563.呪術師たちとオドゥ
ひんやりとした薄暗い工房に、オドゥの足音はコツコツと響く。歩きかたが違うのか、呪術師たちはヒタヒタとそのあとをついてきた。
「暗いな」
「日の光を採りいれることもできます」
「そうしよう。まずは風をいれてくれ」
「かしこまりました」
ギドゥが一礼して、呪術師たちに指示をだす。
「窓を開け放て。それからマグナゼ様は工房に近づかせぬように」
「やつの心配?」
「……騒がれてはご迷惑かと」
オドゥを気づかったのか、マグナゼの体調を心配したのか、ギドゥの表情からは何ひとつうかがえなかった。
パタンパタンと乾いた音をさせ、呪術師たちがひとつひとつ、窓をふさいでいた覆いを外していく。明るくなった工房を、オドゥはあらためて見回した。
(似てる……グレンの工房に)
魔道具が整然と並び、その配置はどこかデーダスの工房を思いださせた。荒野の一軒家でオドゥは、どれだけあの老錬金術師と語り合ったろう。
婚約破棄で失意の底にあった彼の気持ちを、奮い立たせるように工房を建設し、〝死者の蘇生〟の研究に手を貸したのはグレンだった。
エクグラシア最高の錬金術師……問いを投げかければかならず答えが返ってきて、思いついた術式を見せれば、うなずきつつ改良点を提案される。たがいの話は〝死者の蘇生〟についてで、ほかに何の話もしなかった。
オドゥはグレンにだけ、夢や希望を語ることができた。家族と集まり、笑ってすごした日々を取り戻す。そんな望みを聞かされれば、だれもが気の毒そうに口を閉ざすのに。年老いた錬金術師だけは笑わなかった。
命の深淵をのぞきこみ、〝死者の蘇生〟をこの手で行う。身に潜む狂気すらも肯定されるようで、息をするのが楽だった。グレンから錬金術を学ぶ日々は刺激的で目まぐるしく、いつも新鮮な驚きに満ちていた。
(皮肉なものだな。家族とすごした時間が温かな思い出となり、いま僕が恋しいと思うのは、グレンやネリアといた日々だなんて……)
オドゥの中で輝いていた日々は、彼らとすごした時間の中にあったと突きつけてくる。
「これは呪術でどういう役割をするんだ?」
凝った魔法陣を眺めて、オドゥは呪術師に質問すると、よどみなく答えが返ってきた。
「呪術には気の流れや方角が重要なのです。術を使うべきとき、使ってはいけないときがありまして……まずは術を行う時と場所を占います」
「ふうん?」
『だれがやっても同じ結果になる。それが化学実験……まぁ、錬金術の基礎みたいなものね!』
ネリアの声がまた頭に響いた。オドゥは眼鏡のブリッジを指で押さえ、ギドゥに質問を続ける。
「術を行使する場は決まっているのか……エクグラシアとは違うんだな。きみら呪術師の階級はどうやって決まるんだ?」
「魔力もですが、使える術の種類にもよります。ひとりひとりが配下の呪術師を束ねていて、末端までふくめると数千人に及びます」
街中に暮らす末端の呪術師たちは、まじないやよろづ相談といった仕事をする。それらの呪術師を束ねる者がおり、それが何人か集まるとまたその上に、位の高い呪術師が置かれる。筆頭呪術師であったマグナゼは、そうした呪術師たちの頂点にいたという。
「そのほうが民の声を、皇帝陛下のもとに届けやすいからと、考えられた仕組みでございます」
「へぇ、その民の声とやらは、とうぜんきみたちも聞いているわけだ」
「はい。陛下のお心を煩わせるようなことは、何もございません。すべて私どもで対処いたします」
シュライのもとには、『何の問題もない』という報告だけがあがるのだろう。
(だからあの皇帝はのんびり、茶を飲んでいられるわけか……)
置かれた魔道具はどれも年代物だが、よく手入れがされていた。精巧な隠し魔法陣が仕掛けられたものは、分解してみたい衝動にもかられる。
「オドゥ様にも心置きなく、研究に勤しんでいただければと思っております」
「ありがたいね」
『野心』……そんなものをオドゥは持ったことがない。望んでいたのは家族と笑いあう日常、ただ平穏な幸せだ。けれどそれを手にいれるためには、ネリアが必要で、そのために力が必要なのだとしたら……。
(何があっても望みをかなえてみせると……そのために錬金術を学ぶと誓ったはずだ!)
幼い自分がオドゥの中で叫ぶ。まだ足りない。知識も素材も何もかも。けれどだいぶ近づいた。
オドゥが〝死霊使い〟の技を使えたから、〝ネリア〟を……この世界に親和性の高い器を、異界から引き寄せることができた。けれどそれを助けたのはグレンで、彼がいなければ召喚は成功せず、オドゥも命を落としていただろう。
(僕がもっと完璧な〝死霊使い〟であれば、完全な術が使えたのだろうか)
ひとつひとつ置かれた計器や魔道具類をチェックし、その働きを頭に刻んでいく。メモすら取らずに全部を見終わると、オドゥは大きく息を吐いた。
「いかがですか。こちらに素材の目録も用意してございます」
「見せてもらうよ」
これまたひとつひとつ、指でなぞって追う。途中まで読んでオドゥの頭はそれ以上、内容を追うことをやめてしまった。
必要な素材は呪術師か傀儡に言えば、研究棟にいたソラのように用意してくれるだろう。
立ち上がって伸びをしたオドゥの一挙手一投足を、呪術師たちが見守っている。
「あの……」
とまどうように声をかけてき呪術師に、オドゥはそっけなく返事をした。
「休憩。そろそろ腹も減ったし」
「食事を運ばせますか?」
「ああ」
工房の隅には食事ができる部屋も用意されていた。傀儡たちが動き回り、呪術師たちは控えて並ぶ。オドゥはため息をついた。いくつもの視線にさらされて思いだすのは、かつて級友だった者たちのことだ。
(あいつら平然と儀式をこなしてたけど、どういう神経してんだ?)
金の竜騎士と銀の魔術師、エクグラシアの双璧とたたえられるふたりは、師団長として揺らぐことはなかった。周囲に彼らを支える存在があったとはいえ、堂々として落ち着き払っているように見えた。
『日の当たる場所に行け』
父が言う場所とは、あのように数多の視線を集めるところだろうか……輝くふたりを眺めながら、そんなふうにぼんやり考えたことがあった。
『言ってください、オドゥ。何がほしいのか……何ならあなたを満足させられるんですか!』
タクラでオドゥの腕をつかんだ、赤髪の青年に応じれば、彼らと同じくまばゆい地位が手に入ったろうか。
傀儡が運んできた食事の皿を、オドゥの前に置いた。フタをとれば魚の蒸し料理らしい。料理を見つめるオドゥに、呪術師のひとりがおずおずと話しかける。
「あの……」
「なに?」
「毒見はどの者に任せますか?」
その言葉にまばたきをして、オドゥは居並ぶ赤いローブの集団を見回した。だれもが息を詰めるようにして、彼の答えを待っている。そう……彼の毒見役をだれがやるか、呪術師たちはそれが気になってしょうがないのだ。
「クッ、クククク……あははは!」
最初は肩を震わせ、しまいにオドゥは声をあげて笑いだした。
「あの……ど、毒見は傀儡にはできませぬので……」
「失敬。ここがサルジアってことを忘れてたよ」
顔を真っ赤にして、しどろもどろに答える呪術師を手で制し、オドゥは笑いすぎてあふれた目尻の涙をぬぐう。
皿に向かって解毒の魔法陣を展開すると、オドゥは穏やかにほほえんで箸を持ちあげた。
「毒見は不要だ。きみたちも食事にしてくれ」
呪術師たちは動揺したように顔を見合わせ、オドゥに頭を下げると散っていった。









