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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第二章 錬金術師ネリア、師団長になる
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59.真夜中に笑顔の練習を

よろしくお願いします。

 師団長室の居住区に戻った時は、すっかり夜も更けていた。


 わたしが猫になっていた間に、ソラが部屋を整えてくれたらしく、居住区ではヌーメリアとアレクの二人が寛いでいた。


 ソラもいつも「おかえりなさいませ」と言ってくれるけれど、「おかえり」って言ってくれる人が居るっていい!わぁい!


 午後、不在にしていたわびを言うと、「大丈夫でしたか?」とヌーメリアから逆に心配される。


「カーター副団長が『パパロッチェンも効かないとは……』と、ショックを受けてましたよ」


 普通は飲んですぐに効果が出るものらしく、一気に飲み干したことにもヌーメリアは驚いたが、わたしがあの場で猫に変わらなかった事に、副団長は驚いていたらしい。


 いや……効果はバッチリ出たけどね……しかも元に戻るのに人の倍時間がかかったし。でもこれは、そう誤解させておいた方が良さそうだ。ハッタリであろうと、『パパロッチェンに動じない女』……これでいこう。


 アレクは早々に寝てしまったので、わたしは軽めの夕食をすませると、ヌーメリアの話をゆっくり聞いた。ヌーメリアのたくさんの話。悲しくて、切ない話に泣いて、理不尽な話に怒って、ヌーメリアの活躍に笑った。


 いろいろな感情が溢れだして、ヌーメリアもわたしも泣いちゃって酷い顔になったけれど、翌朝にはすっきりした顔に戻っている魔法を教えてもらった。『メローネの秘法』といって、泣き虫だったヌーメリアには必須の魔法だったらしい。笑える。


 そしてなんと!リコリスの実家の近くには温泉が湧く土地があって、『お風呂』という概念を理解してもらえた!


「体を洗う場所というよりは、星の魔力を体に取り込むための、『聖地』という感覚ですけどね」


 人々はそこに行き、温泉に身を浸すらしい。『大地』から湧きでる『星の魔力』が豊富なんだそうだ。湯治みたいなものなのかな……それでもいいなぁ、温泉。いつか行ってみたい。世界が広がる程、行ってみたい所がたくさんでてくる。


 師団長室の『じゃくじぃ』はアレクにも好評で、面白がってなかなかでてこなかったらしい。


 それはきっと遊んでたな!タオルで泡を捕まえて、膨らせて潰すのとか楽しいよね!


 ヌーメリアは優しいお姉さん、という感じ。わたしは気の置けないおしゃべり相手に飢えていたみたいだ。彼女が戻って来てくれて、本当に良かった。これからの共同生活、うまくいきますように。




 そんな記念すべき共同生活の始まりだったんだけど……。


 夜中、師団長室のベッドに入ってもなかなか寝つけない。考えてみれば、レオポルドの膝とベッドの上でたっぷり昼寝をしてしまったんだよ……うぅ、不覚……。


 わたしは何度か寝返りを打った後、諦めて靴を履くと中庭にでた。部屋の隅に控えていたソラも、わたしについてでて来る。


 ソラは何の用事もない時、いつもわたしが見える場所に居る。それが精霊にとってどんな意味があるのか分からないけれど、わたしが中庭のコランテトラの木の下のベンチに座って脚を抱えると、ソラも少し離れた所で止まる。


 空を見上げれば、もうだいぶ月も傾いていた。


「今日は反省点がいっぱいだなぁ……」


 少しずつでもいい、少しでも師団長として認めてもらいたい……そう思っていたけれど。


 いろいろと、張り切り過ぎてしまったかもしれない。全然知らない世界、全然知らない常識。グレンの所で三年かかって蓄えた知識なんて、ほんのちょっとしかない。少しの事で足元をすくわれる。自分の立場なんてまだ薄氷の上にいるようだ。


(安全な師団長室か、デーダス荒野の家にこもっていたほうがいいのかな……)


 晩年のグレンはあまり王都の錬金術師団には関わって居なかったから、たぶんソラと二人で師団長室で何もせず過ごしても、何も言われないだろう。


 むしろ、大人しくしていて欲しいと思われているかもしれない。


 けれど。


 わたしがやってみたいのだ。


『錬金術師』としていろいろやってみたい。


 せっかく王都にやって来た。


 まだ見たことがない景色を見てみたい。


 連れて来てくれるはずだったグレンはもう居ないけれど。


(グレンなら、やりたいようにやれ、と言ってくれるはず……)




 ―――ネリア……お前は、どんな時でも『生きたい』と願え―――



 目を閉じれば思いだすのはグレンの言葉。あれは、まだわたしが自由に体を動かせなかった頃のこと。


「ネリア、お前がこの世界に定着できるように、『()()()()』とお前を繋げた」


(星の魔力?)


「そうじゃ、大きな力じゃぞ……ちょっとやそっとじゃ、枯れはせん……ただ……」


 グレンは少しの間、なんと言うべきか迷う様に、しばらく口を閉ざした。


「いいかネリア、『我慢』をするな。やりたい事を我慢するのもいかんが……やりたくない事を我慢して無理にやろうとしても駄目だ。それはお前の魂の『生きようとする力』を損なう」


(ええ?『我慢』をしないって……それたいがいワガママじゃない?) 


「お前はどんな事があろうとも、『生きたい』と願え。少しでも『死にたい』とか、『この場所に居たくない』と思えば……」



 ―――この星とお前との『繋がり』は簡単に切れる―――


 ―――だからネリア……お前は、どんな時でも『生きたい』と願え―――


 ―――この世界で生きていくために―――





(……うん、グレン爺……がんばるよ)


 目を開いて顔を上げると、ソラと目が合った。水色の髪、水色の瞳、冴え冴えとした姿は清らかな天使のように美しいけれど、人ではない『精霊』の魂を持った人形。


(……少しでも、わたしにとって、この世界が、『居心地のいい場所』になるように……)


「ソラ!おいで!」


「はい、ネリア様」


 呼びかけると、ソラが滑らかに近寄ってくる。


「ソラ、『笑顔』の練習しよう!」


「……『笑顔』……」


「笑顔には人を安心させる『力』があるからね!ソラにも身につけて欲しいな」


 ソラは無表情で、まとう色彩からも、見る人によっては氷のような冷たさを感じるだろう。


「ん~ソラは何かおかしいとかないのかなぁ……少し両方の口角を上げてね!わたしの真似してみて!」


「……こう、ですか?」


 ソラは口角だけ上げてみたものの、ぎこちない。


「そう、ずっとイイよ!グレンはちゃんとソラの表情筋も作っているはずだからね!使わないと!わたしの真似してみてね!」


 今、わたしは笑っているはずだ。何度かやっているうちに、ソラがだいぶ自然に微笑むようになった。


「……少し目を細めて、大頬骨筋を持ち上げるようにするのがコツのようです……」


 相変わらず淡々と言っていたけれど。


「うん、わたしと目が合ったら、そんな感じで微笑んで!朝起こすときもそれでお願い!」


「……かしこまりました」



 翌朝、「おはようございます」と微笑むソラに、ヌーメリアは自分の目が信じられないといった感じで呆然としていたし、アレクは「きれい……」と素直にみとれていた。

ソラはネリアが喜んでくれるから微笑む。ただそれだけ。


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