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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』
番外編 彼女のいない世界

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64/568

64.if... (レオポルド視点)

もしも彼女が存在しなかったら、かなり殺伐とした世界になるのでは……と書きました。

本編のストーリーとは関係ありません。

読んでも読まなくてもどちらでもいいです。

 デーダス荒野に建つ、グレン・ディアレスの家にきたのははじめてだった。


 砂混じりの風が銀の髪を乱し、黒いローブに吹きつける。レオポルドは不快さに舌打ちをしたくなった。


 吹きっさらしの荒野に、ポツンとたたずむ一軒家は、わびしい趣のあばら家だ。


 粗末な木の柵に取りつけられた門扉や、風見鶏が揺れる屋根の色は、もとは青かったのだろう。


 今はすっかり塗料が剥げ落ち、くすんだ木の色に変わっている。放っておけば崩れ落ちそうだ。


 周囲を見て回っていた錬金術師、オドゥ・イグネルが家の影からひょいとでてきて、人のよさそうな笑みを浮かべると、レオポルドに手を振った。


「助かったよぉ、レオポルド。なにせ僕だけじゃ、師団長室の〝エヴェリグレテリエ〟の始末すら大変でさぁ」


「……きたくもなかったが、しかたない。さっさと後始末をして帰ろう」


「ライアスの手も借りたかったけど、婚約が決まったばかりじゃあねぇ。でもライザ嬢かぁ、僕だったら絶対逃げるけどねぇ」


「それについては同感だな」


「ま、ライアスみたいな気のいいヤツには、相手を罠にかけるぐらい底意地の悪い女が合うかもね」


「あのようすでは先が思いやられるな」


 竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンは、国防大臣の娘ライザ・デゲリゴラルと婚約した。


 父親の権威を借りたライザ嬢のゴリ押しは有名で、生真面目なライアスは、断りきれなかったのだろう。


 婚約後のライアスは竜騎士団の訓練にかかりっきりで、ライザ嬢とはろくに顔も合わせないらしい。


 レオポルドとオドゥはライアスと同期で、魔術学園の同級生でもある。ふたりは軽口をたたきながらドアの前に立ちった。


 グレンのことは息子であるレオポルドより、錬金術師団にいたオドゥのほうが詳しい。オドゥが慎重な手つきで家の封印を解いていく。


 師団長だったグレン・ディアレスの死で師団長室が封印され、錬金術師団の研究棟は機能不全に陥った。


 残された錬金術師たちは困り果てて、封印の解除に魔術師団や竜騎士団まで駆りだされたのだ。


 師団長室の守護精霊〝エヴェリグレテリエ〟を破壊し、ようやく師団長室や居住区を制圧すると、居住区の奥に異質な長距離転移陣が発見された。


「ここからデーダス荒野へ転移していたのか」


「この封印もやっかいだ。レオポルド、解ける?」


「時間がかかる。ドラゴンでデーダスに飛んだほうが早い」


 オドゥの質問にレオポルドが顔をしかめて答えると、カーター副団長が床に転がるオートマタに近寄る。


「その……〝エヴェリグレテリエ〟はどうなりましたかな?」


 オートマタを動かしていた精霊の魂は解き放たれ、どうなったかはレオポルドも知らない。もともと人間とは異質の存在だ。


「そこにあるのはただの残骸だ。どけ」


 のけぞった副団長すれすれに炎が飛び、かつて〝エヴェリグレテリエ〟だったものは燃えあがった。


「あ……あぁ……壊れた体でも、術式の解析ぐらいできたものを……」


「使いこなせなければ、かえって危険だ」


 残念がる副団長に後片づけを任せ、レオポルドはオドゥとともにデーダス荒野へとやってきたのだ。


 オドゥは封印を解くと、ヌーメリア・リコリスから教わった開錠の魔法陣を構築した。


「よっしゃ、開いた!……うわっと!」


 ドアを開けて一歩進もうとしたオドゥの腕を、レオポルドはガシッとつかみ後ろに引く。糸がさっき彼のいたあたりを狙って、飛んできてグルグルと塊を作る。


「気をつけろ、オドゥ」


「うっひゃぁ、防犯糸の仕掛けかぁ……めんどくさ」


「一時的だが術式をいじり、家の権限を書き換えよう。『侵入者』と認識されては探索もできん」


「りょーかい」


 レオポルドが器用に権限の術式を書き換えると、オドゥは足の踏み場もないぐらい散らかった部屋を、かきわけるようにして進んでいく。


「次の師団長は決定したのか?」


「さぁ?とりあえずカーター副団長がやって、何年かしたらユーティリスに引き継ぐんじゃない?」


「……副団長は器ではない。ユーティリスでは経験不足だ。なぜおまえがやらない」


「えぇ?めんどくさいじゃん。それに僕はグレンがいたから錬金術師団にはいったんだよ。彼が死んだらもう、どうでもいいや」


 ここ最近のグレンは鬼気迫るものがあった。


 呼びだしにもなかなか応じず、たまに王都へ姿を見せてもすぐにデーダスに戻ってしまう。


(こんな人里離れたデーダスの地で、ひとり没頭していた研究とはいったい……)


 レオポルドはイヤな予感しかしなかった。


「この散らかりよう……ろくな生活はしていまい。工房はどこだ?」


「工房は地下だよ、きっと。入り口は……あったあった!これじゃない?」


 書斎の床で魔法陣を見つけたオドゥは、眼鏡のブリッジに指をかけて軽く位置を調整し、それから書かれた術式を操作しはじめた。


 魔法陣が明滅すると、封印が解けて工房への転移陣が動かせるようになった。


「また転移陣か……」


「王都の居住区にあるほど、厳重な封印じゃなくて助かったねぇ」


 地下の工房はかなりの広さがあった。最近まで使われていた形跡があり、ふたりはなかを慎重に進む。


 雑然と積みあげられたビンや、むきだしの素材に、文献や書き散らしたメモが床まで散らばっている。


(あいつの執念を感じさせるようで気がめいる……)


「いい立地だね。デーダスの地表はただの荒野だけど、地下を流れるのは、サルカス山地に源を発する水脈で、ペリドットを含む地層も魔素が豊富だ」


「豊富な魔素を使い、グレン・ディアレスは何をしようとしていた」


 工房の奥には水槽がいくつも並び、液体が満たされている。そこに浮かぶモノを目にしたレオポルドは、思わず顔をしかめた。


「ホムンクルス……人造人間か、おぞましいものを」


 ヒトの形をしていないのに、ヒトだったことがわかるモノ。


 グロテスクな()()()()()()()()


「やっぱコレだったかぁ。グレン老の最後の研究は」


 オドゥの感想は彼と違うようで、深緑の瞳を輝かせて、ひとつひとつの水槽を熱心に調べていた。


 いちばん『完成品』に近いと思える水槽を、眼鏡のブリッジに手をかけて見上げる。


「グレン老にも成し遂げられなかったこと、僕が跡を継いで完成させてみたいけどねぇ……」


「やめておけ、人生を棒にふるぞ」


「不可能だと言われると、挑戦してみたくなるんだよ。錬金術師ってやつはさ」


「バカなことを……」


 レオポルドが眉をひそめても、興奮したオドゥはベラベラとしゃべり続けた。


「だって『生命』を創りだすんだよ!興奮するじゃない?もし本当にできたら僕はどうするだろうなぁ。世間に公表なんてせずに隠しておくかもな。大切に守り育てて、その子の視界にはいるのは僕だけにして……ロマンだよねぇ」


「くだらないな」


 レオポルドは一蹴して氷魔法を発動する。あっというまに水槽を凍らると、重力魔法で圧をかけて粉々に粉砕した。


 砕けた氷が光る砂のように崩れ落ち、彼らの足元にザラザラと広がる。


「ぁ……あ……もったいない。この培養液の組成だけでも調べたいのにぃ……」


 未練たっぷりなオドゥにはかまわず、レオポルドは厳しい表情で水槽を見上げた。


「すべてを破壊すると、決めていたはずだ。これがグレンの罪ならば、私はそれを始末する。工房はすべて破壊し、いっさいを無に帰す。わかったな!」


「はいはい……魔術師団長の仰せのままに」


 オドゥは肩をすくめると、あきらめて仕事に取りかかった。


 レオポルドはすべての術式を破壊したら、グレンの家を工房ごと焼失させ、跡形もなく消し去るつもりだ。


 グレン・ディアレス……名声や家族、何もかもすべてを失ってもなお、振り返りもせず生涯を研究にささげた……。


 それがどんな悲劇をもたらすか考えもせずに。


(私はあいつのような人生は歩まない、絶対に)


 そんな思いにとらわれていたとき、誰かに見つめられたような気がして、レオポルドは振りかえった。


 そこにはグレンの机があるだけで誰もいない。


 だが何かがキラリと光ったような気がして、彼は机へと近寄った。


 雑然と物が積まれた机に、一か所だけぽっかりと空間がある。


 そこにころりと置かれた二粒のペリドットを、レオポルドは手に取った。


 その深みのある黄緑色の光が、まるで彼を見つめるように煌めいていた。

if... なので登場するふたりは、本編の彼らとは何の関係もありません。

65~73話は短編集①に収載された、ヌーメリアの話です。

ややネガティブな内容なので、気になる方は読み飛ばしてください。

読まなくてもストーリーには影響しません。

74話から2巻部分がスタートします。

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
仮定はネリアさんが居ない、だけだからホムンクルスを研究してたのは確定かぁ。 魔法鉱石となったペリドットを繋ぎに使い、人工生命体に異世界日本人の魂を定着させたでファイナルアンサー、か…。 あれかなぁ…
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