79.魔道具ギルド再び
おぃちゃん再び。
そんな夏のある日、魔道具ギルドから正会員の証であるブローチが送られてきた。メロディがギルドの入り口を開けるのに使っていたものと同じものだ。
わたしとユーリが正式に、ギルドの会員として認められたことになる。ユーリの分はしっかりユーティリス・エクグラシアと名が刻んであった。まぁそうだよね。
ホットプレートの相談もしたかったし、さっそく予約をいれてユーリとともに魔道具ギルドにむかった。前回とおなじく、王城広場前から三番街方面にむかう魔導バスに乗る。
「王城に呼びつければいいじゃありませんか、わざわざ師団長がでむかなくても」
「前にも聞いたなぁ……そのセリフ」
そういってユーリのほうをちらりと見ると、ユーリも苦笑していた。いまのセリフを発した第一王子筆頭補佐官のほうはわけがわからない……といった顔をしている。
「……なんで補佐官さんが、わざわざついてくるの?」
そう、わたしたち二人にかっちりしたスーツを着た筆頭補佐官では、違和感がありすぎて悪目立ちするのだ。わたしがジト目になると、彼は心外だといわんばかりに、大きくため息をついた。
「テルジオとお呼びください。むしろなんで二人だけででかけてるんですか」
「え?前回だってそうしたし……なにも困らなかったよ?」
わたしが首をかしげると、今日もしっかり茶色い髪と瞳に色をかえたユーリが、テルジオにむかって口をとがらせた。
「どこにでもついてこようとするから、僕が『保護者つき』ってオドゥにバカにされるんだよ、わかってる?」
「そういわれましても私これが仕事ですから!未婚の男女を二人きりで外出させるわけには」
うわ、なにそれ。
「補佐官さん……発想がやらし~よ……なに想像してんの?バカじゃないの?」
「やらし~ですよね……ほんとバカですよね」
「あっ、ひどい!」
そんなやりとりをしながらも、ぶじ魔道具ギルドにつき、もらったばかりのブローチをかざせば、重厚な扉がゆっくりとひらいていく。うわぁ、『ひらけゴマ!』みたい。
今回の魔道具ギルドは、なんと熱帯の海になっていた。まるで水中を歩いているかのような景色に、わたしはあわてて息を止めてしまったぐらいだ。
クマノミみたいな鮮やかで可愛い魚たちがメモをくわえてすいすい泳ぐ。タコが吸盤に何枚もの書類をくっつけて運んでいる。というか、タコ!この世界にもいるんだ!『たこパ』の夢がふくらむ。
ギルド員たちはテーブルサンゴで書類をひろげ、その足元のゴミはヤドカリ達がハサミで片づけ、エイやウミガメ達は背中に魔道具をのせて運んでいる。
フワフワとなにもせず漂うクラゲたちの、ゆったりとしたその動きにいやされる……と思ったら、飛んでいた小さな羽虫をいきなり、シュッと触手を伸ばしてキャッチすると、パクッと食べてしまった。
こいつらクラゲのフリしてるだけなの⁉水中にみえるだけで、ここは地上だから当たり前なんだけど……なんか、だまされた感が……。
クラゲはまた、なにごともなかったように漂いだし、ありえない動きに目を丸くしたわたし達に、出迎えにあらわれたビル・クリントが、声をかけてきた。コワモテのおぃちゃんだ!
「どうだ、クラゲ型捕虫機は。夏は虫が多いからな……インテリアとしても人気だぞ」
クラゲ型捕虫機……エクグラシア版蚊取り線香みたいなものかしら……。自分から虫を捕まえにいくなんて積極的だね……。
「欠点は毎日水をやらないと、朝ひからびて床に落ちていることかな」
朝起きるとひからびたクラゲが床に⁉
……いやああああ!無理!
「……わたしは欲しくないかも」
「そうか?」
柱からはイソギンチャクやウミユリが生え、カラフルな体をゆらめかせ……くぅ!マウナカイアビーチへの憧れが増すじゃないか!
はやいとこ懸念事項をかたづけないと、オドゥの目よりも、アレクのキラキラした目のプレッシャーのほうが……きつい……。
熱帯魚の鑑賞もそこそこに、わたしたち一行はすぐに二階にとおされた。
「すまんな、さすがに錬金術師団長と第一王子を一般のギルド員と同様にあつかうわけにもいかなくてな。とくにあんたたちは顔バレもしたくないんだろう?」
「ご配慮感謝します……」
ギルド長のアイシャ・レベロの部屋で、アイシャとビルを相手に、まずは仕様書の説明と実演。
収納鞄で持ってきた、ホットプレート……グリドルを使い、実際に目玉焼きと切ったハムを焼いてみせる。材料が持ちこみなので準備が簡単なものにしたけれど、ハムは肉が焼けるにおいがするので避けたほうがよかったかもしれない。
そのうえで定温調理のメリット、さらにプレートの種類をとりかえるだけで、さまざまなレシピのバリエーションができることを説明した。
アイシャ・レベロは、わたしのもってきた仕様書を熟読すると、ビルに渡す。
「つまり、調理関係の魔道具を作っているメーカーを紹介してほしい、ということね?」
「調理関係でなくともかまいません。術式自体はあるので、こちらの注文通りのプレートを作ってくれるメーカー……つまり、金属加工が得意な工房が必要なんです」
「どうかしら、ビル」
ビル・クリントは私が持ってきた仕様書をみながら、あごに手をあてて考えこんでいる。
「これまたドカンと儲けそうな魔道具だなぁ」
「そうでしょうか?」
そういわれても半信半疑だ。わたしは楽しいと思うけど……使う習慣のなかったエクグラシアの家庭にどこまで普及するのかな。人は新しいものに飛びつきはするけれど、結局は使い慣れた道具に戻っていくものだ。
「温度管理ができるなら、できあがる料理の質に、バラツキがなくなるってことだ……しかも、火加減の調節に慣れていなくとも、かんたんに調理ができる。このあいだの宅配ビジネスや出前と組みあわせりゃ、食事すら産業になるぞ!」
「あ、なるほど。そういうことにも使えますね」
そこまでは考えてなかった。宅配ピザのチェーン店みたいな業種ができるってことかな?
「……そういうつもりで考えた魔道具じゃないのか?」
「え?違いますよ。みんなで『たこパ』するんです」
「たこぱ?」
たこ焼きから説明するのはめんどくさいな……。
「ええっと……つまり、みんなでわいわいホットプレート……グリドルを囲んでおいしい物をたべて、楽しくて幸せな気分になろうってことです。なので、家庭用で考えてました」
「みんなでわいわい……」
「おもしろいわね……大ヒットした『朝ごはん製造機』のコンセプトの真逆をいくわね」
『朝ごはん製造機』は「起きたらすぐに朝ごはん!」というキャッチフレーズで売りだされた調理用魔道具だ。
夜に小麦粉と卵とベーコンを入れておくだけで、朝起きたら『ベーコンエッグトースト』ができているという、なんと累計販売台数百万台を突破した大ヒット商品だ。
アイシャが『朝ごはん製造機』の名前をだしたので、ビル・クリントが眉をあげて反応する。
「おいおい、ぶつけるつもりかぁ?」
「……選ぶのは消費者よ、そうでしょう?」
アイシャの返事に、ビルは腕組みをして黙ってしまった。わたしは思わず口をはさむ。
「そっちはひとり用なので、グリドルとはすみ分けできるかと……」
「それがそうでもないのよね……『朝ごはん製造機』のメーカーはパロウ魔道具といって、もともと調理用魔道具では定評のあるところなんだけど、こんど家族むけの新製品を売りだすの」
なんですと⁉大ヒット商品と……まさかのバッティング⁉
ホットプレート…英語ではElectric griddle【電気グリドル】と言います。
ネリアは頭では『ホットプレート』と考えながら、販売名は『グリドル』にする事にしました。












