75.この世界、体脂肪計がなかったよ!
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三人を見送ったあとソラに手伝ってもらって、わたしが慣れない書類仕事をしていると、ノックの音が聞こえて、ユーリが師団長室に顔をだす。
「ネリア、今いいですか?ライガのことで相談したくて……」
するとヌーメリアからもエンツが飛んできた。
「ネリア……?大変です……市場でヴェリガンが倒れてしまって……!」
「ええっ⁉」
ユーリがふしぎそうに首をかしげた。
「ヴェリガンがなぜ市場に⁉」
「彼に『市場の野菜と果物を調べてきて』って頼んで、ヌーメリアとアレクもいっしょにでかけたの」
「ヌーメリアさんとアレク君がっ⁉」
ユーリのうしろから顔をだしたのは……えーと、最近よく彼の部屋でみかける……。
「補佐官さん!」
「テルジオ・アルチニです……ネリス師団長……」
「そうそう、アルチニさん!」
ぽんと手を打つと、補佐官さんはキリッと表情を引き締める。
「テルジオとお呼びください!……それで、ヌーメリアさんとアレク君もいっしょなんですね?」
そうだ、彼とあいさつを交わしている場合じゃない!
「うん。わたし、行ってくるね!」
「ちょっと待ったあああ!」
立ち上がってエンツを飛ばそうとしたわたしを、補佐官さんが勢いよくさえぎる。
「ヌーメリアさんもアレク君も市場に行ったことはありませんよね?」
「そうなの!だから気になって……」
急いでいるのに、こんなときに止めないでほしい。けれど彼はキリッと表情をひきしめ、さらにたたみかけてくる。
「ネリス師団長は市場に行ったことは?」
「ないけど」
補佐官さんは目をまるくして、とんでもないというような目つきでわたしを見る。
「市場がはじめての人間ばかり行ってどうするんですかっ!」
「……なんとかなるんじゃ?」
すると彼は額を手で押さえて、なにやらブツブツとつぶやきだした。
「ダメだ……この危機意識の欠如……どうにかせねば……」
こんなことしてる場合じゃないんだけどな……もう放っておこうか……と思ったら、わたしの肩にポンとユーリの手が置かれた。
「ネリア、ここは彼に任せてだいじょうぶですよ」
「えっ?そうなの?」
その言葉どおり、顔を上げた補佐官さんは、すぐに行動開始した。
「とりあえずヴェリガン・ネグスコは回収しましょう。ヘタに入院されるとやっかいです」
「そうだな」
ユーリがうなずき、補佐官さんがテキパキとエンツを飛ばす。
「ヌーメリアさん?テルジオです……おふたりは無事ですか?」
すぐにヌーメリアから返事がきた。
「テルジオ?私たちは無事です……」
「市場の警備担当に連絡します。迎えがくるまでおふたりとも動かないように。ヴェリガン・ネグスコは回収し、王城医務室に運びます。では、手配してまいりますので失礼します」
ビシッと言い終え、彼はさっそうと師団長室をでていった。
「すごいねぇ!あの補佐官さん……」
わたしが感心していると、ユーリが少しあきれたような顔をした。
「ネリア……彼の名前覚えてないでしょ」
……バレたか……。
しばらくしたら、ヌーメリアとアレクが帰ってきた。
ヴェリガンとヌーメリアとアレク……市場に慣れていない三人のうち、いちばん活躍したのは、なんとアレクだったらしい。
田舎育ちだけに、ちゃんと旬の野菜や果物を知っていて、彼の人懐こさとすきっ歯の笑顔が、屋台のおばちゃんたちにかわいがられた。
「このミダチロアはね、風邪のひきはじめにいいんだよ!」
「美白っていったらナランサの実だねぇ。美容にうるさい奥様がパック用に買っていくよ」
……などといった、生活の知恵袋的な情報収集もばっちりで、アレクが値段の交渉もしっかりやってくれたそうだ。
その横でヴェリガンは人に酔い、貧血を起こしてぶっ倒れてしまったらしい。どこの深窓の令嬢だよ!
「もうぜんぶアレクにまかせちゃおうかな……」
「へへっ、僕がついてればヴェリガンはだいじょうぶだよ!」
……頼もしい。
いちおうわたしは責任者なので、ヴェリガン・ネグスコが運びこまれたという、王城の医務室に向かった。
医務室ではジャバン・ララロアという、ミルクティー色の髪と瞳をした医師が彼を診察していて、とくに病気というわけではないらしい。
「疲労と栄養不足ですかね。彼、ちゃんと食べてます?」
「不摂生を絵にかいたような生活ぶりです」
「なるほど……それで病気にならないなら、逆に彼、じょうぶな人間かもしれませんよ」
そういう考えかたもできるのか……。青い顔をしてベッドに横になるヴェリガンは頬もこけ、ほんとうにガリガリだ。
「体脂肪率は?ヴェリガンのあの体格だと八パーセントぐらいですか?」
「たい……?」
ハッ!なにげなく聞いて今気づいた!この世界、体脂肪計がなかったよ!
そうだった……体脂肪ってもともとは、人を水中に沈めて量った体重と空気中で量った体重との差から、身体密度を計算して……かなりめんどくさい方法で測定するんだった。
乗るだけで体脂肪率が測れるタニタの体脂肪計なんて、今考えたら魔道具にしか思えないよ!
いや、待てよ?
空気置換法があった!
「……人間がまるごと大きさの錬金釜があれば、圧力変化を測定して身体密度を計測できるかも。うーん……」
ひとりで考えこんだわたしは、ジャバン・ララロアが、ギョッとしているのに気づくのが遅れた。
「れ、錬金釜に……人間をまるごと⁉」
「ん?」
顔を上げると、医務室にいた人たちの顔が青ざめている。
「え?ちがうよ!人間を錬金の材料にするわけじゃないから!」
ああっ!錬金釜に人間をまるごと……って、わたし言っちゃった!!
しかもわたし、グレンの仮面つけてるし!
いやああああ!絶対、グレンみたいなマッドサイエンティストだって勘違いされた!
あわてて否定して、体脂肪率についてもきちんと説明したけれど、ララロア医師の目はいまひとつ、信用していない感じだった。
絶対疑われたよなぁ……そう思っていたら、やっぱり。
「ネリス師団長……『新しい師団長は錬金術師たちをメシも食わせず、貧血で倒れるまで働かせ、力尽きたら植物の肥料にするか、錬金釜にまるごと入れて錬金材料にするらしい』というウワサがあるそうだが」
後日、アーネスト陛下から心配そうな顔で聞かれ、わたしはひざから崩れ落ちそうになった。
それ、わたしのせいじゃないから!ヴェリガンの自業自得だから!
こうなったら絶対、彼を健康体にしてやるんだから!
ありがとうございました。









