72.夏祭と門出(ヌーメリア視点)
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夏祭りは例年どおり開催された。領主夫妻がいなくなったことは、むしろ歓迎するムードが強かった。
放漫な領地経営に度重なる不品行……彼らはとっくに領民たちから見放されていたのだ。
ヌーメリアの集めた公金横領や不正薬物取引の証拠に、テルジオは感心した。
「短期間によくもここまで集めましたね」
「王家をひっぱりだすのに、生半可な証拠じゃ難しいもの。人が見ていないことでも、魔道具ならそれを知っている……テルジオはレブラの秘術をご存知?」
ひそやかにほほえむヌーメリアが、かなりの無茶をしたと悟り、テルジオは眉をあげた。
「使えるのは魔術師団長ぐらいかと思ってましたよ。錬金術師の捜査能力ヤバいですね。金庫の扉も一瞬で解錠するとか……殿下もやってくれないかな」
「教えてもいいけど……ユーリはろくなことに使わないんじゃなくて?」
「それ……想像できます。やっぱやめときましょう!」
「ふふ」
後始末はテルジオたち補佐官に任せ、ヌーメリアはアレクと町にでかけた。
声をかけてくる人たちとの会話を楽しみ、屋台でパリパリに揚げたムンチョや、糖蜜をかけた甘酸っぱいミッラアメを買い食いして夏祭りを楽しむ。
夜になると灰色の魔女は、アレクを連れて屋上に転移した。眼下にひろがるリコリスの町からは、にぎやかな祭りのざわめきが聞こえてくる。アレクは初めて登った屋上で、こわごわとあたりを見回した。
「アレク……夏祭りのしあげをしましょう。ここなら……よく見えるわ」
「こんなところで何をするの?」
ふりあおげば雲ひとつない夜空には星がまたたき、風もそれほど強くない。条件を確認したヌーメリアは、自分たちのすぐそばに小さな魔法陣を設置した。座標を打ちこめば、ひとつの転送魔法陣からいくつもの結着点が生まれる。
「ここに転送魔法陣の起点を置いて、そしてあの空にいくつも……結着点をおくの。どこに跳ぶかは投げてみてのお楽しみ」
ネリアから借りた収納カバンから、リョークの店でアレクと作った、たくさんのコロコロとした魔道具をとりだす。ウブルグの爆撃具によく似たそれを、ヌーメリアは転送魔法陣に放りこむ。
――ドン!
空で凄まじい音と共に、黄色い火花が大きく丸く散り、アレクは飛びあがった。
「さぁ、どんどん行くわよ……アレクも投げて?」
ヌーメリアが魔道具を放りこむたびに、大空で赤や、青、緑に金……さまざまな色の火花が爆音とともに散る。
――ドン!ドン!ドン!
アレクもおそるおそる手にした魔道具を放りこむと、夜空に赤い大輪の花が咲いた。
――ドオン!
「ヌーメリア、僕の見た?」
「見たわ……きれいね。あれはアレクの息が入っているやつね」
「僕の息⁉」
「吹きこんでいたでしょう?」
ヌーメリアは笑うが、アレクにはわけがわからない。けれどすぐに魔道具を投げるのに夢中になった。ひとつずつ投げるのに飽きると、二つ三ついっぺんにほうりこむ。たくさん投げれば空のあちこちで、色とりどりの花火が咲いた。
「なんの爆発かと思えば……みごとですねぇ。リョークの工房にこもっていたのは、このためですかぁ」
いつの間にかテルジオも屋根にあがってきていた。
「〝花火〟というのですって……ネリアが教えてくれたの、金属は燃やすと固有の色がでるって。それを爆撃具につめて、色と光が散るのを楽しむの……うまくできたかしら」
「はぁ、爆撃具をおもちゃにするとか。その発想は錬金術師だからですかね、町を破壊するつもりかと思いました」
「アレクがリコリスの町ですごす最後の夜だもの。楽しい思い出にしたかったのよ」
たしかに魔道具を魔法陣に投げては、夜空を見あげ夢中で歓声をあげているアレクは、おもちゃで遊んでいるようにしか見えない。いまごろ町の人々も空を見あげているだろう。
テルジオにふわりと笑って、ヌーメリアは〝花火〟を差しだす。
一瞬その笑顔に見とれたテルジオが、それを受けとり魔法陣にほうりこむと、空の高い位置に赤と青の大輪の花が咲いた。
祭りの翌日、町役場のまえには大勢の人が集まった。出発するアレクとヌーメリアを見送りにきたのだ。
アレクはおなじ学校の子たちに囲まれ、身だしなみをきちんと整えたリョークが前に進みでる。
「ヌーメリア様……あんたやあんたのご両親を見殺しにしたこの町に、よく戻ってくださった」
「リョーク、私は……」
この町に戻るつもりはない……そういおうとしたが、リョークはみなまでいわせなかった。
「アレク様をよろしくお願いします。あの魔道具……〝花火〟でしたか……俺も作ってみようと思います」
「〝花火〟を作りたいの?でもあれは転送魔法陣で、空に跳ばさないと危ないわ」
「しがない魔道具師の俺には魔法陣まで張る魔力はないが、昨晩見ていて色と光を楽しむには、仕掛け花火とか……炎や雷の魔石を組み合わせれば、転送なしでも〝花火〟を楽しめると思いつきました」
ヌーメリアは目をみはった。酔いどれリョークは晴れ晴れとした顔で笑った。
「何にもないところですが、場所だけはたっぷりあるし空がひろいのが自慢だ。いつかリコリスの町を〝花火〟で有名にしてみせます。だから将来アレク様が成長されたら……いっしょに見にいらしてください」
「そうね……またいつか」
未来は今すぐ決めなくてもいい。いつかという約束は果たされても、果たされなくてもいい……そんな気楽さがある。
「錬金術師らしいやり方で、自分の『運命』をねじまげておいで」
何でもないことのように言って、師団長室のネリアは黄緑色の目を細めておだやかに笑った。
(私は『運命』を変えられたのね。私だけでなく……アレクや町の未来までも。私はもう奇跡を起こす力を手にした……錬金術師なのだわ)
『錬金術を使うときは、だれを幸せにするかを考えて』
ヌーメリアは自分の手のひらをじっと見つめた。この手で〝毒〟以外のものを創りだすことは、この世界に生きる者の運命を変えていくだろう。でもまずは……。
(だれかを幸せにする力を、手にいれることができるとしたら。私はまずアレクを幸せにしたい)
顔をあげたヌーメリアの視線の先に、青い髪と瞳を持つアレクの笑顔があった。
その様子を遠くからながめていた者たちがいる。彼らは祭りの屋台を片づける男たちにまぎれて町をでるつもりだ。
汚れた顔に無精ひげを生やした黒髪に黒目の背のたかい男は、マグナス・ギブスと名乗っていた紳士によく似ていたが、あたまにバンダナを巻き、耳に貴族の男はつけないような、ハデな金の耳輪をしている。
「ボス、そろそろ出発しましょうや……長居は危険ですぜ……あのお嬢さん方が町をでたら、町がいっきに閑散としちまう」
「昨晩の夏祭りはみごとだったな……腹の底までひびく音に、魂までふるえた」
「へぇへぇ……またボスの悪い癖がでたよ……」
「リコリス家に伝わる『薬』の秘伝をごっそりいただくつもりだったが、それ以上のものを見つけた。まさか……実物に会えるとはおもわなかった……〝毒の魔女〟ヌーメリア・リコリスがほしい」
「そんなすごい女なんですかい?どっちかっていうと地味……グガッ!」
男の部下らしき男は、その瞬間みぞおちに強烈な一撃をくらい、くずれ落ちた。
「俺のオンナにケチつけんな。俺はなぁ、捕縛陣で捕らえられたとき、文字通りシビれたんだよ」
「ひでぇよ、ボス……だいたいボスのオンナじゃねぇし……領主館のお嬢様で王城の奥ふかぁくに囲われている錬金術師ですぜ?世界がちがいすぎらぁ」
「だから、そそられるんだろが……さっさと町役場いってこい!」
テルジオが通りに目をやった時、片づけをおえた1台の屋台が出発するところだった。最近は魔導車になっている屋台も珍しくない。小男が腹をさすりながら町役場にやってきて、出店許可証を返していた。
「さっさと出発するぞ!」
「ヘ、ヘイ!親方……」
屋台主らしい小男は車に戻ると、へこへこと頭を下げる背の高い男に指図し、何事もなく出発していった。ああいった男たちはハデな金のアクセサリーをしている。
頭を下げてばかりだった背の高い方の男も、ハデな大ぶりの金の耳輪をしていたが、その男の目が黒いことにはテルジオは気づかなかった。
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