表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/560

68.錬金術師の弟子(ヌーメリア視点)

よろしくお願いします。

 裏通りは魔導バスの停留所のある通りから一本奥にはいり、飲食店がたちならんでいる通りだが、閉ざされたままの店も多かった。十一年前の帰郷の折は、まだ活気があったような気がする。


 めざす魔道具店は、すぐに分かった。店は開いていたが、棚にはホコリがつもり、箱の表書きは日にあせている。時が止まったような店だ。


「ごめんください……どなたかいらっしゃいます?」


「んだぁ……?客かぁ?こんな田舎のさびれた裏通りにゃ、似つかわしくないレディだなぁ……おい」


 おそるおそる声をかけると奥からひげもじゃの男、リョークが、左手で自分の頭を、右手で自分の脇腹をボリボリとかきながらでてきた。身なりにかまわない男性は、グレンやヴェリガンで見慣れているとはいえ、ヌーメリアは腰がひけそうになる。


 リョークの方もヌーメリアの姿を認めたとたん、目が驚きに見ひらかれた。


「あ、あんた……」


「突然ごめんなさい。魔道具の部品を分けてもらいたいの……町役場で魔道具の修理をしていて」


「あ、あぁ……部品なら、こっちだ……」


 よろめくように後ずさったリョークの腕が、無造作につまれた箱の山にぶつかる。箱がくずれ、部品がこぼれて床にちらばった。


「すまねぇ……おゆるしを!アメリア様!」


「リョークさん?私は……アメリアではありません」


 とまどうヌーメリアにかまわず、リョークは部品に埋もれたまま、床に頭をこすりつけた。


「おゆるしを……どうか……もうしわけありません!アメリア様!」


「……リョークさん?お願いがあるのですけど……すこし話を聞いてくれませんか?」





 リョークとの話を終えて町役場にもどったヌーメリアは、残っていた魔道具の修理をすませ、会議室を借りてひとつの魔道具を組みたてた。


 細い腕輪の形をした魔道具の動作を確認し、慎重に遮音障壁を展開するとエンツを王城に飛ばす。


「ユーリ、ヌーメリアです。力を貸してくれませんか?」


 遮音障壁の内側で息をひそめていると、返事はすぐに返ってきた。少年のような姿でも、声だけなら大人と変わらない。


「どうしました、ヌーメリア。僕の力が必要なんですか?」


「えぇ、あなたの力が必要です。私だけでは……」


 ヌーメリアが事情を説明するあいだ、ユーリは静かに耳を傾けていた。


「……わかりました、テルジオたちを向かわせます。夏祭りまでには合流できるでしょう」


「お願いします」


「こっちはネリアに、あちこちひっぱり回されていますよ……驚きの連続です」


 ひっぱり回されているわりには声には張りがある。ヌーメリアは小首をかしげた。


「楽しそう……ですね」


「そうなんです、困ったことに楽しくて。テルジオにはないしょですけどね。ヌーメリアも早く戻るといいですよ」


「ふふっ……私もはやくネリアに会いたいです」


 ふわふわとした赤茶色の髪、ペリドットのような深みのある黄緑をした輝く瞳、小柄で元気いっぱいな娘の顔がよぎり、ヌーメリアはほほえみを浮かべた。





「アレク、ちょっといいかしら。あなたのために腕輪を作ったの」


「……僕に?」


 はじかれるようにアレクが顔をあげた。人に何かをもらうのは初めてだ。彼の誕生日にはいつも父親がすごく不機嫌になり、母親はでかけてしまう。


「これは私が作った、魔力を制御するための腕輪。これをはめれば魔道具も壊れないし、だれかがケガすることもない」


「ヌーメリアが作ったの?」


 アレクはますます目を丸くした。思わず伸ばしかけた手を、ハッと我に返ってギュッと握りしめる。


「でも僕……人に何かもらうと怒られるんだ。見つかったら壊されちゃうよ」


「だいじょうぶよ、さっきアレクのお母様にも見せたから。はめてみて……中にアレクの魔力が流れているでしょう?」


 腕輪にセットされた半透明の魔石のなかに、魔素の流れが虹色のゆらぎを形作る。


 自分の力をこんなふうに見るのは初めてで、アレクはそれを真剣に見つめ、そっと確かめるように魔石をなでた。


「きれいだね。これでもう魔道具を壊さないですむなら、お父様も僕を好きになるかな?」


 アレクの問いにヌーメリアは答えられなかった。かわりに口からこぼれたのは別の言葉だ


「それでね、もうすぐ夏祭りだから、アレクには私の助手をお願いしたいの。お願いできるかしら?」


「僕、何をすればいい?」


「夏祭りの準備よ」


 アレクの青い瞳が子どもらしいきらめきに輝き、灰色の髪と瞳をした魔女はふわりとほほえんだ。





 翌朝、アレクはヌーメリアに肩かけの帆布製のカバンをもたされ、いっしょに玄関に向かった。


 途中マライアとすれちがい、アレクは腕輪を取り上げられるのでは……とぎくりとしたが、母はなにも言わなかった。ヌーメリアがマライアを呼び止める。


「そうだわ……言い忘れていたことがありました。屋根裏部屋に子どもを閉じこめるのはお勧めしません」


「お前の指図など受けないわよ」


「忠告ですわ。屋根裏にはリコリス家に伝わる危険な薬物が保管されています。北に面した窓のそばにある茶色のキャビネットには、きちんとカギをかけてください。恐ろしい猛毒が入っていますから」


「茶色のキャビネットですって?」


「ええ。子どもがうっかり持ちだしては大変ですもの」


「そうね……」


「では行ってまいります」


 町役場に寄り、魔道具が問題なく動いていることを確認したあと、ヌーメリアはアレクを連れてリョークの店にむかった。


「ヌーメリア様!お待ちしておりました!」


 昨日とはうってかわって店内は掃除され、床も掃き清めてあった。店主のリョークも、髭をそり髪もととのえ、きっちりと束ねている。ヌーメリアはアレクのことをきちんとリョークに紹介した。


「こんにちは、リョーク……こちらは私の助手のアレク・リコリス……今日はよろしくお願いしますね」


『一人前』として扱われたことに、期待と緊張でアレクはギュッと手を握りしめた。


「工房はこちらです……よろしいですか?」


 リョークにうやうやしく案内された奥の工房もきちんと片付いており、ヌーメリアは笑みを浮かべた。


「ええ……満足よ……準備をありがとう」


「アレク、あなたが持ってきた肩かけカバンを貸してくれる?」


 アレクは言われたとおり、そのカバンをヌーメリアに渡す。カバンは軽くて、中には物が入っていないように思えた。


「ありがとう……これはうちの師団長が貸してくれたとっても大事なカバンなの。手作りなのですって……見ていてね」


 ヌーメリアはカバンを開くと最初に錬金釜を取りだし、次に素材を、そしてさらにフラスコやビーカーなどの実験器具まで取りだす。布のカバンの中にはいっていたとは思えない量に、アレクもリョークも目をまるくした。


 最後にヌーメリアは錬金術師団の白いローブを取りだし、それを着て魔法陣を展開する。


「まずはセレスタイト鉱石の精錬を……アレク、器に満たした水溶液に息を吹きこんで。吸わないようにしてね」


 アレクが息を吹きこみ、濁った水溶液から沈殿する炭酸ストロンチウムを回収。


 硫酸バリウムの粉は、木炭とともに高温で加熱処理……硝酸と反応させて硝酸バリウムを生成する。見守っていたリョークが感心して声をあげた。


「ほおぉ、ヌーメリア様は魔道具の修理だけでなく、錬金術もなさるとは……」


「これ、何?」


「なめちゃダメよ……〝毒〟だから。錬金術は危険でもある……助手ならちゃんと気をつけて」


 興味深げにガラスの容器をのぞきこんでいたアレクは、それを聞きあわてて身を離した。





 領主館でふたりを気にかける者はなく、毎日ヌーメリアはアレクと工房に通い、頼まれれば町役場だけでなく、いろんな店で魔道具を修理した。


 いまふたりは飲食店の店先に、壊れっぱなしで放置されていた魔道具を直したところだ。


「助かったよ、かき氷は夏祭りで人気だからねぇ。さあどうぞ、赤いのはコランテトラ、白いのはミッラのシロップだ」


 できた氷を容器に入れ、甘く煮詰めた果汁などをかけて食べる。初めて食べるアレクは喜んでかきこみ、キーンとした頭を押さえてうめいた。


 アレクを連れて歩くと、あちこちから声をかけられた。学校をよく休む彼は、みなには病気がちだと思われていた。


「目に見える場所のケガが治るまで、家から出してもらえなくて。楽しみにしている行事のときは、わざと学校に行けないように殴られる。だからって内緒にすると、『黙っていた』と怒られるし、僕どうしたらいいんだろう」


「そう……」


 アレクが打ち解けて話してくれる内容に、ヌーメリアの心は痛んだ。彼女を見る少年の瞳はどこかすがるようだ。


「ねえヌーメリア、ずっとここにいてよ」


「いいえ、アレク……私は王都に戻らなければならないわ」


 青い瞳が絶望に染まり、子どもらしい表情が顔から消える。うつむく少年に、ヌーメリアは思いきって告げた。


「だからアレク、あなたも王都にいらっしゃい」

セレスタイト鉱石は地球に実在してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆MAGKAN様にてコミカライズ準備中!続報をお待ちください☆☆
WEBコミックMAGKAN

☆☆『7日目の希望』NovelJam2025参加作品。約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
9巻公式サイト
『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天

☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
シリーズ公式サイト

☆☆作詞チャレンジ(YouTubeで聴けます)☆☆
↓「旅立ち」↓
旅立ち
↓「走りだす心」↓
走りだす心
↓「ブルーベルの咲く森で」↓
ブルーベルの咲く森で

↓「恋心」↓
恋心

↓「Teardrop」↓
Teardrop
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ