68.錬金術師の弟子(ヌーメリア視点)
よろしくお願いします。
裏通りは魔導バスの停留所のある通りから一本奥にはいり、飲食店がたちならんでいる通りだが、閉ざされたままの店も多かった。十一年前の帰郷の折は、まだ活気があったような気がする。
めざす魔道具店は、すぐに分かった。店は開いていたが、棚にはホコリがつもり、箱の表書きは日にあせている。時が止まったような店だ。
「ごめんください……どなたかいらっしゃいます?」
「んだぁ……?客かぁ?こんな田舎のさびれた裏通りにゃ、似つかわしくないレディだなぁ……おい」
おそるおそる声をかけると奥からひげもじゃの男、リョークが、左手で自分の頭を、右手で自分の脇腹をボリボリとかきながらでてきた。身なりにかまわない男性は、グレンやヴェリガンで見慣れているとはいえ、ヌーメリアは腰がひけそうになる。
リョークの方もヌーメリアの姿を認めたとたん、目が驚きに見ひらかれた。
「あ、あんた……」
「突然ごめんなさい。魔道具の部品を分けてもらいたいの……町役場で魔道具の修理をしていて」
「あ、あぁ……部品なら、こっちだ……」
よろめくように後ずさったリョークの腕が、無造作につまれた箱の山にぶつかる。箱がくずれ、部品がこぼれて床にちらばった。
「すまねぇ……おゆるしを!アメリア様!」
「リョークさん?私は……アメリアではありません」
とまどうヌーメリアにかまわず、リョークは部品に埋もれたまま、床に頭をこすりつけた。
「おゆるしを……どうか……もうしわけありません!アメリア様!」
「……リョークさん?お願いがあるのですけど……すこし話を聞いてくれませんか?」
リョークとの話を終えて町役場にもどったヌーメリアは、残っていた魔道具の修理をすませ、会議室を借りてひとつの魔道具を組みたてた。
細い腕輪の形をした魔道具の動作を確認し、慎重に遮音障壁を展開するとエンツを王城に飛ばす。
「ユーリ、ヌーメリアです。力を貸してくれませんか?」
遮音障壁の内側で息をひそめていると、返事はすぐに返ってきた。少年のような姿でも、声だけなら大人と変わらない。
「どうしました、ヌーメリア。僕の力が必要なんですか?」
「えぇ、あなたの力が必要です。私だけでは……」
ヌーメリアが事情を説明するあいだ、ユーリは静かに耳を傾けていた。
「……わかりました、テルジオたちを向かわせます。夏祭りまでには合流できるでしょう」
「お願いします」
「こっちはネリアに、あちこちひっぱり回されていますよ……驚きの連続です」
ひっぱり回されているわりには声には張りがある。ヌーメリアは小首をかしげた。
「楽しそう……ですね」
「そうなんです、困ったことに楽しくて。テルジオにはないしょですけどね。ヌーメリアも早く戻るといいですよ」
「ふふっ……私もはやくネリアに会いたいです」
ふわふわとした赤茶色の髪、ペリドットのような深みのある黄緑をした輝く瞳、小柄で元気いっぱいな娘の顔がよぎり、ヌーメリアはほほえみを浮かべた。
「アレク、ちょっといいかしら。あなたのために腕輪を作ったの」
「……僕に?」
はじかれるようにアレクが顔をあげた。人に何かをもらうのは初めてだ。彼の誕生日にはいつも父親がすごく不機嫌になり、母親はでかけてしまう。
「これは私が作った、魔力を制御するための腕輪。これをはめれば魔道具も壊れないし、だれかがケガすることもない」
「ヌーメリアが作ったの?」
アレクはますます目を丸くした。思わず伸ばしかけた手を、ハッと我に返ってギュッと握りしめる。
「でも僕……人に何かもらうと怒られるんだ。見つかったら壊されちゃうよ」
「だいじょうぶよ、さっきアレクのお母様にも見せたから。はめてみて……中にアレクの魔力が流れているでしょう?」
腕輪にセットされた半透明の魔石のなかに、魔素の流れが虹色のゆらぎを形作る。
自分の力をこんなふうに見るのは初めてで、アレクはそれを真剣に見つめ、そっと確かめるように魔石をなでた。
「きれいだね。これでもう魔道具を壊さないですむなら、お父様も僕を好きになるかな?」
アレクの問いにヌーメリアは答えられなかった。かわりに口からこぼれたのは別の言葉だ
「それでね、もうすぐ夏祭りだから、アレクには私の助手をお願いしたいの。お願いできるかしら?」
「僕、何をすればいい?」
「夏祭りの準備よ」
アレクの青い瞳が子どもらしいきらめきに輝き、灰色の髪と瞳をした魔女はふわりとほほえんだ。
翌朝、アレクはヌーメリアに肩かけの帆布製のカバンをもたされ、いっしょに玄関に向かった。
途中マライアとすれちがい、アレクは腕輪を取り上げられるのでは……とぎくりとしたが、母はなにも言わなかった。ヌーメリアがマライアを呼び止める。
「そうだわ……言い忘れていたことがありました。屋根裏部屋に子どもを閉じこめるのはお勧めしません」
「お前の指図など受けないわよ」
「忠告ですわ。屋根裏にはリコリス家に伝わる危険な薬物が保管されています。北に面した窓のそばにある茶色のキャビネットには、きちんとカギをかけてください。恐ろしい猛毒が入っていますから」
「茶色のキャビネットですって?」
「ええ。子どもがうっかり持ちだしては大変ですもの」
「そうね……」
「では行ってまいります」
町役場に寄り、魔道具が問題なく動いていることを確認したあと、ヌーメリアはアレクを連れてリョークの店にむかった。
「ヌーメリア様!お待ちしておりました!」
昨日とはうってかわって店内は掃除され、床も掃き清めてあった。店主のリョークも、髭をそり髪もととのえ、きっちりと束ねている。ヌーメリアはアレクのことをきちんとリョークに紹介した。
「こんにちは、リョーク……こちらは私の助手のアレク・リコリス……今日はよろしくお願いしますね」
『一人前』として扱われたことに、期待と緊張でアレクはギュッと手を握りしめた。
「工房はこちらです……よろしいですか?」
リョークにうやうやしく案内された奥の工房もきちんと片付いており、ヌーメリアは笑みを浮かべた。
「ええ……満足よ……準備をありがとう」
「アレク、あなたが持ってきた肩かけカバンを貸してくれる?」
アレクは言われたとおり、そのカバンをヌーメリアに渡す。カバンは軽くて、中には物が入っていないように思えた。
「ありがとう……これはうちの師団長が貸してくれたとっても大事なカバンなの。手作りなのですって……見ていてね」
ヌーメリアはカバンを開くと最初に錬金釜を取りだし、次に素材を、そしてさらにフラスコやビーカーなどの実験器具まで取りだす。布のカバンの中にはいっていたとは思えない量に、アレクもリョークも目をまるくした。
最後にヌーメリアは錬金術師団の白いローブを取りだし、それを着て魔法陣を展開する。
「まずはセレスタイト鉱石の精錬を……アレク、器に満たした水溶液に息を吹きこんで。吸わないようにしてね」
アレクが息を吹きこみ、濁った水溶液から沈殿する炭酸ストロンチウムを回収。
硫酸バリウムの粉は、木炭とともに高温で加熱処理……硝酸と反応させて硝酸バリウムを生成する。見守っていたリョークが感心して声をあげた。
「ほおぉ、ヌーメリア様は魔道具の修理だけでなく、錬金術もなさるとは……」
「これ、何?」
「なめちゃダメよ……〝毒〟だから。錬金術は危険でもある……助手ならちゃんと気をつけて」
興味深げにガラスの容器をのぞきこんでいたアレクは、それを聞きあわてて身を離した。
領主館でふたりを気にかける者はなく、毎日ヌーメリアはアレクと工房に通い、頼まれれば町役場だけでなく、いろんな店で魔道具を修理した。
いまふたりは飲食店の店先に、壊れっぱなしで放置されていた魔道具を直したところだ。
「助かったよ、かき氷は夏祭りで人気だからねぇ。さあどうぞ、赤いのはコランテトラ、白いのはミッラのシロップだ」
できた氷を容器に入れ、甘く煮詰めた果汁などをかけて食べる。初めて食べるアレクは喜んでかきこみ、キーンとした頭を押さえてうめいた。
アレクを連れて歩くと、あちこちから声をかけられた。学校をよく休む彼は、みなには病気がちだと思われていた。
「目に見える場所のケガが治るまで、家から出してもらえなくて。楽しみにしている行事のときは、わざと学校に行けないように殴られる。だからって内緒にすると、『黙っていた』と怒られるし、僕どうしたらいいんだろう」
「そう……」
アレクが打ち解けて話してくれる内容に、ヌーメリアの心は痛んだ。彼女を見る少年の瞳はどこかすがるようだ。
「ねえヌーメリア、ずっとここにいてよ」
「いいえ、アレク……私は王都に戻らなければならないわ」
青い瞳が絶望に染まり、子どもらしい表情が顔から消える。うつむく少年に、ヌーメリアは思いきって告げた。
「だからアレク、あなたも王都にいらっしゃい」
セレスタイト鉱石は地球に実在してます。












