6.旅立ち
「イルミエンツ……はじめて見た」
わたしは火を消したばかりの暖炉をぼんやりと見つめた。収納魔法を応用した手作りの収納鞄に、グレンの仮面と身の回り品を入れ、荷造りはもう済んでいた。
部屋を片づければあとは、家に封印を施すだけだ。暖炉でいらない紙を燃やしていたら突然、炎の色が変わった。
最初は燐光のような青、そして深くて濃い赤、最後は若葉のような鮮やかな緑に。
刻々と変化する炎の色に驚いて動けないでいると、低くてよく通る男性の声が聞こえた。
「ネリア・ネリス」
「錬金術師」
「グレンの後継者」
イルミエンツは複雑で高度な術式を正確に書き、さらにそれを動かす高い魔力がなければ使えない魔術だ。
しかも炎の力を借りるため、炎属性の魔力が必要になる。ただの連絡手段なら、もっと使い勝手のいい魔術がいくつもあり、今ではほとんど使われない。
「私は魔術師団長のレオポルド・アルバーン。グレン・ディアレスの逝去に伴い、ネリア・ネリスへ錬金術師団長への就任を要請する。至急王城へ出頭されたし」
魔術師団長レオポルド・アルバーン、どんな人だろう。いちどだけグレンにエルリカの街に連れて行かれたけど、彼以外の人間はよく知らない。魔術師がいるなんて、ここは本当に異世界なんだ。
(王都の魔術師かあ……すごいんだろうなぁ)
どちらにしろ王都には行くつもりだった。この世界への不安や期待もいっしょに連れて。炎が色を失いはじめ、わたしはあわてて早口で返事をした。
「承知した。三日後に王城にうかがう」
それから暖炉の火を消し、わたしは空を飛ぶとき風で邪魔にならないよう、伸びてきた髪をサイドで編みこみ軽く結ぶ。
動きやすい黒っぽいズボンに、こげ茶のショートブーツを履き、大きめの生成りのチェニックを、小柄な体に合わせてヒモで調節した。
身をかがめて収納鞄を肩にかけるとき、グレンがくれた首飾りが、胸元でシャラリと軽い音をたてた。
しんと静まり返った家は眠りについたようで、わたしは戸締まりをして外にでる。ペンキの剥げかけた扉に封印を施せば、ギシギシときしむ音もすっと消えた。
風は穏やかで、見上げれば雲ひとつない夜空にはふたつの月が浮かび、輝く無数の星がまたたいている。
(ライガで飛ぶのは問題なさそうね)
〝ライガ〟とは空を飛ぶための魔道具で、デーダス荒野でわたしを拾ったグレンが開発した。
けれど彼が作ったものは魔力消費が激しく、やたら大きくて重いし速度も遅くて、飛ぶというより浮かび漂うだけだった。
ただ飛ぶだけならドラゴンのほうが速いし、荷物もずっとたくさん運べる。餌代はかかっても魔力は使わず実用的だ。
そんなわけでライガはごくたまに、グレンがふよふよと家のまわりを飛ぶだけで、あとは倉庫にそのまま打ち捨てられていた。
いちどグレンが乗っているところを見たわたしは、その仕組みが知りたくて彼を質問攻めにした。重力魔法の術式は完成されていて、教えてくれるのは天才錬金術師だ。
『ネリア、お前に錬金術を教えてやろう……このデーダス荒野には何もないが退屈しのぎにはなるだろう』
『あのふよふよと飛ぶやつ……できるようになる?』
『ライガのことか……作ることはできるだろうが……』
『絶対作る。あれなら足痛くならないもん!』
決意したわたしに、グレンはあきれた顔をした。それでも本格的に術式を学びだすと、ちゃんと〝弟子〟として認めてくれた。
本を読む以外やることもなかったし、わたしは錬金術に夢中になった。
術式をひととおり学んだあとは、改良にも取り組んだ。だからわたしのライガはグレンが開発したものとは、まったく違う仕組みで空を飛ぶ。
まず筐体を軽くするために素材を工夫し、駆動系と外殻だけのシンプルな構造にした。
推進力をつけるために風魔法の術式を組みこみ、ハンドルをつけて操縦しやすくする。
そうして一年かけて作りあげた改良版は、ライガの原理を応用した、バイクのような見た目の乗りものになった。
気分をだすためにホウキ型も考えたけれど、浄化魔法があるこの世界には、ホウキで掃除をする文化がない。
降りたライガはどうしようと考えて、収納魔法を応用してコンパクトに折りたたみ、腕輪として身につけられるようにした。
盗まれたりしても困るし、違法駐車するぐらいなら持ち歩こう。日本人は小さくすることにかけては天才だからね!
つけたときの重さも、ふつうの腕輪と変わらないけれど、ライガの形に展開するとき、魔力がたくさんいる。これもふつうの人間ならともかく、わたしには問題ない。
デーダス荒野の家からいちばん近くにあるエルリカの街までライガで飛び、そこから魔導列車に乗るつもりだった。
師であったグレンが開発した、魔導列車に興味があったのだ。
エクグラシアの王都シャングリラを起点に、国内の主要都市を結ぶ魔導列車は、駆動系に複雑な魔法陣の術式を組みこんだ、いわば巨大な魔道具といってもいい。
魔石を動力源として利用し、魔術師のような〝魔力持ち〟でなくとも動かせる。
三十年ほど前にグレンが開発してから、線路網はエクグラシア全土に張りめぐらされた。
魔力に頼らず大量の荷物や人をいちどに効率よく運ぶ魔導列車の登場は、輸送を格段にスピードアップさせた。
そんな話を三年間聞いていたから、いつか外の世界に出るときは、魔導列車に乗りたかった。
(エルリカの街からサルカス発のウレグ駅経由で、シャングリラ行きに乗ろう。今なら最終便に間にあうはず)
魔導列車は北にある山脈のふもとにある、サルカスという都市を出発し、グレンの家があるデーダス荒野と接するエルリカの街を通り、ウレグという大きな駅を経由し、王都シャングリラへ向かう。
わたしの荷物は小さな布の肩掛け鞄ひとつ。それには収納魔法でたっぷり物がしまえるけれど、持ち物は白い仮面と身の回り品だけ。
(王都に着いたら、まずはレオポルド・アルバーンという魔術師に会って。錬金術師団長がどうとか言ってたけど、それよりグレンはどうして死んだんだろう)
彼の心臓はもうボロボロで、死期が近いと聞かされていた。けれど王都へむかう彼の双眸はギラギラとして、むしろ生気に満ちて力強かった。
『やるべきことがある。戻ったらデーダスでゆっくりすごし、次の〝竜王神事〟という行事にあわせ王都に連れていく』
あれはほんの数日前なのに。左腕につけた腕輪からライガを展開し、わたしは夜空に飛び立った。
エルリカの駅近くでいったん地上に降り、ライガを畳んで腕輪に収納し、そのまま切符を買って魔導列車に乗った。
魔導列車は寝台特急のようになっていて、食堂車も売店もある。わたしは居心地のよい自分の座席に納まると、列車の振動に揺られながらすぐに眠りについた。
そして二日目、わたしは初めての魔導列車の旅を楽しんでいた。わたしの向かいにはサルカスからの買い出しの帰りだという、王都に住む魔道具師メロディ・オブライエンが座っている。
(グレン以外で、ちゃんと話をする人間って初めてだなぁ)
最初は緊張したけれど、明るい栗色の髪に緑の瞳のメロディは、わたしより少し年上で人なつっこく、自分の荷物からごそごそとお菓子を取りだし、わたしに勧めてくる。
「ネリア、こっちも食べてみて?」
渡されたのは焼き菓子で、ふわりと香ばしく甘い香りが漂う。わたしはためらいなく、かぶりついた。
「んんっ!メロディさん、美味しいです!」
「でしょう?」
「甘さと酸味のバランスが絶妙で、爽やかな香りが鼻に抜けるのもいいですね!」
「うんうん!ミュリスはサルカスの名物なのよー」
魔導列車でたまたま出会った人から、知らない土地の名物をもらう……ライガでは味わえない旅の醍醐味だ。わたしはホクホクしながらミュリスを食べた。
(うわぁ、やっぱ魔導列車にして正解!めっちゃ当たりだったー!)









