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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』コミティア155東4【F34b】
第二章 錬金術師ネリア、師団長になる

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59.真夜中に笑顔の練習を

よろしくお願いします。

 研究棟の居住区に戻ったときは、すっかり夜も更けていた。


 わたしが猫になっていたあいだに、ソラがさっそく部屋を整えてくれたらしく、居住区ではヌーメリアとアレクが寛いでいた。


 いつもソラが「おかえりなさいませ」といってくれるけれど、「おかえり」と迎えてくれる人が増えたのがうれしい!わぁい!


「ごめんね、すぐに帰ってこなくて。塔にいってたの」


「だいじょうぶでしたか?」


 ヌーメリアが心配そうに聞く。


「カーター副団長が『パパロッチェンも効かないとは……』と、ショックを受けてましたよ」


「はは……体質かな」


 ふつうは飲んですぐに効果がでるらしく、一気に飲み干したことだけでなく、わたしがあの場で猫に変わらなかったことにも、副団長は驚いていたらしい。


 いや……効果はバッチリでたけどね……しかも元に戻るのにも、人の倍は時間がかかったし。でもそう思わせておいたほうがよさそう。


 ハッタリだけど『パパロッチェンに動じない女』……これでいこう。


 アレクは早々に寝てしまったので、わたしは軽めの夕食をすませると、ヌーメリアの話をゆっくり聞いた。彼女が実家で遭遇した、たくさんの……悲しくて切ない話に泣いて、理不尽な事情に怒って、思いがけない活躍に笑った。


 いろいろな感情があふれて、ヌーメリアもわたしも泣いちゃって酷い顔になったけれど、翌朝にはすっきりした顔に戻っている魔法を教えてもらった。


『メローネの秘法』というのは魔術学園で女子たちに伝わる口伝のひとつで、泣き虫だったヌーメリアには必須の魔法だったらしい。笑える。


 そしてなんと!彼女の実家近くには温泉が湧いていて、『お風呂』という概念を理解してもらえた!


「体を洗う場所というよりも、星の魔力を体に取りこむため、『聖地での沐浴』という感覚です」


「へえぇ。温泉。いつかいってみたいな」


 大地から湧きでる『星の魔力』が豊富だそうで、ひとびとは温泉に身を浸すらしい。湯治みたいなものかな……それでもいいなぁ。世界が広がるほど、行ってみたいところがどんどん増える。


 師団長室の『じゃくじぃ』はアレクにも好評で、面白がってなかなかでてこなかったらしい。


 それはきっと遊んでたな!タオルで泡を捕まえて、膨らませて潰すのとか楽しいよね!


 ヌーメリアは優しいお姉さんで、わたしは気の置けないおしゃべり相手に飢えていたみたい。彼女が戻ってきてくれて、本当によかった。これからの共同生活、うまくいきますように。


 そんな記念すべき共同生活の始まりだったんだけど……。


 その日は自分のベッドに入っても、なかなか寝つけなかった。考えてみれば昼間に、レオポルドの膝でもベッドでも、たっぷり昼寝をしてしまったのだ。うぅ、不覚……。


 わたしは何度か寝返りを打ったあと、諦めて靴を履いて中庭にでた。部屋のすみに控えていたソラも、わたしについてくる。


 ソラは何もなくても、いつもわたしが見える場所にいる。それが精霊にとってどんな意味があるのか、わたしにもわからないけど。


 中庭に生える大きなコランテトラという木の根元に、石でできたベンチがある。そこに座って脚を抱えると、ソラも少し離れたところで止まる。


 空を見上げれば、もうだいぶ月も傾いていた。


「今日は反省点がいっぱいだなぁ……」


 少しずつでもいいから、師団長として認めてもらえれば……そう思っていたけれど。


「いろいろと張り切りすぎちゃったかも……」


 ぜんぜん知らない世界、まったく通じない常識。デーダス荒野で三年かけて蓄えた知識なんて、ほんのちょっとしかない。ほんの少しのことで足元をすくわれる。自分の立場なんて、まだ薄氷の上にいるみたい。


(安全な師団長室か、デーダス荒野の家にこもっていたほうがいいのかな……)


 晩年のグレンは王都の錬金術師団には、あまり関わらなかったし、たぶんわたしがソラと師団長室で何もせず過ごしても、誰も何も言わないだろう。


 むしろ、おとなしくしていたほうが喜ばれるかも。


 けれど。


 わたしがやってみたいのだ。


 錬金術師として、いろいろやってみたい。


 せっかく王都にまできたのだ。見たことがない景色を見てみたい。


 連れてきてくれるはずだった、グレンはもういないけれど。


(グレンなら『やりたいようにやれ』と、いってくれるはず……)




 ―――ネリア……お前は、どんなときでも「生きたい」と願え―――



 目を閉じれば思いだすのはグレンの言葉。あれは、まだわたしが自由に体を動かせなかったころのこと。


「ネリア、おまえがこの世界に定着できるように、『星の魔力を繋げた」


(星の魔力?)


「そうじゃ、大きな力じゃぞ……ちょっとやそっとじゃ枯れはせん。ただ……」


 グレンは少しのあいだ、なんというべきか迷うように、しばらく口を閉ざしていた。


「いいかネリア、『がまん』をするな。やりたいことをがまんするのもいかんし、やりたくないことを無理にやろうとしてもダメだ。それはおまえの魂が持つ『生きようとする力』を損なう」


(ええ?『がまん』をしないって……それたいがいワガママじゃない?) 


「お前はどんなことがあろうとも、『生きたい』と願え。少しでも『死にたい』とか『ここにいたくない』と思えば……」



 ―――この星との繋がりはかんたんに切れる―――


 ―――だからネリア……おまえはどんなときでも「生きたい」と願え―――


 ―――この世界で生きていくために―――


「生きたい」


 わたしは声にだしてつぶやく。


(……うん、グレン爺……がんばるよ)


 閉じていた目を開いて顔をあげると、ソラと目が合った。水色の髪と瞳で冴え冴えとした姿は、清らかな天使のように美しいけれど、人ではない精霊の魂を持った人形。


(……少しでもわたしにとって、この世界が、『居心地のいい場所』になるように……)


「ソラ!おいで!」


「はい、ネリア様」


 呼びかけると、ソラが滑らかに近寄ってくる。


「ソラ、笑顔の練習しよう!」


「……笑顔……」


「笑顔には人を安心させる力があるからね!ソラにも身につけてほしいな」


 無表情なソラはまとう色彩からも、見る人によ氷のような冷たさを感じさせる。


「ん~ソラは何かおかしいとかないのかなぁ……両方の口角を少し持ちあげてね!わたしのまねをしてみて!」


「……こうですか?」


 ソラは口角だけ上げてみたものの、ぎこちない。


「そう、ずっとイイよ!グレンはちゃんとソラの表情筋も作っているから使わないと!わたしのまねしてね!」


 今、わたしは笑っているはずだ。何度かやっているうちに、ソラがだいぶ自然にほほえむようになった。


「……少し目を細めて、大頬骨筋を持ちあげるのがコツです」


 相変わらず淡々と言っていたけれど。


「うん、わたしと目が合ったら、そんな感じでほほえんで!朝起こすときもそれでお願い!」


「……かしこまりました」


 翌朝、「おはようございます」とほほえむソラに、自分の目が信じられないヌーメリアはぼうぜんとしていたし、アレクは「きれい……」と素直にみとれていた。

ソラはネリアが喜ばせるために微笑む。ただそれだけ。


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― 新着の感想 ―
幸せに生きているから、笑う。 のではなく。 笑うから、幸せに前を向ける。 その透明な笑顔に、いつか、幸福の色が宿ることも、有るかもしれない…。 しかし、星の繋がり、か。 これまた微妙に不穏な設…
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