56.ヌーメリアの帰還
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ウブルグとヴェリガンを連れて『研究棟』に戻ると、ユーリが工房のドアから顔をだした。
「ネリア!ヌーメリアが帰ってきましたよ!早く師団長室に!」
わたしが慌ててウブルグ達と師団長室に駆け込むと、ヌーメリアと……男の子が居た。
「師団長……ただいま戻りました」
わたしの顔を見た途端、ヌーメリアが柔らかな微笑みを浮かべる。
「お帰り!ヌーメリア!戻って来てくれて嬉しいよ!……ソラ!皆の分のコーヒーを!この子の分は……サウラのジュースでいいかな?あとメルプのタルトを人数分お願い!」
「かしこまりました」
わたし達ははじめて師団長室の資料庫を開けた時のように、師団長室の一番大きな机を囲むように皆で座る。
「この子は?」
わたしがヌーメリアの隣にいる青い髪と瞳をした男の子に目をやると、ヌーメリアはその子に優しい視線を向けた。
「甥のアレク・リコリスです、アレク……ご挨拶して?」
「こんにちは……」
『アレク』と呼ばれた少年は、緊張した面持で小さく挨拶をすると、ぎゅっと唇をひき結んだ。
(あ、わたし、仮面つけっぱなし)
わたしがグレンの仮面を慌てて外すと、アレクの目が見開かれた。さらに、ソラがメルプのタルトやコーヒーサーバーやカップを載せたカートを運んでくると、ポカーンと口まで開きっぱなしになった。
「きれい……」
そのままアレクは食い入るようにソラを見つめている。ソラは気にすることもなく、淡々と皆にコーヒーやタルトを配り終えると、そのまま壁際に控えた。
「ほぉお……ヌーメリア、ちょっと見ない間にずいぶんと雰囲気が変わったのぅ……」
「ヴェリガンもウブルグも戻って来たんですね……ふたりとも健康的になりましたね……ふふっ」
ヴェリガンがつっかえつっかえ言葉を紡ぐ。
「ヌーメリア……ごめ……グリンデルフィアレンで……君……閉じ込めた」
「ほんとですよ……あれは怖かったです……でもおかげでいろいろと勇気が湧きましたけどね」
くすくすとヌーメリアが笑い、ヴェリガンが顔を赤くした。
でも、本当にヌーメリアの雰囲気が全然違う。オドオドと周りの視線に怯えて、自分の存在さえ消してしまいたいように縮こまっていたのに。
ヌーメリアはコーヒーを一口飲むと、「美味しい……」と眉尻を下げた。
「実は……アレクの両親……私の姉夫婦なのですが、今は養育が難しくて……私が引き取ることになりました。休暇から戻ったばかりで申し訳ないのですが、まずはアレクと暮らす家を探さなければなりません。それにこちらでの生活に慣れるまで側にいてやりたくて……すぐの復帰は難しいかと」
「それって、いつまで?」
「それが……この子は『魔力持ち』なんです。けれど、私の実家の方では『魔力持ち』に対する理解が乏しくて、今までろくな教育を受けていません……なので魔術学園に入学できる十二歳になるまでは、つきっきりで面倒をみたいんです」
アレクは十歳だという……そうするとあと二年。こちらの世界の教育事情なんて分からないけれど、『お受験』みたいなものがあるとしたら、何の準備もなしにエリート養成所みたいな『魔術学園』に入学するのは大変なのだろう。準備期間が二年じゃ足りないのかもしれない。
「『魔力持ち』は皆『魔術学園』に入学しないといけないものなの?」
「それは……学園の卒業生ではないネリアに言う事ではないかもしれませんが、十二~十六歳の頃が一番『魔力』が伸びる時期なんです。その時期に『魔力』の扱い方……特に制御の仕方を学ばないと、『魔力持ち』にとってはかえってつらい事になると思います」
まぁ……わたしが十二~十六歳の頃は、こっちの世界に居なかったしね……。錬金術師に限らず、魔道具師や魔術師、竜騎士だって『魔術学園』の卒業生だ。わたしは異例中の異例なんだろうな。
「アレクの将来のためにも『魔術学園』で学ばせてあげたいんです」
ヌーメリアは常にアレクを見て、アレクと目が合うと、安心させるように微笑んでいる。
ああ、ヌーメリアはこの子を守っているんだ。
守る対象を見つけたから。
ヌーメリアはしっかりと真っすぐに、こちらを見返すようになったんだ。
「あ」
わたしは、ひとつの思いつきを口にだす。
「ヌーメリア、『魔術学園』に入学できるまで二年間、ここで暮らして仕事をしながらアレクの面倒を見たらどう?外にでなきゃいけない時は、ソラが居てくれるし安心だよ?仕事をしながらになっちゃうから、ヌーメリアは大変だけど……」
「えっ?ここで……って『研究棟』でですか?」
「そう。師団長室の『居住区』に、グレンがわたしの部屋にするつもりで整えていた部屋があるの。クローゼット用の小部屋がついているから、そこにアレクのベッドを入れたらいいんじゃないかな?広さは十分あると思う」
「師団長の『居住区』⁉︎でも中庭から向こうは師団長以外立ち入り禁止じゃ……」
「ソラ、いいかな?」
「……ネリア様のお望みのままに」
「じゃあ、今言った通りにヌーメリアとアレクの部屋を整えて。ただ、住むのは女性と子どもだから、他の人の立ち入り制限は今まで通り変えないで」
「手配致します」
「それは……『錬金術師団』の仕事を続けられるか……と思っていたので、正直助かりますが……」
ヌーメリアは戸惑っている。いいアイディアだと思うんだけど……こっちの世界の子育て事情ってどうなってるのかな?誰かに聞きたいけど……誰に聞けばいいの?
「そういえば錬金術師団に子育て経験者って誰か居ないの?」
ユーリが答えてくれた。
「居ますよ、クオード・カーターに確か娘さんが居ました」
クオード・カーター⁉︎
ええ⁉︎カーターって娘さん居たの⁉︎ごめん!『錬金術師団』は変人の巣窟で、全員独身だと勝手に思ってた!偏見だった!そういやグレンにも息子さんが居た!なんなの?親子感がまるでない!
「じゃあ、カーター!カーターの所に行こう!」
「は、はい……そうですね」
カーターの部屋に今から向かうと『エンツ』を飛ばし、ヌーメリアを引っ張って二階にあるクオード・カーターの研究室に出向いた。彼の部屋に行くのははじめてだ。
ノックして副団長室のドアを開けると、ヒュン!と音がして、バチッとわたしの防御魔法陣が作動した感触がある。見ると、黒焦げになった矢?らしきものが床に落ちている。
「ちっ……失礼……いきなりの『エンツ』だったので、防犯のための仕掛けが誤って作動したようですな」
いやいやいや。今、『ちっ』って言ってたよね⁉︎
マジで不幸な事故を狙ってたよね⁉︎
「……で、私に何か聞きたいことがあるとか」
クオード・カーターはにこりともせず、わたしの顔を見下ろした。決して友好的でない態度に気圧されそうになるが、本来の用事を忘れちゃいけない。
「ええと……カーター副団長、教えてください。ヌーメリアが甥御さんを引き取ることになったので、王都での教育事情とか、あと王城勤務の場合、扶養手当とか勤務体系ってどうなってるのか、とか……」
「ほぅ……」
「カーター副団長、教えていただけますか?」
ヌーメリアも頭を下げると、クオード・カーターはわたしと彼女に椅子を勧めた。
「まぁ、せっかく師団長が私の部屋にはじめておいでになったのですから……もてなしませんとな……どうぞ」
そして。
わたしの目の前に。
どろりとした青紫色の、なにやら異臭がする液体の入ったカップを置いた。
……これは、何でしょうか……。
「私が腕によりをかけた『薬草茶』ですぞ……さぁどうぞ」
カーターさん……わたしが嫌いなのは分かりましたが、これを飲まないと話もできない雰囲気ですか⁉︎そうですか⁉︎
ヌーメリアの実家での話は、番外編にのせる予定です。












