表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/560

67.屋根裏部屋のアレク(ヌーメリア視点)

よろしくお願いします。

 屋根裏部屋でアレクは身じろぎもせず、じっと痛みに耐えていた。体を動かせば痛みがはしる。頬が腫れて口も閉じられないから、よだれも垂らすがままだ。


 うめいても泣いても、この家にアレクの事を気にかける者はいない。何をしても無駄だと分かっているから、アレクは何もしなかった。


 お腹がすいても喉がかわいても……アレクはじっと待つだけだ。


 痛みがひくのを、腫れがひくのを、お腹が空きすぎて空腹を感じなくなるのを、誰かが屋根裏部屋を開けてくれるのを、ただじっと待つ。


 そのとき、屋根裏部屋に異変が起こった。アレクが転がるすぐそばの床に、転移陣が展開すると同時に、部屋にあかりがともる。転移陣からあらわれたのは、前立てにフリルがついた白いブラウスに、紺のフレアスカートをはいた、灰色の髪と瞳の女性。アレクは痛みも忘れて、その人物をぼんやりと見上げた。


「誰……?」


「こんばんは……アレク、わたしはヌーメリア……さっき下で会ったわね……あなたのお母様の妹よ」


 ヌーメリアは遮音障壁を展開すると、アレクの顔をのぞきこんだ。手にしたポーションの瓶をあけ、アレクの口元にあてがう。


「さぁ……まずはこれを飲んで。痛みが楽になるわ……うちの師団長の力作よ」


 アレクはひと口、またひと口、それを飲む。


 ひとしずくで痛みをとり。


 ひと口で怪我を回復し。


 飲み干せば瀕死の重症でも立って歩きだす……と言われるポーション。


 さしだされたポーションを口にふくんだとたん、先ほどまで全身に感じていた痛みは消えた。アレクがこくりと飲みこむと、飲みこんだと思ったポーションは魔素の形になり、風のように体の中を駆け抜けていく。


 起きあがり自分の顔をさわってみるが、ヒリつくような痛みもなければ、腫れてもいなかった。


「痛くない……」


「良かった……サンドイッチを持ってきたのよ。すこし食べられるかしら?」


 ヌーメリアが差し出したそれをむさぼるように食べる。食べてしまわないと、なくなってしまうような気がした。がっついて、ぐっと喉がつまった所で水のボトルが差しだされ、アレクはそれを涙目になりながら飲んだ。ヌーメリアは落ち着くまで優しくその背中をなでる。


 アレクが落ち着くと、ヌーメリアは屋根裏部屋を見回す。


「この部屋は変わらないのね……私もよくここに閉じこめられたの。だから忍びこめたのだけど」


 たとえマライアが悪くても、いつだって閉じこめられるのはヌーメリアだった。ヌーメリアが最初に『毒』の知識を得たのはこの場所だ。幼いヌーメリアは、折檻で閉じこめられたこの屋根裏で、『毒』の資料を読みふけったものだ。


 リコリスの家は『薬草』の商いで発展した家だが、裏の顔として『毒』も管理していた。


 他に読むものがなかったというのもあるが、そのときはまだ家を出られるなんて思ってもいなかったから、資料を読むことで空想をふくらませていたというのもある。


 錬金術師は『運命』すらもねじまげる。


 もしもそんな力が私にあるのなら。


 自分のことなぞどうでもいい……私はこの子の運命を変えたい。


「アレク、私を信じてくれますか?私はあなたを助けたい……どうか……私を信じてくれますか?」


 ヌーメリアはアレクに向かって問いかけた。





 翌日、町役場を上品な紺のワンピースを着た灰色の髪と瞳を持つ女性がおとずれた。


「私はヌーメリア・リコリス。王都三師団で働く錬金術師です。私で何かお役に立てることはありませんか?」


 王都三師団の一員という身分は効いた。すぐに役場のすみに机を与えられ、不具合を起こした魔道具が積まれる。


「すみません、こんな事務所の片隅で。こんな小さな町では魔道具を修理する予算も、魔素を補充する魔石もなくて」


 案内した職員がすまなそうに動かなくなった魔道具を差しだす。


 薬草や毒を扱うほうが得意だけれど、学園時代は魔道具修理のバイトもしたし、研究棟ではウブルグ・ラビルの爆撃具作りを手伝わされたこともある。


「会議室を使われますか?」


「ここなら皆さんのご要望にすぐ応じられますし……ひとりきりも寂しいですから」


 ほほえむヌーメリアに若い職員が顔を赤くした。研究棟の地下にひきこもっていた頃なら、部屋を借りひとりで作業しただろう。いまは少しでも情報がほしかった。


 魔道具を机に置き魔法陣を展開すると、町役場で働く人々は息をのみ、魔素の明滅で彩られた術式をヌーメリアの指が操るさまを見つめる。


 ネリアのような多重展開はできずとも、魔素の流れを読みとるのは得意だ。


 不具合の原因は魔素不足が多く、魔素を流せばもとどおり動くようになった。


 術式がほころびかけていた書類庫の鍵は、鍵を開けようとすると引っかかる。ヌーメリアは鍵の先端に解錠の術式を新たに刻む。


「こちら試してください。スムーズに鍵が開けられると思います」


「ありがとうございます……すごい、かんたんに開きますよ!」


 鍵を受けとった職員が走っていき、書類庫の扉に鍵を差しこんで大騒ぎした。


 義兄のデレクはいちおう町長だが、役場にはほとんど顔をださないらしい。職員の何人かはグワバンの街から派遣されているという。


「ヌーメリアさん、すこし休憩してください」


「ありがとう。もうすぐ夏祭りですね、準備が大変なのでは?」


 ヌーメリアは礼をいってコーヒーカップを手にとる。


「街にでていった者たちも戻りますし盛大にやりたいですが、人も資金も足りません。夜店はでますが、たいした催しはできません」


「畑がだいぶ荒れていたわね……義兄のデレクはうまく運営しているのかしら?」


「税収は、年々減っております。領主様は今、ご自分の事業でいそがしく、町の運営までは手がまわらないようで」


 町政は彼らが回しているようなものだ。領主の存在価値などあるのだろうか。


 リコリス家の薬草園と裏の顔である〝毒薬〟は有名だ。けれど畑を荒れたままに放置する、デレクの事業は薬草とは無関係のようだ。


「表計算の魔道具は部品を交換しなければ……この町に魔道具店はありますか?」


「裏通りに一軒だけありますが……ヌーメリアさんのようなかたが行くにはちょっと」


「私のような?」


 たずねると歯切れのわるい返事がかえってきて、ヌーメリアは思わず胸元のペンダントに手をふれた。


『ドブネズミ!』


 ヌーメリアに石を投げた子どもたちの声がふいによみがえる。顔色をわるくした彼女に、職員は気づかずに説明する。


「そこの魔道具師は飲んだくれのじいさんで、何年もまともな仕事はしてないんです」


「そうですか……」


 ペンダントから手を離し、ヌーメリアは灰色の目をまたたく。そういえば町役場は年配の者たちばかりで、年若い職員はグワバンから派遣されている。


 彼らはヌーメリアが『ドブネズミ』と呼ばれたことなど知りもしないのだ。


(自意識過剰だったわね……)


 昔、彼女を「ドブネズミ」と呼んで石を投げた子たちは、もうとっくに町をでたのだろう。


「でも部品ぐらいは置いてあるかも。行ってみますね」


 ヌーメリアは優雅に立ちあがると町役場をでていった。彼女を見送った町役場の者たちは感嘆の吐息をもらした。


「はぁ……あの方、マライア様の妹さんですか。なんというか雰囲気がまったく違いますね」


 派手好きなマライアとはちがい、ひかえめなヌーメリアは職員たちにも好印象だった。


「物腰は優雅で上品だし、魔道具を扱う横顔は真剣で背筋もピシッと伸びてるし……」


「あんなかたが本当にいるんですねぇ……王城で働く錬金術師なんて、まさしく別世界の人間ですよ」

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
☆☆MAGKAN様にてコミカライズ準備中!続報をお待ちください☆☆
WEBコミックMAGKAN

☆☆『7日目の希望』NovelJam2025参加作品。約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
9巻公式サイト
『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天

☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
シリーズ公式サイト

☆☆作詞チャレンジ(YouTubeで聴けます)☆☆
↓「旅立ち」↓
旅立ち
↓「走りだす心」↓
走りだす心
↓「ブルーベルの咲く森で」↓
ブルーベルの咲く森で

↓「恋心」↓
恋心

↓「Teardrop」↓
Teardrop
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ