80.まさかの婚約話
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じわじわ増えていてなんか嬉しいです。
パロウ魔道具が『家族むけ』の『朝ごはん製造機』を売りだす⁉
「それ……わたしたちに教えられるってことは、もう確実なことなんですね」
「そうね、今月中には発売予定で、すでに関係各所におひろめはすんでいるから、秘密でもなんでもないわ……でもあなたたちのは、まだ秘密にしないとね」
アイシャはテキパキと段どりをきめていく。
「この術式はさっそく、当ギルドで権利保護の手続きをとるわ。金属加工につよい工房はいくつか心当たりがあるけれど……まずは具体的な用途は秘密にして、術式をはぶいたプレートの試作品をつくらせてみましょう」
「プレートの出来をみて……どこの工房にまかせるか判断するんですね」
ビル・クリントが口をひらいた。
「……パロウ魔道具とかかわりのある工房は避けたほうがいいな……情報がもれると、あそこの社長の性格からして、横やりを入れてくる可能性がある」
「じゃまされる……ってことですか?」
ビルは大きくうなずいた。なにそれ、ビジネス戦争⁉
「『朝ごはん製造機』で都市部の顧客をつかんで急成長したパロウ魔道具だが、逆にいえばそれ以外のヒット商品がない。今回の『家族むけ』に社運を賭けてるといってもいい」
「ひえぇ……グリドル、発売しないほうがいいですか……?」
なにもビジネス戦争をおこしたいわけじゃない。自分たち用に使えるものを作ってもらえるだけでもじゅうぶんだ。
わたしがびびっていると、「それはダメよ」と、アイシャが首を横にふった。
「グリドルは、構造はシンプルで調理の自由度がたかい……魅力的で使いやすそうな魔道具だから、ギルドも手を貸すのよ……決めるのは私たちじゃない、消費者よ……そうでしょう?」
たしかにどんなに苦労して開発したとしても、魔道具が道具として生きのこるには、使う人に選ばれるかどうかだ。
「いい?私たちはギルド員の権利を保護すると同時に、消費者に優良な魔道具を届けなくてはならない……品質に妥協はしないでちょうだい」
「……わかりました」
「あとビルのいっていた食事産業のことも覚えておいてね?ネリアならいろいろアイディアを思いつきそうだわ。でもまずは徐々にね」
「はい」
宅配ビジネスまでは、わたしは関わるつもりはないけどなぁ。でも、これからもフォローしていくことになるのかな……それに、こうやって形になっていくのを見るのは楽しい。
「こんなところかしらねぇ……」
アイシャがゆったりと椅子にもたれたタイミングで、ビルがコーヒーを運んでくる。
「どうぞ……みなさまのお口に合うかわかりませんが」
「いただきます!ありがとう、ビル」
コーヒーはソラが出すものよりも深煎りのようだ。深くコクのある味が、うちあわせで疲れた頭をリフレッシュさせてくれる。
「おいしい!頭がすっきりしますね!」
にこっとほほえむと、ビルもコワモテな顔をくしゃっとくずして笑みを浮かべた。
おぃちゃん……なんかかわいいぞ。ユーリも礼儀ただしく、補佐官さんはふむふむうなずきながら飲んでいる。
「おいしいです……ありがとうございます」
「ほぉ……いい香りです……」
そのまま収納鞄の製作状況や、先日の『竜王神事』の話をしたり。
雑談をしながらこのまま何事もなく終わるかなと思ったところで、アイシャの怜悧な瞳がキラリと光った。
「ところでネリア……あなた、自分にくる見合い話をかたっぱしから断っているんですって?」
……うげ。
「アイシャさんの耳にも入っているんですか?『竜王神事』が終わって、急に増えたんですよ……わたしだけじゃなくて、他の団員たちにもきていて……わたしより、顔バレしてるヌーメリアあてのほうが多いです」
「そうなんですか⁉」
……なんで、補佐官さんが反応するの?ビルが腕を組んでうなった。
「師団長いがいは既婚者ばかりの魔術師団とちがって、錬金術師団は独身が多いからなぁ……『竜王神事』でそっちの注目もあつめたか」
「変人ばかりの集団だと思われてたのにね」
「そうみたいです。大きな行事だから、あらためて『認識』されたみたいで」
「……で、これはわたしが聞いたウワサなんだけど……」
アイシャはふっと息をつくと、思案するように眉をよせた。
「ウワサ?人をまるごと錬金釜に入れたりなんて、してませんよ!」
「まるごと?それじゃなくて……『師団長』のネリア・ネリスが見合いをすべて断っているのは、おなじ錬金術師団のユーティリス・エクグラシア第一王子殿下と懇意にしているからで、二人は婚約間近だ……というウワサよ」
「婚約⁉」
わたしはおどろいてユーリと顔を見合わせた。アイシャがうなずく。
「ちょうど二人そろっているから、聞いておこうと思って」
「ないない!絶対ないですよ!ありえない!」
いきおいよく否定したら、そばに控えていた補佐官さんが、あわてたようにささやいてきた。
「ネリアさん……そこは、殿下のためにも……バッサリ否定するのではなく、やんわりボカしていただいたほうが……」
「補佐官さん、なにいってんの⁉」
「テルジオ、どういうことだ?こういうウワサをおさえるのがお前の仕事だろう」
ユーリに問いただされてテルジオは少し困った顔をしたが、口を開いたときはややユーリを責める口調になっていた。
「殿下が研究棟にいりびたっているからですよ……だからこうして変なウワサにならないよう、私もお二人のおでかけにご一緒しているんです!」
「そのためだったの⁉」
ユーリが顔を真っ赤にして補佐官さんに食ってかかった。
「いりびたって……って、仕事をしているんだから、当然だろう!ネリアとは別々に作業をしていて、いつも一緒にいるわけじゃない!テルジオも知ってるだろ!」
なんかごめん。わたしとウワサになるなんて、ユーリがかわいそうだ。ユーリはまじめに仕事をしているだけなのに……『竜王神事』で変な注目をあびちゃったせいだ。
「わたしが見合いを断るのは、王都にきて師団長になってまだ二ヵ月もたってないのに、結婚まで考える余裕がないからですよ……それに顔出ししてないのにくる話なんて、不気味じゃないですか」
「まぁ、昨年のライアス・ゴールディホーンの竜騎士団長就任のときの騒ぎを思いだすな。あのときもすいぶん、外野が騒がしかったもんだ」
「そうねぇ、独身の師団長への洗礼みたいなものね……」
「ひえぇ……」
仮面をしているし、見合い話なんて冷やかしみたいなもの……とろくに確認もせず断っていたせいだろうか。まさかそれが原因でそんなウワサがたつとは、思ってもいなかった。
わたしがぼうぜんとしたところに、アイシャ・レベロはさらなる爆弾を落とした。
「『婚約』ぐらい、してもいいと思うけど?ネリア・ネリスの後ろ盾として、これほど強力なものはないわ。第一王子はまだ十八歳でしょ?成人したばかりで、すぐに結婚式をあげるよう急かされることもないわけだし」
「え」
「少なくともそこに控えているアルチニ筆頭補佐官は、似たようなことを考えていると思うわよ?」
はい?
わたしが補佐官さんの方を見ると、彼はすっと表情を消して無表情になっている。あ、これ他人に考えを読ませないようにしている……。
え?
なにこれ……。
話がどんどん、具体的になっていくような……。
どういうこと⁉
ありがとうございました。