57.レオポルドと白猫
『魔術師の杖 錬金術師ネリア、師団長になる』
表紙と挿絵担当のよろづ先生より、SNS用画像の掲載許可をいただきました。
よろづ先生、ありがとうございます!
わたしの前に置かれた白いカップの中身は、どろりとした青紫色の液体で異臭がしている。
みるとヌーメリアとカーター副団長のカップには、ふつうのお茶らしきものが注がれているではないか!青紫色ってわたしだけ⁉︎ヌーメリアもそれに気づいた。
「カーター副団長……もしかして師団長のカップの中身は……」
「ヌーメリア、知ってるの⁉︎」
「魔術学園の生徒たちには有名な薬草茶です……」
「まぁ、卒業生でない師団長はご存じなくてもしかたありませんなぁ」
にやにやにや。カーター副団長はこちらを観察するようにうかがいながら、意地の悪い笑みを浮かべている。
『ネリア・ネリスに嫌がらせをする百の方法』って本が書けるよ、カーターさん!
薬草茶というからには毒ではないはず。もし毒ならエキスパートのヌーメリアがなにかいうはず。それに状態異常を防ぐ防御魔法がわたしにはある。毒に限らず、たいていのものは無効化される。
そう。きっと問題は見ためと味と臭いだけだ!うわぁ……。
わたしは青紫色の液体を一気にあおった。その激烈な風味に息が詰まり、気を失いそうになる。涙目になりながら、どうにか吐かずに飲みこんだ。
飲み干して顔をあげれば、ヌーメリアはともかく……カーター副団長まで目を丸くしてびっくりしている。
「さぁ、カーター副団長!しなければならない手続きとか教えてください!」
「あ?ああ……まず人事部門にいき保護者の届けをだして、魔力持ちの子なら養育費補助の申請を……」
「それより師団長……今飲んだものは……」
「人事部門……いきましょう!補助の申請……やりましょう!」
ヌーメリアが何か言いかけたが、わたしは、カーター副団長と彼女を急き立てて人事部門に向かい、各種手続きをすませた。
カーター副団長は王都の教育事情や、魔術学園の入学準備についても教えてくれるという。ヌーメリアがそれを聞きたがったので、ふたりと別れたわたしは王城の中庭にでる。
というか、さっきのあれを飲んでから。
……吐きそう……。
おかしい。状態異常は無効化されるはずなのに。
それともただの食あたりなのかな。すごい味と臭いだったし。
結局、ヌーメリアがなにか言おうとしていたのに、あの薬草茶がなんなのか聞きそびれた。
吐いてしまったほうが、楽になるだろうか……そう思ったとき、向こうからやってくる黒いローブが見えて体から力が抜ける。
「おいっ」
パチッと目を開けると、レオポルドが美麗な顔の眉間にくっきりとシワを寄せて、わたしを見下ろしていた。あれ?わたし倒れたかな?
なぜかさっきまで感じていた吐き気が治まり、気分もすっきりしている。身を起こし、「だいじょうぶ」と答えようとして。わたしは鳴いた。
「みゃあ」
……みゃあ?
口元に手をやると、ツンツンしたヒゲが触る。
え?何?自分の手を見ると白い毛が生えていて、かわいらしい肉球が……肉球⁉︎そして自分のお尻には揺れる尻尾。
(猫ぉおお⁉︎)
わたしはどうやら、白猫になってしまったようだ。
「…………」
レオポルドは白猫になったわたしの体を、大きな手を脇に差しいれてひょいと持ちあげ、あきれたように秀麗な眉をひそめた。
「……お前はバカか?三重防壁はどうした?」
飲まされた青紫の液体は毒ではなかった。状態異常は……わたしがただ猫になっただけで、気分は爽快……むしろ今は絶好調!
というわけで、魔法陣の防壁はまったく作動しなかったようだ。わたしは力なくうなだれた。
「にゃあ……」
「……この臭いは……なるほどな」
レオポルドはなにかを察したらしい。わたしを抱えて、そのまま塔の魔術師団長室へ転移した。ひぃん、こんな格好でおじゃまします……。
「師団長?その猫どうしました?」
師団長室には副団長のメイナード・バルマともうひとり女性がいて、猫を抱えたレオポルドに目を丸くする。
「あら、かわらしい白猫!黄緑色の瞳が鮮やかね」
白猫のわたしを抱えたレオポルドは、不機嫌そうにふたりへ告げた。
「……私の猫だ」
「師団長の?」
バルマ副団長が信じられないようすで聞き返す。
「魔法使いが猫を飼ってなにが悪い」
「でもそれ、白猫……」
ふいっ。
レオポルドはそっぽを向くと、それ以上詮索させずに自分の机に向かう。それを見たふたりは、部屋のすみでコソコソと話しはじめた。
(マリス女史!見た⁉︎いまの見た⁉︎師団長が……照れたよぉ!)
(えぇ!バッチリですとも!貴重なシーン、いただきましたぁっ!)
二人はなにやら瞳を輝かせて話しこみ、やおらこちらに向き直った。
「でしたら猫ちゃんの食事は、師団長といっしょに運ばせましょうか?ミルクとか」
「子猫じゃなさそうだし、生き餌がいいんじゃ?ネズミとか小鳥とか」
(生き餌⁉︎無理!無理だから!)
いくら猫になっているとはいえ、人間の意識はあるのだ。ネズミや小鳥を生のまま、バリバリモシャモシャ食べられるわけがない。キャットフードでもイヤかも!
ひとりであせっていたら、黄昏色の瞳と目があう。軽くため息をつかれた。
「いや……餌はいい。私の食事をふだんより多めにしてくれ」
「師団長の食事をわけるんですか?」
「こいつは食いしんぼうでな」
(バレてる⁉︎)
レオポルドは自分の机に座ると、わたしを膝に載せたまま書類の束を手にとる。
(というか、膝の上⁉︎)
「動くな」
あわてるわたしの動きを封じるように、レオポルドの大きな左手が背中に載せられる。
「よけいなことはするなよ」
そういわれると、仕事のじゃまをしないように縮こまるしかない。それにバルマ副団長とマリス女史も、ここでいっしょに仕事をするらしい。
しかたなく、わたしはレオポルドの膝でじっと丸まる。室内ではしばらく、書類をめくる音と、紙を滑るペンの音だけが聞こえていた。
やがて、マリス女史が昼食を運んできてくれる。
「はい、大盛りにしてもらいましたよ!」
(いい匂い……)
気になって伸びをしたとたん、レオポルドの手にぐっと押さえつけられる。ぐぇ。
「おとなしくしてろ」
(してるもん!)
シャーッと牙をむいても、レオポルドの表情は変わらない。
(猫ってどうやって食べたらいいんだろう)
心配していたら、彼は器用に肉の塊を切りわけ、小さくしたものをわたしの口へ運んでくれる。
(おいしい!)
やわらかく口のなかでほぐれて、舌の上に肉のうまみが広がる。
「……気にいったか」
(うん!うん!もぅ最っ高!)
お肉を幸せな気持ちでモグモグしていると、小さく切ったひと切れが、また差しだされた。
「ほら」
「みぃ」
(やばい!変な声でた)
あわててぷにっとした肉球で口を押さえれば、レオポルドがふっと笑った。
(こいつ……愉しんでやがる!)
そりゃそうだよね!わたしだってムカつくヤツが目の前で猫になったら、猫じゃらしで釣って遊び倒して、マタタビ与えてメロメロになったところを笑ってやる!
こんなところでヤツにエサを与えられるとは!一生の不覚!
絶対こいつの手から餌をもらうもんか!と決意した次の瞬間、目の前に外はカリカリで、なかはホクホクの香ばしい揚げトテポが。
ぱくん。
……猫って難しいこと考えられないんだね……。モグモグモグ……しあわせぇ。
食事中のバルマ副団長とマリス女史の会話。
(マリス女史!見た!?いまの見た!?師団長が…笑ったよぉ!)
(えぇ!見ましたとも!二ヶ月ぶりぐらいですかねぇっ!)
⭐︎この世界では『揚げトテポ』が正解です。ポテトっぽい食べものです
異世界ということで猫やカラスも実は『猫っぽい何か』、『カラスっぽい何か』なのですが、イメージのしやすさを考えて『猫』、『カラス』という表記にしている……ネリアの脳内ではそういう風に翻訳されていると考えてください。









