65.ヌーメリアの帰郷(以下しばらくヌーメリア視点)
――あきらめていた、自分の〝運命〟をねじまげろ。
――この手に〝人生〟を取りもどせ。
(でもそれはどうやって?)
ヌーメリアは王城の裏手にある研究棟から転移陣をでて、通用門に向かって歩きだしたとたん呼びかけられた。
「あらぁ、ヌーメリアひさしぶり。王城で働いているのに、ちっとも会わないんだもの!」
塔にむかう転移陣の手前で談笑していたのは、リズリサという穏やかな性格の魔術師で、ヌーメリアよりもひとつ上だ。
もうひとり、ふたりの子どもとベビーカーの赤ちゃんを連れた、カイラという気の強い魔術師もいる。
研究棟にひきこもっている〝毒の魔女〟を知っているのも当然で、彼女たちは魔術学園で一緒だった子たちだ。
心臓をギュッとわしづかみにされたように、ヌーメリアは顔をひきつらせて笑みをうかべた。
「おひさしぶり」
「錬金術師団にひきこもっているって、まだいたのね」
リズリサの横にいたカイラは、あからさまに機嫌が悪くなった。ベビーカーから赤ちゃんを抱きあげて冷ややかな声でいい、ヌーメリアの背筋がじくりとした。
リズリサがとりなすように明るい声をだした。
「産休中のカイラが赤ちゃんを見せにきてくれたの。半年前に生まれたばかりですって。かわいいわねぇ」
「マイクにそっくりでしょ?」
勝ち誇るような声に見ないわけにもいかず、ヌーメリアは彼女の腕をのぞきこむ。カイラは愛おしむように赤ん坊をなでた。
生まれて半年の赤ん坊が、マイクにそっくりかなんて、ヌーメリアにもわかるわけがない。
「かわいいわね……おめでとう」
「もう、毎日が戦場よ。忙しくってヘトヘト!」
けれどカイラの腰に抱きつく、八歳ぐらいの男の子はマイクの面影があり、ヌーメリアの胸もしくりと痛んだ。
学園を卒業してすぐに彼らは結婚したから、この子が一番上なのだろう。もうひとり四歳ぐらいの子も連れている。
「私……もう行かなきゃ。それじゃ」
ヌーメリアはうつむいて逃げるように、急ぎ足でその場を離れた。早く彼女たちの視線から、自分を隠してしまいたかった。
それなのに耳は無情にも、魔術師たちの会話を拾ってしまう。
「うっとおしいのよ、あのドブネズミ。ふたりの仲が壊れたのは私のせいじゃないのに。ああやって顔を合わせれば、未練がましくまだ傷ついてますって顔して」
イライラするカイラを、リズリサが穏やかになだめた。
「もう昔のことでしょ」
ドブネズミ。くすんだ濃い灰色の瞳と髪をもつヌーメリアは、十年前もカイラにそう呼ばれた。
『魔術師団に入って、マイクといっしょに働くのは私よ。ドブネズミのくせにつきまとわないで!』
――つきまとってなんかいないし、彼のことは関係ない。私だって魔術師団に入りたい。
そういい返す勇気はなかった。ヌーメリアは逃げるように錬金術師団の門をたたいた。
――こんな髪や瞳に生まれたのは私のせいじゃない。私はドブネズミなんかじゃない。
そういい返すだけの強さも勇気もなくて。すべてを譲り、すべてをあきらめた。
だれとも顔を合わさずにひっそりと隠れ、おとなしくしていてもなお責められる。理不尽さに湧きあがるはずの怒りは、なぜか自分自身へと向かう。
おまえがダメだから、すべてを失う。
おまえがダメだから、すべてを責められる。
なにもかもおまえのせいだ、このドブネズミが!
(……そう、なにもかも私のせい)
ヌーメリアを最初に『ドブネズミ』と呼んだのは、彼女の姉マライアだった。
実家はリコリスという小さな町の領主家で、貴重な薬草園を守っていた。〝魔力持ち〟などほとんど生まれたことがない田舎だ。
ヌーメリアは幼いころから自分の力に苦しんだ。
何もしていないのに感情がたかぶると、近くの魔道具が壊れたり、だれかがケガをしたりする。
まわりに彼女の力に理解がある大人もいなかった。
人々は便利な魔道具を使っても、魔術師や錬金術師という存在は、はるか遠い王都にいるおとぎ話の住人だった。
不思議がられるどころか不気味がられ、両親からも姉からもうとまれた。幼いころからヌーメリアは家の中で邪魔者だった。
七歳になり町にひとつしかない学校にあがっても、彼女の居場所などなかった。最初はそうでもなかったのに、みんなで遊んでいたら三つ上の姉がやってきた。
「ヌーメリアの髪と瞳って気味悪いでしょ。お母様も『まるでドブネズミみたい』っていつも言うわ」
姉は勝ち気でワガママな領主の娘で、小さな学校では女王様だった。なにも知らない子どもたちは、ヌーメリアも同じく領主の娘だということは忘れ去った。
姉の機嫌をとるためだけに、石を投げられて道で転ばされた。ケガして家に帰れば服を汚したと叱られる。
「ヌーメリアはダメねぇ。なにをさせても鈍くさいし、言葉もはっきりと話せない。それにくらべてマライアは、本当に領主家にふさわしい娘だこと!」
領主夫人がため息まじりに嘆き、ヌーメリアはますます縮こまった。いじわるな姉は両親にとっては、美しく利発で自慢の娘だった。
転機がおとずれたのは十二歳のとき。王都からローラ・ラーラという魔術師がやってきた。
彼女が持っていた魔力を判定する魔道具が、ヌーメリアにだけ反応したのだ。
「さすがは領主家です。魔力に恵まれたお嬢様で、ご両親も鼻が高いでしょう!」
魔術師はその魔力をほめたたえ、王都にある魔術学園への進学を勧めた。
両親は〝魔力持ち〟がどんな存在かピンとこなかったけれど、魔術学園に入学できるのは名誉なことだとは知っていた。
妹のことで珍しく誇らしげな両親の横で、マライアはだれからも見向きもされず、妹へ射殺すような視線を向けた。
その視線が恐ろしくて、ヌーメリアは魔術師に頼んで、逃げるように家をでた。
十六年前のヌーメリアは何日もかけて魔導バスを乗りつぎ、魔導列車で王都シャングリラにやってきた。
必死に勉強して奨学金をとり、シャングリラ魔術学園に入学すると、そのまま何年も帰らなかった。
ようやく帰郷したのは十一年前、リコリスの町近くにあるグワバンという大きな街まで、魔導列車の線路が開通してからだ。
職業体験で親しくなった、魔術師のマイクを両親に紹介し、交際を認めてもらおうとした。ところが彼とはその帰郷を機に、ギクシャクして別れてしまう。
しかも別れた彼は彼女の同級生だったカイラとつき合いだし、魔術師団に入団した彼女とすぐに結婚したのも、ヌーメリアにとって二重のショックだった。
友人や同僚たちから祝福される姿を、うらやましいと思うと同時に、やはり縁がなかったのだ……とヌーメリアはひとり納得した。
(私が幸せになれるなんて期待してはいけなかったのに)
悲しみの沼があるならそこにひたっていたい。このまま誰にも迷惑をかけずに、ひっそりと生きていたい。
(私が私のために悲しんで、何がいけないの?)
――そう思っていた。
しばらくヌーメリア視点で話が続きます。ネリアは出てきません。
失恋ってどれぐらい引きずるもんでしょうかね。
人によっては5年10年引きずるかも。









