74.コールドプレスジュース
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師団長室の居住区の朝は、ヌーメリアとアレクが加わりにぎやかになった。
アレクはニーナ&ミーナの店で、『寝ぐせなおし』機能つきパジャマを買ってもらった。おかげで寝起きなのにサラサラ髪だ、うける。
いつも地味な色味の服のヌーメリアが、明るいベビーピンクのブラウスを着ていたのでほめたら、「アレクが『これがいちばんいい!』って言ったんです……」と、はずかしそうに教えてくれた。
そうだよね、ピンクとグレイって相性いいよね……アレク、グッジョブ!
わたしも二人がきてからはベッドで朝食をとるのはやめ、ヌーメリアたちと一緒に食卓を囲むようになった。今朝もソラがつくった卵サンドをぱくつきつつ、つけあわせの温野菜とコンソメスープをいただいている。
ベッドで朝ごはん……ぜいたくでいいけど、病人みたいでスッキリしない。たまにならいいけど。居住区の窓からみえる中庭も、風にそよぐコランテトラの葉が涼しげだ。
ソラが家事全般を片づけてくれるおかげで、ここの暮らしはとても快適だ。ヌーメリアも時間に余裕があるから、アレクとかかわるのが楽しそう。
デーダス荒野にいたときは自分の生活には無頓着だったグレンは、師団長室ではどうやら細かくソラに注文をつけていたらしい。おかげでソラが優秀すぎるほど優秀なのだ。
なんだろう、喉がかわいたな……と思うまえにアイスティーが用意されているこのすばらしさ。これはこれで……人としてアカン気がする。
仕事以外、何もしなくていい……というのは助かるけれど、気がつけば仕事だけしているような。それはそれで……人としてダメな気がする!
「これ……たのまれてた素材……収穫できた……」
ヴェリガンが温室になっている自分の研究室から、収穫物を素材として持ってきてくれた。一階にある研究室では、さまざまな植物達が栽培されている。それを受け取りながら、わたしは気になったことをたずねる。
「ところでヴェリガン……今日の食事はなにたべたの?」
だって工房にはいってきたヴェリガン・ネグスコは、ひどい顔色だったから。
「……記憶に……ない……」
これだよ!
「いちおうヴェリガンは働きざかりなんだからさぁ……不摂生してたら、いい仕事できないよ!」
「……食べるの……めんどう……」
もっとダメ人間がここにいた!
「ソラ、野菜と果物を台所から持ってきてくれる?ナマでも食べられるもので、水分の多いものがいいわ、あと葉物も」
「かしこまりました」
ヌーメリアもまじまじとヴェリガンの顔をみつめている。
「ヴェリガン、ほんとうに顔色が悪いですよ……ちゃんと寝てますか?」
「気がつくと……寝てる……から……だいじょうぶ」
それ、倒れてるっていうんじゃ……。
「もー!ヘタすりゃ死んじゃうよ!」
「死んだとしても……僕の大事な子たちの……養分に……なるんだし」
昔の人は言いました。
西行『願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月の頃』
……いや、研究棟でそれやったらダメだから。
だいたいそれ書いたとき、西行さん六十過ぎだし!ヴェリガンはまだ三十代なんだから!
「ネリア様お持ちしました」
ソラが持ってきたカゴに山と盛られた野菜や果物をみて、ヴェリガンがげんなりした顔をする。植物バカのくせに、野菜は好きじゃないのかよ!ヌーメリアが不思議そうに聞いてきた。
「ネリア、こんなにどうするのですか?」
「ヴェリガンの顔色みてたら、いきなり食事をとらせるのは、お腹に負担がかかるかなぁと思って……柑橘類は避けたほうがいいかなぁ……」
わたしはカゴの中から、野菜や果物を選びはじめる。
「お腹によさそうなのは……ミッラやテルベリーの実と、あとタラスの葉っぱもいいかなぁ……根菜のディウフも入れようか」
「いったいなにを?……野菜ジュースでも作るのですか?」
「うん、野菜ジュースではあるんだけどね……『低温低圧圧縮方式』で『コールドプレスジュース』をつくるの」
「こーるどぷれす?」
「難しいことじゃないのよ。温度を上げないようにして、野菜や果物から『圧力のみ』で栄養や水分を取りだすの……消化に時間をかけずにスムーズに栄養を吸収できるの」
熱をかけたり、こまかく粉砕すれば、野菜や果物が本来もっている栄養素はこわれてしまう。そうしないために、熱を発生させずにつよい圧力をかけて搾汁をおこなう。
わたしは材料を錬金釜にほうりこむと加圧をはじめた。なんだか錬金釜をいいように使ってしまっているが、『錬金術師が内部の空間を支配できる』という便利機能はほんとうに使える!
「いい?ナマの果物をそのまま食べた場合、消化にかかる時間は三~五時間……吸収率は二割もない。『コールドプレスジュース』の場合、消化にかかる時間は十分ほど、しかも吸収率は六割以上!これならめんどくさがりのヴェリガンの生活にも合うわ」
わたしはできあがったコールドプレスジュースをヴェリガンと、ヌーメリアとアレクにも試してもらう。
……うん、多少タラスのクセのある味はするけれど、まあ飲みやすいのではないだろうか。
「あら。おいしいです……これならアレクも飲めますね」
「うん」
「いがいと……飲み……やすいね」
ヴェリガンもボソボソいいながら飲んでいる。
ヴェリガンが飲みおえたところで、わたしは彼に仕事をあたえた。
「そうだなぁ……ヴェリガンにお仕事をあたえるよ。自分の健康のためにも、『コールドプレスジュース』のレシピをいくつか開発してちょうだい」
「レシピ?」
ヴェリガンがぎょろつく目でわたしの顔をみた。自分に仕事がふられるとは思わなかったのだろう。頬がこけてるから、ヴェリガンの顔がさらにシュールになる。
「わたし、錬金素材ならともかく、市場で売っている野菜や果物についてはくわしくないの……だから体にいい組み合わせのレシピを、目的別にいくつか開発してみて?」
「かっ、体にいい組み合わせ?……ヒック!」
おどろきすぎたのか、ヴェリガンがしゃっくりをはじめた。これにはもうひとつ野望があって、あるていど食べものの効果がハッキリしたら、サプリメントを開発したい。
はっきりとは覚えてないけど、ビタミンCが美肌、ビタミンB群が口内炎やニキビ予防、葉酸は赤ちゃんの発育にいいんだっけ?きっとこっちの世界にも食べものにふくまれる同じような物質があるだろう。
「うん!たとえば『美肌』とか『整腸』とか『デトックス』とか……季節によって旬の素材もちがうし、いろいろ考えられるでしょ?ヌーメリア、ヴェリガンを手伝ってあげてくれる?市場にかよって、使う食材の組み合わせをみつけてね!」
「ええ……おまかせください」
「えっ!ちょっ、ヌーメ……ヒック!」
ヴェリガンが情けない顔であせったようにヌーメリアを見るが、ヌーメリアはおだやかに微笑むだけだった。
「そうそう、アレクもつれて行くといいよ。アレクも王都に慣れたほうがいいもんね!」
「まぁ!アレクも市場に⁉それは素敵ですわ……ね、ヴェリガン?」
ヌーメリアがふわりと微笑むと、ヴェリガンは「あー」とか「うー」とかうなっていたが、やがて頭を抱えてうずくまった。
「しくしく……ヒック!……僕の平穏が……ヒック!」
わたしはできるだけ優しく、そうヌーメリアみたいに、彼に話しかける。
「ヴェリガン……竜騎士団にいたときに『これからは師団長に協力する』っていったのはだぁれ?」
「僕でふぃ……ック!……うぅ……僕の……平穏……ック!」
ヴェリガンは、市場に売られる子牛のような顔をしていたけど、ローブを脱いできたヌーメリアを見るとすこし顔色がよくなって、アレクを連れてでかけていった。
紺色の髪のヴェリガン・ネグスコが青い髪のアレクを連れていると、なんだかまるで親子みたいだった。












