71.救出と後始末(ヌーメリア視点)
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ヌーメリアは身をひるがえすと、デレクの書斎へと走りながら『エンツ』を飛ばす。
「テルジオ!私は書斎にアレクの救出にむかうわ!晩餐室に領主夫妻!……それとマグナス・ギブスも、捕縛陣で拘束しています!」
返事を待たず書斎に飛びこみ、金庫の扉にむかう。当然鍵はかかったままだが、ヌーメリアは解錠の魔法陣をすばやく描き、高魔力で無理やりたたきこんだ。
「開いて!」
ヌーメリアの魔法陣が作動し、イライラするほどゆっくり回転をはじめ……やがてカチリ、とちいさな解錠の音がした。金庫の扉が静かに開く。
「アレク!」
扉が開けば、大人がかがめば入れるぐらいの金庫の床に敷かれた魔法陣。その上にアレクがぐったりと倒れている。遅れてテルジオもやってきた。
「ヌーメリアさん!館内は制圧完了です!アレク君は?」
「……大丈夫、眠っているだけみたい」
アレクの胸が規則正しく上下しているのを確認し、ほっとして抱きおこすと、テルジオがヌーメリアの後ろからのぞきこんだ。
「これは……眠りの魔法陣?アレク君は金庫のなかで眠らされていた?」
「そう……ね……どちらにしろ許されることではないけれど……配慮はされていた……」
眠りの魔法陣を敷き、とじこめられたアレクを眠らせたのは、マグナス・ギブスと名のった男だろう。金庫内には風の魔石までおいてあり、眠るアレクの息が続くようにしてある。
「……申し訳ありません。マグナス・ギブスは捕縛陣をといて逃走しました……何人かに追わせていますが……」
「捕縛陣をとけるほどの力の持ち主なら、つかまえるのは難しいでしょうね……」
「グワバン近郊の領主にそのような名前の男は存在せず、高利貸しや違法薬物の売買をおこなっていた形跡はありますが、商会は実態のないものでした」
「魔術痕を記録して中央に照会を……身元が割れないなら国外の可能性もあるわ……」
「承知しました」
あとはテルジオにまかせておけばいい。テルジオが『エンツ』をあちこちに飛ばし、細かい指示をだしはじめた。そのとき、ヌーメリアの腕のなかでアレクがみじろぐ。ぼんやりとその青い目をひらくと、まぶしそうに目を細めた。
「ん……ヌーメリア?僕……お父様にとじこめられて……助けてくれた?」
「えぇ、えぇ、おそくなってごめんなさい……アレク……」
しっかりとアレクをだきしめるヌーメリアに、アレクはとまどうように声をあげた。
「えっ、そんなことないよ!ヌーメリアはすぐきてくれて……あれ?でも、もう夜だ」
アレクの澄んだ声を聞き、そのあたたかい体のぬくもりを感じながら、ヌーメリアは灰色の瞳から涙をポロポロとこぼした。
「本当に……本当に良かった……あなたが無事で……」
領主館でおこった騒ぎの翌日……つまり夏祭当日に、王都から派遣されたテルジオ・アルチニ第一王子筆頭補佐官から、領主夫妻の更迭と収監、中央からの執政官の派遣が発表された。
彼らは領主としての身分を失い、裁判を受け刑務所で過ごすことになる。
王政であるエクグラシアでは、この決定は領民からの嘆願でもない限りくつがえらないが、彼らのふだんの行いを見るかぎり、おそらく嘆願はされないだろう。領主館は片づけがすみ次第、スタッフをいれかえ執政官に明け渡されることになった。
「マライア・リコリス……こちらの書類にサインを。アレク・リコリスに家督をゆずり、ヌーメリア・リコリスを後見として認めていただきます」
テルジオに差しだされた銀のペンを、マライアは黙って受けとると、あらかじめ術式がほどこされた書類にサインをした。
サインが終わり術式に魔力を流すと書類全体が光り、正式な書類となる。
「リコリス家の解体でも良かったのですけれど……」
テルジオがそれには首を振った。
「ヌーメリアさんはそれで良いかもしれませんが、家の取りつぶしまですると、アレク君まで故郷を追われることになりますよ。今後のことはアレク君が成長してから、自分で決められる余地を残しておきましょう」
「好きにするといいわ……結局、領主の座も、アレクも、ぜんぶお前のもの……私のものなんてひとつもないのよ」
投げやりにつぶやくマライアに向かって、ヌーメリアはゆるく首を振る。
「マライア……それは違います……アレクもですが、『貴族の財産』とは先祖から次代に受け継ぐだけのもの……誰のものといえるものではないのです……本当に自分のものといえるのは、己自身だけ……だから貴族は己自身を必死にきたえるのです」
「そう……自分のものがないなんて、貴族なんてなるもんじゃないわね……」
マライアは小さな妹ができたとき、うれしかったのは覚えている。
けれどマライアが家族ですんでいた小さな家は、とつぜん迷いそうな大きなお屋敷に変わった。とくに屋根裏部屋はこわかった。
同時にいつもそばにいてくれた両親は、とても忙しくなった。なにもかもあの子がきたせい。あの子は鈍くさくて、いつもお母様にしかられている。
妹は、お母様の目に入らないように屋根裏にとじこめてやろう。私はこわくて仕方がないけど、あの子は平気そうだもの。
それでも私たちはいつもおびえていた。あの子がその気になれば、すべてはたやすくあの子に取り返されてしまう。
あの子のものならなんでも欲しかった。手に入れないと不安だった。
あの子の大事なものをいくつも、いちばん大事にしていたものだって奪ってやったのに。
私の中はいつまでたっても空っぽのまま。
「マライア……出発の前にアレクに……会っていかれますか?」
アレク……あの子の泣き顔は、悲痛に顔をゆがませたあの男の顔を思いださせる。
『出ていってくれ!彼女のふりをするなんて!もう僕は彼女にあわせる顔がない!』
王都から妹と一緒にきた男は、この辺にいるどの男とも違っていて、マライアははじめてみる都会の男に恋をした。
父が決めた婚約者のデレクに不満はなかったが、一生に一度ぐらい、マライアはちゃんと恋がしてみたかった。
想いが決して叶わないのは分かっていたが、彼が自分の妹の夫となり、妹に寄りそうのを見ることになるのは絶対に嫌だった。
妊娠してどんどん変わってゆく自分の体をみるのは、異物が入りこんだようで、恐ろしかった。
表向きは夫になってくれたデレクも、自分を決して許してはいないのが分かった。
アレクが泣くとあの男になじられている気がして、マライアはアレクに触れることができなかった。なぐられるアレクを放置したのは、自分を拒絶した男への、ゆがんだ小さな復讐だ。
「必要ないわ、顔も覚えてない男の子どもよ。でもお母様のところに寄ってちょうだい。お別れのあいさつをしたいわ」
二十五年近く暮らした領主館を離れるのに、マライアはなんの感慨もなかった。
幼いころ暮らした両親と自分だけの小さな家……マライアはそこに帰りたかった。
ヌーメリア視点、もう少しだけ続きます。
話が伸びてしまいました…エピソード詰めすぎ…反省してます。












