・イグネルが、おだやかな笑みをうかべ扉から顔をのぞかせる。こんなときはオドゥの笑顔でも、みるとほっとする。
「うん、好感触!でも……試作品を作るだけでもそれなりの費用がかかりそう」
「まぁ、それはしょうがないよねぇ……金属加工は金がかかるから。ネリアにおもしろい見合い話がきてるよ」
「おもしろい?」
いまこの場で見合いの話をしたい気分ではないけど……。オドゥにつづいて、カーター副団長があらわれた。
「デゲリゴラル国防大臣が、自分の甥と師団長との見合いをセッティングしろと私にいってきましてな……」
「は?デゲリゴラル国防大臣って……あのライザ嬢の⁉」
わたしだけでなく、ユーリや補佐官さんもおどろいたようだ。
「ライアスにライザ嬢を押しつけようとしたのがバレて、けんもほろろに断られたらしいからさ、そっちはあきらめて、こんどは自分の甥っこにネリアを……だってさ。すごいよね?」
すごいというか……なんというか……。オドゥが眼鏡のブリッジに手をかけて眼鏡の奥にある深緑の瞳をほそめる。
「いっそのこと、僕と結婚しちゃわない?僕ならお手軽だしぃ」
オドゥのプロポーズはさらっとスルーして、わたしは聞いた。
「そういえば、ヴェリガンにも見合いの話がきているのに、オドゥあてのはないね」
カーター副団長がしぶい顔をした。
「オドゥには前科があるからな」
「前科?」
「こいつは研究資金めあてに女性と婚約し、女性の実家からさんざん援助させ……結局むこうがしびれを切らして婚約破棄をいいだすまで、六年も結婚せずに逃げまわった……という前科がある」
なんですと⁉
「それ、結婚詐欺なんじゃ……」
思わず非難する目つきになると、オドゥは小さく肩をすくめた。
「まぁ、若いときはいろいろあるよねぇ」
あんたまだ二十三でしょうが!女の敵だよそれ!
オドゥのプロポーズ(?)はサラッとスルーするネリア。












