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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』コミティア155東4【F34b】
番外編 ヌーメリアの帰郷

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68.錬金術師の弟子(ヌーメリア視点)

よろしくお願いします。

 魔導バスの停留所のある通りから一本奥に入った裏通りは、飲食店が建ち並んでいるけれど、閉ざされたままの店も多かった。


 十一年前にヌーメリアが帰郷したときは、もっと活気があったような記憶がする。


 めざす魔道具店はすぐにわかった。店は開いていたが,

棚にはホコリが積もり、箱の表書きは日にあせている。時が止まったような店だ。


「ごめんください……どなたかいらっしゃいます?」


「んだぁ……?客かぁ?こんな田舎のさびれた裏通りにゃ、似つかわしくないレディだなぁ……おい」


 ヌーメリアがおそるおそる声をかけると奥から、ひげもじゃのリョークらしき男が、左手で自分の頭をボリボリと、右手も脇腹をかきながらでてきた。


 身なりにかまわない男性は、グレンやヴェリガンで見慣れているとはいえ、ヌーメリアは腰が引けそうになる。


 リョークのほうも彼女の姿を認めたとたん、目が驚きに見開かれた。


「あ、あんた……」


「突然ごめんなさい。魔道具の部品を探しているの……町役場で魔道具の修理をしていて」


「あ、あぁ……部品ならこっちだ……」


 よろめくように後ずさったリョークの腕が、無造作につまれた箱の山にぶつかる。山が崩れて箱のフタが開き、部品がこぼれて床にちらばった。


「すまねぇ……お許しを!アメリア様!」


「リョークさん?私は……アメリアではありません」


 とまどうヌーメリアにかまわず、リョークは部品に埋もれたまま、床に頭をこすりつけた。


「お許しを……どうか……もうしわけありません!アメリア様!」


「……リョークさん?お願いがあるのですけど……話を聞いてくれますか?」


 魔道具店主のリョークと話を終えて町役場に戻ると、ヌーメリアは残っていた修理をすませ、会議室を借りて魔道具をひとつ組み立てた。


 細い腕輪の形をした魔道具の動作を確認し、慎重に遮音障壁を展開たヌーメリアは、王城にエンツを飛ばす。


「ユーリ、ヌーメリアです。力を貸してくれませんか?」


 遮音障壁の内側で息を潜めていると、すぐに返事があった。少年のような姿でも、声だけなら大人と変わらない。


「どうしました、ヌーメリア。僕の力が必要なんですか?」


「えぇ、あなたの力が必要です。私だけでは……」


 ヌーメリアが事情を説明するあいだ、ユーリは静かに耳を傾けていた。


「……わかりました。テルジオたちを向かわせます。夏祭りまでには合流できるでしょう」


「お願いします」


「こっちはネリアにあちこち、ひっぱり回されていますよ……驚きの連続です」


 ひっぱり回されて困っているはずなのに、声には張りがある。ヌーメリアは小首をかしげた。


「楽しそう……ですね」


「そうなんです、困ったことに楽しくて。テルジオには内緒ですけどね。ヌーメリアも早く戻るといいですよ」


「ふふっ……私も早くネリアに会いたいです」


 ふわふわとした赤茶色の髪、ペリドットのような深みのある輝く黄緑の瞳、小柄で元気いっぱいにとび跳ねるような娘の顔がよぎり、ヌーメリアはほほえみを浮かべた。


 領主館に戻ったヌーメリアは、すぐにアレクの部屋へと向かう。


「アレク、ちょっといいかしら。あなたのために腕輪を作ったの」


「……僕に?」


 はじかれるようにアレクが顔をあげた。人に何かもらうのは初めてだ。彼の誕生日にはいつも父親がすごく不機嫌になり、母親はでかけてしまう。


「私が作った魔力を制御するための腕輪なの。これをはめれば魔道具も壊れないし、誰かがケガすることもない」


「ヌーメリアが作ったの?」


 アレクはますます目を丸くした。思わず伸ばしかけた手を、ハッと我に返ってギュッと握りしめる。


「でも僕……人に何かもらうと怒られるんだ。見つかったら壊されちゃうよ」


「だいじょうぶよ、さっきアレクのお母様にも見せたから。はめてみて……ほら、あなたの魔力が見えるでしょう?」


 腕輪にセットされた半透明の魔石のなかに、魔素の流れが虹色のゆらぎを形作る。


 自分の力をこんなふうに見るのは初めてで、アレクはそれを真剣に見つめ、そっと確かめるように魔石をなでた。


「きれいだね。これで魔道具を壊さないなら、お父様も僕を好きになるかな?」


 アレクの問いにヌーメリアは答えられなかった。かわりに口からこぼれたのは別の言葉だ


「それでね、もうすぐ夏祭りだから、アレクには私の助手をお願いしたいの。お願いできるかしら?」


「僕、何をすればいい?」


「夏祭りの準備よ」


 灰色の髪と瞳をした魔女はふわりとほほえみ、アレクの青い瞳が子どもらしいきらめきに輝いた。


 翌朝、アレクは肩かけの帆布製のカバンを持たされて、ヌーメリアといっしょに玄関に向かった。


 途中マライアとすれ違い、アレクは腕輪を取りあげられるのではとギクリとしたが、母はなにも言わなかった。ヌーメリアが彼女を呼び止める。


「そうだわ……言い忘れていたことがありました。屋根裏部屋に子どもを閉じこめるのはお勧めしません」


「お前の指図など受けないわよ」


「忠告ですわ。屋根裏にはリコリス家に伝わる危険な薬物が保管されています。北に面した窓のそばにある茶色のキャビネットには、きちんとカギをかけてください。恐ろしい猛毒が入っていますから」


「茶色のキャビネットですって?」


「ええ。子どもがうっかり持ちだしては大変ですもの」


「そうね……」


「では行ってまいります」


 町役場に寄り、魔道具が問題なく動くことを確認したあと、ヌーメリアはアレクを連れてリョークの店にいった。


「ヌーメリア様!お待ちしておりました!」


 昨日とはうってかわって店内は掃除され、床も掃き清めてあった。店主のリョークも髭をそり、髪もきっちりと束ねている。


 ヌーメリアはアレクのことを、きちんとリョークに紹介した。


「こんにちは、リョーク……こちらは私の助手のアレク・リコリス……今日はよろしくお願いしますね」


 一人前として扱われたアレクは、期待と緊張でギュッと手を握りしめた。


「工房はこちらです……よろしいですか?」


 うやうやしく案内された奥の工房もきちんと片づいており、ヌーメリアは笑みを浮かべた。


「ええ……満足よ……準備をありがとう。アレク、持ってきた肩かけ鞄を貸してくれる?」


 アレクは言われたとおり、ヌーメリアに渡す。鞄は軽くて、そんなに物が入っていないように思えた。


「ありがとう……これは師団長が貸してくれた、とってもだいじな鞄なの。手作りなのですって……見ていてね」


 ヌーメリアは鞄を開くと最初に錬金釜を取りだした。フラスコやビーカーといった実験器具に、何種類もの素材を取りだすと、鞄に入っていたとは思えない量に、アレクもリョークも目を丸くした。


 最後にヌーメリアが取りだしたのは、錬金術師団の白いローブだ。彼女はそれを着て魔法陣を展開する。


「まずはセレスタイト鉱石の精錬を……アレク、器に満たした水溶液に息を吹きこんで。吸わないようにしてね」


 アレクが息を吹きこみ、濁った水溶液から沈殿する炭酸ストロンチウムを回収した。


 硫酸バリウムの粉は、木炭とともに高温で加熱処理……硝酸と反応させて硝酸バリウムを生成する。見守っていたリョークが感心して声をあげた。


「ほおぉ、ヌーメリア様は魔道具の修理だけでなく、錬金術もなさるとは……」


「これなに?」


「なめちゃダメよ……〝毒〟だから。錬金術は危険でもある……助手ならちゃんと気をつけて」


 興味深げにガラスの容器をのぞきこんだアレクは、それを聞くとあわてて身を離した。


 毎日ヌーメリアはアレクとリョークの工房に通ったが、領主館でふたりを気にかける者はない。


 頼まれれば町役場だけでなく、商店街にあるいろんな店にでかけて、魔道具を修理していった。


 飲食店の店先に壊れっぱなしで放置されていた魔道具を直すと、さっそく店主が試運転する。


「助かったよ、かき氷は夏祭りで人気だからねぇ。さあどうぞ、赤いのはコランテトラ、白いのはミッラのシロップだ」


 できた氷を容器にいれ、甘く煮詰めた果汁などをかけて食べさせてもらう。初めて食べるアレクは喜んでかきこみ、キーンとした頭を押さえてうめいた。


 ヌーメリアがアレクを連れて歩くと、あちこちから声をかけられた。学校をよく休む彼は、みなには病気がちだと思われていた。


「目に見える場所のケガが治るまで、家からだしてもらえないんだ」


 アレクはヌーメリアに説明する。


「楽しみな行事のときは、わざと学校にいけないように殴られる。だからって内緒にすると、『黙っていた』と怒られるんだ。僕どうしたらいいんだろう」


「そう……」


 少年が打ち明ける内容に、ヌーメリアの心は痛んだ。彼女を見る青い瞳はどこかすがるようだ。


「ねえヌーメリア、ずっとここにいてよ」


「いいえ、アレク……私は王都に戻らなければならないわ」


 瞳が絶望に染まり、子どもらしい表情が顔から消える。うつむく少年に、ヌーメリアは思いきって告げた。


「だからアレク、あなたも王都にいらっしゃい」

セレスタイト鉱石は地球に実在します。

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