73.師団長室でミッラのケーキとコーヒーを(ヌーメリア視点おわり)
ようやく王都に戻ってきました。いつもの調子に戻ります。
ヌーメリアが師団長室の居住区にもどってくると、ネリアがソラやアレクと一緒にケーキをつくっていた。
「そうそう!アレクじょうずね!ほら、すごくきれいなお花になった!」
ネリアは昨日、サルカスの名産の甘ずっぱいミッラの実をスライスし、一晩赤い蜜につけていた。今日はそのピンク色に染まったスライスを、ヨーグルトムースを固めたケーキの上に花びらのようにならべているようだ。
「これ……ヌーメリアにあげていい?」
「いいねぇ!ヌーメリア喜ぶよ!」
聞こえてきた会話に、ヌーメリアの口元から笑みがこぼれる。
「ただいま」
「お帰りなさい、ヌーメリア!ちょうど良かった、ソラ!コーヒーをお願いね」
「かしこまりました」
「ヌーメリア、お帰りなさい!あの……これ、僕がつくった……」
おずおずとミッラのケーキの皿をさしだしてきたアレクに、ヌーメリアは微笑みかけた。
「おいしそうね……それに、とってもきれい」
頭をなでるとアレクは真っ赤になって、はにかむようにわらった。最近ぬけた歯のおかげですきっ歯になっている。
「僕、ソラをてつだってくる!」
ヌーメリアはその笑顔を見ていたかったが、アレクはそのまま走りさってしまった。
アレクを連れ帰った晩、ヌーメリアはネリアにすべてを打ちあけた。
リコリスの町でおきたことも、将来、アレクが『魔術学園』に進学したとして、自分の腹違いの兄弟たちと出会ってしまうことになるのではないかという不安も。
ネリアはすこし考えた後、「過去は変えられない……けれど、未来は変えられるよ」といった。
「将来、アレクが真実を知ったらたしかに傷つくかもしれないけど……その時までにアレクの世界をひろげて、アレクを支えてくれる味方をいっぱい増やしておこう!ヌーメリア、大変だよ?ひきこもってなんていられないよ!」
「……そうですね……私は自分が幸せだったことに気づきました」
願ったような愛情は得られなかったかもしれないが、王都で教育を受け、仕事もあり好きな研究ができる。人ひとりぐらいなら養う余裕もある。それはなんと恵まれて幸せなことか。
……過去にとらわれ過ぎていて、何もみえてなかった。
わたしもアレクも『過去』は変えられない。
けれど二人の『未来』は、たしかに変わった。
「じゃあ、アレクにはソラの作ったケーキね!どれどれ……うん、漬け具合はなかなかね!ミッラの酸味がさわやかだわ~」
ネリアがにこにこと満足げにケーキをほおばる。ネリアの頭のなかにはレシピがいくつもあるらしく、新作のケーキはかならずネリアとソラが一緒につくり、ソラにつくり方を覚えさせている。
ヌーメリアの仕事中はアレクは基本的にソラと過ごすことになっているが、ソラ自身はいつもネリアの近くにいるため、ネリアも積極的にアレクに声をかけて面倒をみている。
今日は家庭教師の日ではなかったから、アレクもケーキづくりに参加していたらしい。アレクの学力をおぎなうために、週に何回か家庭教師をたのんでいるのだが、ネリアも一緒になって勉強していることも多い。
「いやーあらためて学ぶと新鮮っていうか、いろいろ発見が多くて……」
ネリアはけろりとそういうが、基本的なことを教えるだけだというのに、錬金術師団長まで同席して一緒にいろいろ質問してくるのだから、教師の方は生きた心地がしないだろう。
素顔のネリアは肩につくぐらいのふわふわとした赤茶色の髪、深みのあるペリドットのような黄緑色の瞳が煌めく、小柄であどけない面差しの可愛らしい女性なのだが。
「そうだヌーメリアに聞きたいんだけど……こっちのせか、王都の女の子たちって、スキンケアやお化粧ってどうしてる?」
(引きこもってた私に聞くなんて!)
「ヌーメリアの肌白くてきれいなんだもん、あと髪も。デーダス荒野って風が強いし乾燥してるから、わたし枝毛だらけなんだよね。いいヘアケア知らない?」
たぶん自分が白いのは、日に当たらなかったせいだろう……とは思ったものの、ネリアは本気で聞いているので、学園時代の知識をひっぱりだしなんとか答えた。私もすこしは関心を持ったほうがいいのかもしれない。
『研究棟』に錬金術師達が戻ってきて、ネリアにもだいぶ余裕ができたようだ。
昼休みもきちんととるし、仕事中でも午前と午後に、ちゃんと休憩をとってお茶やコーヒーをたしなんでいる。さいきんではほかの錬金術師達も、師団長室でふるまわれるソラの作るケーキをたのしみにしている。
なんとものんびりとした仕事ぶりだが、グレンも師団長室にこもりっきりで、何をしているのか定かではなかったから、『師団長』というのは……こんなものなのかもしれない。
「ネリアは何か研究したいことはないんですか?」
「ん~わたしはね、べつにグレンみたいに何かつくろうとか、きわめたいとかないんだよね。それより……」
ネリアは少し考えてから、こたえた。
「『研究棟』のみんなが予算とか、素材不足になやまされずに研究ができるように、環境をととのえていくのが『師団長』の仕事かなっておもうから。わたしの錬金は雑用ていどで十分なんだよ」
ネリアの錬金はけっして『雑用』で片づけられるようなものではないのだが。
「今いちばんわたしが気になってるのはね……ヴェリガンの顔色!あれは、食生活からなんとかしないとダメだよねぇ……」
「ヴェリガンの……顔色、ですか」
ヌーメリアは灰色の目をまたたいた。おなじ研究棟で働いているとはいえ、ヴェリガンの顔なんてまともに見たこともない。どんな顔色だったろうか……。ネリアはお茶のカップを手に、なにやら考えこみはじめる。
「うん、そう。ヌーメリアにも協力してもらおうかな……」
今はネリアが師団長なのだ。ネリアがやる、といえばやるだけだ。それでヌーメリアとアレクの生活も保障される。
ヌーメリアはアレクがミッラのケーキをほおばるのを目を細めてながめ、ソラの淹れてくれたコーヒーの香りを楽しむと、ネリアにふわりと微笑んだ。
「もちろん……なんなりと」
ソラの淹れたコーヒーは、すべての憂いが空にほどけて消えていくような味がした。
……おまけ。
「テルジオ、お前おみやげのセンスないよ……『リコリス名物温泉まんじゅう』ってなんなの?……これ、僕にお茶淹れろってことだよね?」
テルジオはユーリの研究室に勝手に椅子をみつけると、どっかり座った。
「いつも美食ばっかの殿下には、そのぐらいがよろしいかと……というか、どこも寄るヒマがないほどいそがしかったんで、車内販売で買ったんです……いやなら私だけいただきます。あ、お茶は淹れてください……研究棟にいるときはただのユーリ・ドラビスとして扱えといったのは殿下ですからね」
「はいはい……今回は無理をいったからね、感謝してるよ」
ユーリは棚から『緑茶』の缶をとりだすと、慣れた手つきで小鍋にいれ、ちいさな火の魔法陣を敷き焙煎をはじめた。どうやら『焙じ茶』を淹れるらしい。こうばしい香りが研究室にただよう。
「お、ふつうに美味しいです……殿下ってお茶淹れられたんですね」
「お前、さりげに僕をディスってるよね……」
そのままゆったりとお茶を楽しむはずが、ユーリが「あ、僕今度の『竜王神事』でることにしたから」といったため、テルジオは温泉まんじゅうをグッと喉につまらせた。あわてて焙じ茶に手をのばしたため、舌もやけどした。
「は?いきなりなんです!こちらにだって準備が!」
「準備なんていらないだろ?錬金術師として参加するんだし、式典服のローブ着てネリアの後ろをあるくだけだよ」
「……心の準備がいるんですよっ!」
「テルジオ、何年僕の側近やってるの?心の準備なんて一瞬ですむだろ?うん、結構うまいねこれ……後でネリアにも分けてあげよう」
温泉まんじゅうを無邪気にほおばる赤髪の少年をまえに、テルジオはため息をついた。
「昔は外見そのままの素直な性格だったのに……」
「テルジオ……なんか僕に文句でもあるの?」
「いーえっ!文句なんてありませんとも!……ちょっと帰りにやさしいヌーメリアさんと素直なアレク君みてなごんで帰ろうかな……」
テルジオは遠い目をした。
ヌーメリア視点の話は何度も書き直しました、ネリアの『動』に比べ、ヌーメリアは『静』なので。
【2024.4.19追記】
書籍版に未収載だった『ヌーメリアの帰郷』は、短編集①に『青の少年』として収載。
公式サイトの試し読みでは『青の少年』全文がお読みいただけます。
短編集の表紙アンケートで1位になったヌーメリア。
彼女を表紙に持ってくるなら、どんな場面かをまず考えました。
「ヌーメリアが表紙になるなら、書籍未収載の『ヌーメリアの帰郷』は外せないのではないか」
と、改めて見直しまして。最初の帰郷で彼女は十六歳だったので、最初同級生の設定だったマイクを、年上の魔術師に変更しました。
1巻の時は『毒の小瓶を抱えてぷるぷる震える魔女』というイメージしかなくて、「彼女はどういう人生を送ってきたのだろう」と掘り下げて書いたのが『ヌーメリアの帰郷』です。
最初、「1巻に続くストーリーとしては、内容が暗いのではないか」と収録を見送っただけに、短編集に収録そして表紙になるなんて、本を出した時には予想もつかなかったです。












