64.if... (レオポルド視点)
もしも、この世界に『彼女』が存在しなかったら…と仮定した場合の話です。
かなり殺伐とした世界になるのでは…と思い、書きました。
実際のストーリーとは全く関係ありません。読んでも読まなくてもどちらでもいいです。
デーダス荒野のグレン・ディアレスの家にきたのは初めてだ。
吹きっさらしの荒野にポツンとたたずむあばら家は、わびしい趣の一軒家だ。門扉や屋根は元は青かったのだろうが、塗料は剥げ落ちくすんだ木の色をのぞかせている。放っておけば今にも崩れ落ちそうだ。
銀の髪や魔術師団の黒いローブに砂まじりの風が吹きつけて、レオポルドは舌打ちをしたくなった。
オドゥ・イグネルが家の影からひょい、と姿を見せる。
「助かったよぉ、レオポルド……なにせ僕だけじゃ師団長室の『エヴェリグレテリエ』の始末だけでも大変でさぁ」
「……来たくもなかったが仕方ない。さっさと後始末をして帰ろう」
「ライアスの手も借りたかったけど、婚約が決まったばかりじゃあねぇ……でもライザ嬢かぁ、僕だったら絶対にげるけどねぇ」
「それについては、同感だな」
「ま、ライアスみたいな気のいい男は、相手を罠にかけようとするぐらい、底意地の悪い女の方が合うのかもね」
ライアス・ゴールディホーンはデゲリゴラル国防大臣の娘、ライザ・デゲリゴラルと婚約した。
ライザ嬢の父親の権威を借りてのゴリ押しは有名で、ライアスは生真面目な奴だから、逃げきれなかったのだろう。
婚約後のライアスは竜騎士団の訓練にかかりっきりで、ライザ嬢と顔を合わせるどころか、家にすら帰ろうとしないらしい。あの様子では結婚後も先が思いやられる。
『錬金術師団長』グレン・ディアレスの死により、突然機能不全におちいった『研究棟』の後始末は、残された錬金術師達の手にはおえないものだった。師団長室の封印の解除に魔術師団や竜騎士団まで駆りだされたのだ。
師団長室の『エヴェリグレテリエ』はその身体を破壊することで、中に入っていた『精霊』の魂を解きはなった。中身の精霊がどうなったかは知らない、もともと人間とは異質の存在だ。
副団長のクオード・カーターは残念がっていたが、『エヴェリグレテリエ』を残していても、使いこなせなければかえって危険だ。
なんとか師団長室の封印をとき、後片づけはカーター副団長達にまかせて、レオポルドはオドゥとともにデーダス荒野までやってきたのだ。
オドゥが、慎重な手つきで家の封印をといていく。
「よっしゃ、開いた!……うわっと!」
ドアを開けて一歩進もうとしたオドゥの腕を、レオポルドががしっとつかみ後ろにひくと、オドゥのいたあたりを狙って糸が飛んできてぐるぐると塊を作った。
「気をつけろ、オドゥ」
「うっひゃぁ……『防犯糸』の仕掛けかぁ……めんどくさ」
「一時的だが、中の魔法陣の『権限』を書きかえよう。『侵入者』と認識されたままではやっかいだ」
「りょーかい」
ここ最近のグレンの様子は、鬼気せまるものだったという。王都への呼び出しにもなかなか応じず、たまに姿をあらわしても、すぐにデーダスに戻ってひとり研究に没頭していた。
こんな人里離れたデーダスの地で何の研究をしていたのか……いやな予感しかしない。
「次の『錬金術師団長』は決定したのか?」
「さぁ?とりあえずカーター副団長がやって、何年か経ったらユーティリスに引きつぐんじゃない?」
「……副団長は器ではないし、ユーティリスでは経験不足だ。なぜお前がやらない?」
「ん~僕は、グレン・ディアレスがいたから錬金術師団に入っただけだからさぁ、彼が死んじゃったら、正直『錬金術師団』なんてどうでもいいんだよねぇ」
オドゥは器用に権限の術式を書きかえながら、足の踏み場もないぐらい散らかった部屋をかきわけて進んでいく。
「散らかってるな……ろくな生活をしていなかったと見える。工房の入り口はどこだ?」
「工房はおそらく地下だからさぁ……あったあった!これじゃない?」
オドゥがグレンの書斎の床に残された魔法陣を見つけると、自分の眼鏡のブリッジに指をかけて調整したあと、手をのばし魔法陣の術式を操作しはじめた。
魔法陣が明滅し、工房の封印が解けていく。
封印が解けたあとには、地下へ降りる階段があらわれた。
デーダス荒野は表面上はただの荒野だが、地下にはサルカス山地に源を発する地下水脈がながれ、地脈からえられる魔素も豊富だ。
その豊富な魔素をつかって、グレン・ディアレスは何をしていたのか。
最近まで使われていた形跡がある工房を、慎重に進む。
雑然と積み上げられたビン詰やむき出しのままの素材。
床まで散らばる文献や書き散らしたメモ。
あいつの執念を感じさせるようで、気がめいる。
液体が満たされているもの、空っぽのもの、幾つもの水槽が並ぶ一角にきた。
グロテスクな素材のなれの果て。
「やっぱ、コレだったかぁ……グレン老の最後の研究は」
その光景に思わず顔をしかめた。
「ホムンクルス……人造人間……か、おぞましいものを」
オドゥの感想は違っているようで、ひとつひとつの水槽をたんねんに調べていく。
いちばん『完成品に近い』とおぼしき水槽を、眼鏡のブリッジに手をかけながら、思案するように見上げている。
「僕があとを継いで完成させてみたいけどねぇ……グレン老にもできなかったことが僕にできるかなぁ?」
「やめておけ、人生を棒にふるぞ」
「『不可能』だ……と言われると『可能』にしてみたくなっちゃうんだよ、錬金術師ってやつはさ」
「馬鹿な事を……」
オドゥは自分の思いつきに興奮したのか、レオポルドが眉をひそめるのもかまわず、ベラベラとしゃべり続けた。
「だってさぁ、『生命』を創りだすんだよ!興奮するじゃない?もし、本当に出来たらどうするだろうなぁ……世間になんて発表せずに、デーダスに隠しておくかもなぁ……その子の視界に入るのは僕だけにして、大切に守り育てたりして……浪漫だよねぇ」
「くだらないな」
レオポルドはオドゥの発言を一蹴すると、氷魔法であっという間に水槽を凍らせ、重力魔法で圧をかけ粉々に粉砕する。砕けた氷が光る砂のように崩れおち、足元にひろがった。
「ぁ……あ……もったいない。この培養液の組成だけでも調べたいのにぃ……」
「最初から『全てを破壊する』と決めていたはずだ。これがグレンの『罪』ならば……」
レオポルドは厳しい表情で水槽を見上げた。
「わたしは『それ』を始末する……工房の魔法陣をすべて破壊し、一切を無に帰す……わかったな!」
「はいはい……仰せのままに」
オドゥは肩をすくめると、あきらめて魔法陣の破壊に取りかかった。全ての術式の破壊を確認したら、工房ごと家を焼失させ、デーダス荒野からあとかたもなく消し去るつもりだ。
グレン・ディアレス……生涯を研究にささげた男……全てを失ってもなお、振り返りもせず自分の道を進んだ……。
それがどんな悲劇をもたらすか考えもせずに。
わたしはあいつのような人生は歩まない、絶対に。
そんな思いにとらわれていた時、誰かに見つめられたような気がして、レオポルドは振りかえった。
誰もいない。
だが、部屋のすみに何かがキラリと光ったような気がして、目をとめる。
近寄っていくと、雑然と物が積み上げられたグレンの机の上。
そこだけ物をどけたようにぽっかりと空間があいていて。
ころりと置かれた二粒のペリドット。
その深みのある黄緑色の光が、まるでこちらを見つめるように煌めいていた。
仮定の話なので、ここに出て来るレオポルドやオドゥ、ライアスは実際の彼らとは何の関係もありません。
次話以降もヌーメリアの話になるので、しばらくネリアは出て来ません。
ヌーメリアの性格上、ややネガティブになりますので、やだなあ…と思う方は読み飛ばしてください。
読まなくてもストーリーには影響しません。