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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
番外編 ヌーメリアの帰郷

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65.ヌーメリアの帰郷(以下しばらくヌーメリア視点)

時系列的には『第35話 師団長室でコーヒーを』のすぐ後になります。

ネリアはこの世界で『しがらみ』というものが全くないので、その部分をヌーメリアに引き受けてもらいました。

 ――あきらめていた、自分の〝運命〟をねじまげろ。


 ――この手に〝人生〟を取りもどせ。


(でもそれはどうやって?)


 ヌーメリアは王城の裏手にある研究棟から転移陣をでて、通用門に向かって歩きだしたとたん呼びかけられた。


「あら、ヌーメリアひさしぶり。王城で働いているのに、ちっとも会わないんだもの!」


 塔にむかう転移陣の手前で談笑していたのは、リズリサという穏やかな性格の魔術師で、ヌーメリアよりもひとつ上だ。


 もうひとり、ふたりの子どもとベビーカーの赤ちゃんを連れた、カイラという気の強い魔術師もいる。


 研究棟にひきこもっている〝毒の魔女〟を知っているのも当然で、彼女たちは魔術学園で一緒だった子たちだ。


 心臓をギュッとわしづかみにされたような気分で、ヌーメリアは顔をひきつらせたような笑みをうかべた。


「おひさしぶり」


「錬金術師団にひきこもっているって、まだいたのね」


 リズリサの横にいるカイラはあからさまに機嫌が悪くなった。ベビーカーから赤ちゃんを抱きあげ冷ややかな声でいい、ヌーメリアの背筋がじくりとした。


 リズリサがとりなすように明るい声をだした。


「カイラが赤ちゃんを見せにきてくれたの。半年前に生まれたばかりですって。かわいいわねぇ」


「マイクにそっくりでしょ?」


 勝ちほこるようなカイラの声に見ないわけにもいかず、ヌーメリアは彼女の腕をのぞきこむ。カイラは愛おしむように赤ん坊をなでた。


 生まれて半年の赤ん坊がマイクにそっくりかなんて、わかるわけがない。


「かわいいわね……おめでとう」


「もう、毎日が戦場よ。いそがしくってヘトヘト!」


 カイラの腰に抱きつく八歳ぐらいの男の子は、マイクの面影があってヌーメリアの胸がしくりと痛む。


 学園を卒業してすぐに結婚したというから、この子が一番上なのだろう。もうひとり四歳ぐらいの子も連れている。


「私……もう行かなきゃ。それじゃ」


 ヌーメリアはうつむいて逃げるように、急ぎ足でその場を離れた。早く彼女たちの視線から自分を隠してしまいたい。


 それなのに耳は無情にも会話を拾ってしまう。イライラするカイラをリズリサがなだめている。


「うっとおしいのよ、あのドブネズミ。ふたりの仲が壊れたのは私のせいじゃないのに。ああやって顔を合わせれば、未練がましくまだ傷ついてますって顔して」


「もう昔のことでしょ」


 ドブネズミ。くすんだ濃い灰色の瞳と髪をもつヌーメリアは、十年前もカイラにそう呼ばれた。


『魔術師団に入って、マイクといっしょに働くのは私よ。ドブネズミのくせにつきまとわないで!』


 ――つきまとってなんかいないし、彼のことは関係ない。私だって魔術師団に入りたい。


 そういい返す勇気はなかった。ヌーメリアは逃げるように錬金術師団の門をたたいた。


 ――こんな髪や瞳に生まれたのは私のせいじゃない。私はドブネズミなんかじゃない。


 そういい返すだけの強さも勇気もなくて。すべてゆずった。すべてあきらめた。


 だれとも顔を合わさずにひっそりと隠れ、おとなしくしていてもなお責められるのか。理不尽さに湧きあがるはずの怒りは自分に向かう。


 おまえがダメだから、すべてを失う。


 おまえがダメだから、すべてを責められる。


 なにもかもおまえのせいだ、このドブネズミが!


(そう、なにもかも私のせい)


 ヌーメリアを最初に『ドブネズミ』と呼んだのは彼女の姉マライアだった。


 彼女の実家はリコリスという小さな町の領主家で、貴重な薬草園を守っている。〝魔力持ち〟などほとんど生まれたことがない田舎だ。


 ヌーメリアは幼いころから自分のふしぎな力に苦しんだ。何もしていないのに感情がたかぶると、近くの魔道具が壊れたり、だれかが怪我をしたりする。まわりに彼女の力に理解がある大人もいなかった。


 ひとびとは魔道具を使っても、〝魔術師〟や〝錬金術師〟などは、はるか王都にいるおとぎ話の住人だった。


 不思議がられ、不気味がられ、両親からも姉からもうとまれ……幼いころからヌーメリアは家の中で邪魔者だった。


 七歳になり町にひとつしかない小さな学校にあがっても、ヌーメリアの居場所などなかった。最初はそうでもなかった。けれどみなで遊んでいると三つ上の姉がやってくる。


「ヌーメリアの髪と瞳って気味悪いでしょ。お母様もいつも言うわ。『まるでドブネズミみたい』って!」


 姉は勝ち気でワガママな領主の娘、小さな学校では女王様だった。何も知らない子どもたちから、ヌーメリアも同じく領主の娘だということは忘れ去られた。


 石を投げられて道で転ばされ、ケガして家に帰れば服を汚したと叱られる。


「ヌーメリアはダメねぇ。何をさせても鈍くさいし、言葉もはっきりと聞きとれやしない。それにくらべてマライアは本当にすごいわ。領主家にふさわしい娘だこと!」


 領主夫人がため息まじりに決めつけ、ヌーメリアは縮こまった。いじわるな姉は、両親にとっては美しく利発で自慢の娘だった。


 転機がおとずれたのは十二歳のとき、王都からローラ・ラーラという魔術師がやってきた。


 彼女は魔力を判定する魔道具を持っていて、それがヌーメリアにだけ反応したのだ。魔術師は彼女の魔力をほめたたえ、王都にある魔術学園への進学をすすめた。


「さすがは領主家です。魔力に恵まれたお嬢様で、ご両親も鼻が高いでしょう!」


 両親は〝魔力持ち〟がどんな存在かピンとこなかったが、魔術学園に入学できるのは名誉なことだ。


 妹のことで珍しく誇らしげにしている両親の横で、マライアはだれからも見向きもされなかった。


 姉は妹へ射殺すような視線を向け、その視線が恐ろしくて魔術師に頼み、ヌーメリアは逃げるように家をでた。


 十六年前のヌーメリアは何日もかけて、馬車や魔導バスを乗りつぎ、魔導列車で王都シャングリラにやってきた。


 必死に勉強して奨学金をとり、シャングリラ魔術学園に入学し、そのまま何年も帰らなかった。


 帰郷したのは十一年前、リコリスの町に近いグワバンという大きな街まで、魔導列車の線路が開通してからだ。


 職業体験で親しくなった魔術師のマイクを両親に紹介し、交際を認めてもらおうとした。ところが彼とはその帰郷を機にギクシャクして別れてしまう。


 しかも彼はすぐ彼女の同級生だったカイラとつき合い始め、魔術師団に入団した彼女と結婚したのも二重にショックだった。


 友人や同僚たちから祝福される姿を、うらやましいと思うと同時に、やはり縁がなかったのだ……とヌーメリアは納得した。


(私が幸せになれるなんて期待してはいけなかったのに)


 悲しみの沼があるならそこにひたっていたい。このまま誰にも迷惑をかけずに、ひっそりと生きていたい。


(私が私のために悲しんで、何がいけないの?)


 ――そう思っていた。

しばらくヌーメリア視点で話が続きます。ネリアは出て来ません。

失恋ってどれぐらい引きずるもんでしょうかね。

人によっては5年10年引きずる事もあるかと思います。

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