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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』
番外編 ヌーメリアの帰郷

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65.ヌーメリアの帰郷(以下しばらくヌーメリア視点)

時系列的には『第35話 師団長室でコーヒーを』のすぐ後です。73話までヌーメリアサイドの話です。

本編ではなく短編集①に収載されています。

挿絵(By みてみん)

 ――あきらめていた、自分の〝運命〟をねじまげろ。


 ――この手に〝人生〟を取りもどせ。


(でもそれはどうやって?)


 ヌーメリアは王城の裏手にある研究棟から転移陣をでて、通用門に向かって歩きだしたとたん呼びかけられた。


「あらぁ、ヌーメリアひさしぶり。王城で働いているのに、ちっとも会わないんだもの!」


 塔にむかう転移陣の手前で談笑していたのは、リズリサという穏やかな性格の魔術師で、ヌーメリアよりもひとつ上だ。


 もうひとり、ふたりの子どもとベビーカーの赤ちゃんを連れた、カイラという気の強い魔術師もいる。


 研究棟にひきこもっている〝毒の魔女〟を知っているのも当然で、彼女たちは魔術学園で一緒だった子たちだ。


 心臓をギュッとわしづかみにされたように、ヌーメリアは顔をひきつらせて笑みをうかべた。


「おひさしぶり」


「錬金術師団にひきこもっているって、まだいたのね」


 リズリサの横にいたカイラは、あからさまに機嫌が悪くなった。ベビーカーから赤ちゃんを抱きあげて冷ややかな声でいい、ヌーメリアの背筋がじくりとした。


 リズリサがとりなすように明るい声をだした。


「産休中のカイラが赤ちゃんを見せにきてくれたの。半年前に生まれたばかりですって。かわいいわねぇ」


「マイクにそっくりでしょ?」


 勝ち誇るような声に見ないわけにもいかず、ヌーメリアは彼女の腕をのぞきこむ。カイラは愛おしむように赤ん坊をなでた。


 生まれて半年の赤ん坊が、マイクにそっくりかなんて、ヌーメリアにもわかるわけがない。


「かわいいわね……おめでとう」


「もう、毎日が戦場よ。忙しくってヘトヘト!」


 けれどカイラの腰に抱きつく、八歳ぐらいの男の子はマイクの面影があり、ヌーメリアの胸もしくりと痛んだ。


 学園を卒業してすぐに彼らは結婚したから、この子が一番上なのだろう。もうひとり四歳ぐらいの子も連れている。


「私……もう行かなきゃ。それじゃ」


 ヌーメリアはうつむいて逃げるように、急ぎ足でその場を離れた。早く彼女たちの視線から、自分を隠してしまいたかった。


 それなのに耳は無情にも、魔術師たちの会話を拾ってしまう。


「うっとおしいのよ、あのドブネズミ。ふたりの仲が壊れたのは私のせいじゃないのに。ああやって顔を合わせれば、未練がましくまだ傷ついてますって顔して」


 イライラするカイラを、リズリサが穏やかになだめた。


「もう昔のことでしょ」


 ドブネズミ。くすんだ濃い灰色の瞳と髪をもつヌーメリアは、十年前もカイラにそう呼ばれた。


『魔術師団に入って、マイクといっしょに働くのは私よ。ドブネズミのくせにつきまとわないで!』


 ――つきまとってなんかいないし、彼のことは関係ない。私だって魔術師団に入りたい。


 そういい返す勇気はなかった。ヌーメリアは逃げるように錬金術師団の門をたたいた。


 ――こんな髪や瞳に生まれたのは私のせいじゃない。私はドブネズミなんかじゃない。


 そういい返すだけの強さも勇気もなくて。すべてを譲り、すべてをあきらめた。


 だれとも顔を合わさずにひっそりと隠れ、おとなしくしていてもなお責められる。理不尽さに湧きあがるはずの怒りは、なぜか自分自身へと向かう。


 おまえがダメだから、すべてを失う。


 おまえがダメだから、すべてを責められる。


 なにもかもおまえのせいだ、このドブネズミが!


(……そう、なにもかも私のせい)


 ヌーメリアを最初に『ドブネズミ』と呼んだのは、彼女の姉マライアだった。


 実家はリコリスという小さな町の領主家で、貴重な薬草園を守っていた。〝魔力持ち〟などほとんど生まれたことがない田舎だ。


 ヌーメリアは幼いころから自分の力に苦しんだ。


 何もしていないのに感情がたかぶると、近くの魔道具が壊れたり、だれかがケガをしたりする。


 まわりに彼女の力に理解がある大人もいなかった。


 人々は便利な魔道具を使っても、魔術師や錬金術師という存在は、はるか遠い王都にいるおとぎ話の住人だった。


 不思議がられるどころか不気味がられ、両親からも姉からもうとまれた。幼いころからヌーメリアは家の中で邪魔者だった。


 七歳になり町にひとつしかない学校にあがっても、彼女の居場所などなかった。最初はそうでもなかったのに、みんなで遊んでいたら三つ上の姉がやってきた。


「ヌーメリアの髪と瞳って気味悪いでしょ。お母様も『まるでドブネズミみたい』っていつも言うわ」


 姉は勝ち気でワガママな領主の娘で、小さな学校では女王様だった。なにも知らない子どもたちは、ヌーメリアも同じく領主の娘だということは忘れ去った。


 姉の機嫌をとるためだけに、石を投げられて道で転ばされた。ケガして家に帰れば服を汚したと叱られる。


「ヌーメリアはダメねぇ。なにをさせても鈍くさいし、言葉もはっきりと話せない。それにくらべてマライアは、本当に領主家にふさわしい娘だこと!」


 領主夫人がため息まじりに嘆き、ヌーメリアはますます縮こまった。いじわるな姉は両親にとっては、美しく利発で自慢の娘だった。


 転機がおとずれたのは十二歳のとき。王都からローラ・ラーラという魔術師がやってきた。


 彼女が持っていた魔力を判定する魔道具が、ヌーメリアにだけ反応したのだ。


「さすがは領主家です。魔力に恵まれたお嬢様で、ご両親も鼻が高いでしょう!」


 魔術師はその魔力をほめたたえ、王都にある魔術学園への進学を勧めた。


 両親は〝魔力持ち〟がどんな存在かピンとこなかったけれど、魔術学園に入学できるのは名誉なことだとは知っていた。


 妹のことで珍しく誇らしげな両親の横で、マライアはだれからも見向きもされず、妹へ射殺すような視線を向けた。


 その視線が恐ろしくて、ヌーメリアは魔術師に頼んで、逃げるように家をでた。


 十六年前のヌーメリアは何日もかけて魔導バスを乗りつぎ、魔導列車で王都シャングリラにやってきた。


 必死に勉強して奨学金をとり、シャングリラ魔術学園に入学すると、そのまま何年も帰らなかった。


 ようやく帰郷したのは十一年前、リコリスの町近くにあるグワバンという大きな街まで、魔導列車の線路が開通してからだ。


 職業体験で親しくなった、魔術師のマイクを両親に紹介し、交際を認めてもらおうとした。ところが彼とはその帰郷を機に、ギクシャクして別れてしまう。


 しかも別れた彼は彼女の同級生だったカイラとつき合いだし、魔術師団に入団した彼女とすぐに結婚したのも、ヌーメリアにとって二重のショックだった。


 友人や同僚たちから祝福される姿を、うらやましいと思うと同時に、やはり縁がなかったのだ……とヌーメリアはひとり納得した。


(私が幸せになれるなんて期待してはいけなかったのに)


 悲しみの沼があるならそこにひたっていたい。このまま誰にも迷惑をかけずに、ひっそりと生きていたい。


(私が私のために悲しんで、何がいけないの?)


 ――そう思っていた。

しばらくヌーメリア視点で話が続きます。ネリアは出てきません。

失恋ってどれぐらい引きずるもんでしょうかね。

人によっては5年10年引きずるかも。

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