566.国王とライアス
「それでどうだった、国境域の守りは」
ライアスはエクグラシア全域の地図を、アーネストにもよく見えるように広げた。
「南方のマウナカイア周辺海域は、人魚たちと友好関係を築けたことで安定しています。これは錬金術師団の働きが大きい。サルジアとの国境域はカロク山の火竜討伐でひとまず落ち着いています」
国王は緑で塗りつぶされた樹海を指さす。
「樹海が手薄だ。冬は植物たちも動きが鈍く、〝緑の魔女〟は王都に滞在している」
「そのことはレオポルドとも、タクラで相談しました。サルジアの野心が衰えていないならば、樹海を抜けるよう誘導し、消耗させるべきかと」
「わざと樹海に誘導するのか⁉」
「エクグラシアで重要な拠点は、港湾都市タクラとルルスの魔石鉱床、ミスリル鉱山のあるモリア山、そして契約の地である王都シャングリラです。ドラゴンの特性からいって、戦場にするなら人里離れたところがいい」
「それはそうだが」
深刻な顔になるアーネストに、ライアスは安心させるような笑顔を向けた。
「もちろん何事も起きなければ、それでいいですし、向こうがこちらの思惑どおり動くとは限りません。あと心配すべきはアルバーン公爵領の離反ですが、雪に閉ざされる冬場は彼らも動かないでしょう」
北方でモリア山を守るアルバーン公爵家は、独自国家といってもいいほど軍備を強化し、城も要塞のような造りをしている。
彼らとて、いつ独立宣言をしても不思議ではない。
「今まではレイメリアとレオポルドが、アルバーンの野望を抑えてくれていたようなものだからな。そのアルバーン公爵家だが……」
国王アーネストは言葉を区切り、茶をひと口飲むとライアスに打ち明けた。
「ライアス・ゴールディホーンを、一人娘サリナの婿にと指名してきた。王家が仲を取りもてとの依頼だ」
「え……」
ライアスは地図から目をあげ、困惑に眉をひそめる。
「それはサリナ嬢の意思ですか?学園卒業後に領地へ戻った彼女とは、ほとんど話をしたこともありませんが……」
「公爵がタクラでおまえに目をつけたらしい。完全なる政略結婚だ。俺としても王子たちには好きにさせているから、おまえにこんな話を持ちかけるのは不本意だが、べつに悪い話ではない」
胃のあたりを押さえたケルヒ補佐官も、顔色を悪くしたままライアスに説明する。
「公爵領を任せられる候補となると、かなり限られるのです。しかも公爵が『レオポルドを超える最高の婿を』と息巻いておられまして」
「それで俺に?」
「ゴリ押しするつもりはない。断ってくれてもいい。けれどまだ心に決めた相手がいないなら……」
「ええと……」
ライアスは何か言おうとして、金の髪をくしゃっと崩して苦笑いする。
「まいったな、こんなときに思いだすのが彼女のことだなんて……」
「彼女?」
やはり意中の相手がいるのかと思った、アーネストの考えを打ち消すように、ライアスは手を振って否定した。
「ネリアのことですよ。彼女は陛下に『息子の嫁に』と言われて、最初からキッパリ断ったでしょう。それでいて何のトラブルも起こさなかった」
「まぁ、そうだな」
ライアスは膝に置いた自分の手元を見つめて続ける。
「陛下が言われるとおり、もったいないほどのお話ですが、俺はあれこれ考えてしまって、ネリアみたいに即答できない」
北方のモリア山を擁するアルバーン公爵家、そこの令嬢と竜騎士団長の婚礼ならば国を挙げての慶事だし、誰かから反対されることもないだろう。
ライアスは他人事のようにぼんやりと考えた。それに断った場合の影響もある。公爵の機嫌を損ねたくなくて、国王もこうして話をしにきたのだ。
「即答されても困るが、気になることでもあるのか?」
「気になるというか……俺は公爵家にいたころのレオポルドを知っていますから。あのころのアイツは幸せそうには見えなかった」
「公爵家の伝統とか教育方針とかもあるからな……」
リメラ王妃は幼いレオポルドを心配していたし、アーネストも気にかけたつもりだったが、ちゃんと目が配れたかというとそうでもなく、大人になった彼とコミュニケーションをとるのは苦労した。
「レオポルドのかわりにというのであれば、俺は公爵を失望させるでしょう。それに帰ってこない男を待たせることになっても相手に失礼ですし」
どこまでも生真面目に答える誠実なライアスに、アーネストは教えた。
「知ってるか?ライアスおまえ……六番街の肖像画売り上げは、王太子を押さえて一番らしいぞ」
「え、そうですか?」
きょとんとしたあと、彼は照れくさそうに笑う。
「俺だけでなく、竜騎士たちの仕事ぶりへの評価や、竜王に対する信頼の表れでしょう。ありがたいですね」
にこっ。季節は冬だというのに、ライアスのさわやかな笑顔は太陽の光がこぼれるようで、アーネストたちはまぶしさに目を細めた。
(俺に娘がいたら、ぜったいライアスを推す!)
「まだ非公式の打診だ。結論は急がなくてもいいが、おそらく公爵はすでにおまえの身辺調査をさせているだろう」
「わかりました。両親やオーランドにも注意するよう伝えます」
公爵家なら外堀から埋めるぐらいするだろう。ライアス自身はともかく、家族にまで影響が及ぶのは避けたかった。
「もしも本命がいるなら、俺だって応援するぞ。本当に誰もいないのか?」
国王が確かめると、ライアスはあっさりと首を横に振る。
「難しいですね。一時期ネリアに虫よけというか、盾になってもらったことがあるんです。〝ネリィ〟という架空の女性として。でも現実にするとなると、俺の手には負えませんでした」
「そうか」
アーネストの目にもネリアが王城にやってきた当初は、レオポルドよりライアスのほうが、彼女に心を砕いていたように見えた。ふとした問いが国王の口をついてでる。
「おまえが恋をしたのは、本当に架空の女性だったのか?」
澄んだ蒼玉の瞳を持つ竜騎士団長は、その問いに首をかしげてまばたきをした。彼は穏やかにほほえむと遠くを見つめた。
「……どうでしょうね。それに俺はレオポルドの気性をよく知っていますから。俺は彼女が気に入っているし、アイツには幸せになってもらいたい。それが彼女を幸せにすると思っていますよ」









