554.カイの提案
七夕!すべりこみです!
カナイニラウから呼び寄せた人魚たちは、その優れた身体能力で海に落ちた人や、避難し遅れた人たちを助け、幸いなことにバハムートの住人に死者はいないという。
「……行方不明になった者はいる。神出鬼没だった呪術師に関係していたのだろう」
ケガの手当てを受けたグストーが重い口を開いた。彼をはじめとして怪我をした人は多いし、住む場所を失ったみんなはぼうぜんとしていて、一時的な虚脱状態に陥っている。
(考えなきゃいけないことは多いけど……)
コートを着て艦橋をペタシペタシと歩き回るカイに、わたしは肩の力がふっと抜ける。レオとカイは決して仲がよさそうには見えないのに、わたしが倒れている間は協力して行動してくれたんだろう。
わたしは冷気を発していた主に向き直り、その手を両手で包みこむようにしてキュッと握った。
「レオ、わたしを助けてくれる?」
「…………」
黒曜石の瞳が軽く見開かれ、彼はまばたきをして無言でわたしを見下ろした。その瞳をのぞきこむようにして、どうか彼の深淵に届くようにと語りかける。
「わたしが倒れているあいだ、レオがすごくがんばってくれたんでしょ?」
魔術師は人の願いをかなえる存在だ。師団長でもある彼をこうして独占しているのは、気が引けるのだけど……『うれしい』と感じている自分もいる。だからこそいっしょにいられる大義名分がほしい。
「バハムートの人たちにカナイニラウの門を開いたのはわたし。だけどこれまでお互いをまったく認識していなかったんだもの、きっと住人たちと人魚のあいだでも衝突が起こる」
ハルモニア号でやってきたわたしたちにも、彼らは好意的ではなかった。
「でもわたしが回復したらすぐに、ハルモニア号はサルジアに出発する。だからその前に……もうひとつやりたいことがあるの」
「何をやるつもりだ」
彼の眉間にぐっとシワが寄り、どう見ても機嫌が悪そうなその反応に、わたしはついうれしくなった。いつだって難しい顔でにらんでくる、その内側で彼は彼なりに考えているのだと、だんだんわたしにもわかってきたから。
「まずはみんなの住まいを整備して、それからバハムートの人たちと人魚たちが、いっしょに楽しめることを考えたいの。レオも手伝ってくれる?」
ぎゅっと握りしめた手に力をこめると、彼はわたしからそっと視線を外し、ぽつりとつぶやいた。
「……きみが望むなら何なりと」
「ありがとう」
漂う冷気がだいぶ和らぎ、艦橋にどよめきがあがる。アルバが次々に解除され、乗組員たちは信じられないような顔をして、わたしとレオを眺めている。
「ネリアの瞳の輝きはレオの氷も溶かすのか……」
ユーリが感心したように言えば、ペタシペタシと音をさせてカイが戻ってくる。
「いいな、それ。じゃあ俺がレオに歌を教えてやる」
「……は?」
わたしに手をとられたまま、けげんな顔をしたレオの胸を、エメラルドグリーンの髪と瞳を持つ人魚の王子様はひとさし指でトンと突く。
「顔もいい。声もいい。なのになぜお前は歌わない。ネリアはな……この俺が渾身の想いをこめた恋唄でも落ちなかったんだぜ」
「え……たしかに歌は聴いたけど、それはユーリもいっしょだったし」
ちょっと待ってほしい。ここでまた艦橋に冷気が満ちたら困る。だいたいマウナカイアで、そんなロマンティックなシチュエーションなんてなかったもん。
「ほらな、ぜんぜん響いてねぇ」
カイはわたしをアゴでしゃくり、肩をすくめて大げさにため息をつく。レオは眉間にシワを寄せたまま、わたしに向かって問いただした。
「人魚の恋唄が響かないとは……きみはどんな耳をしているのだ」
「こんな耳ですがなにか⁉」
言い返すとレオまでもが深くため息をつく。解せぬ。カイはレオに挑発するような視線を投げかけた。
「人魚はな、想いが通じるまで毎晩相手に向かって歌いかけるんだぜ?お前はそれぐらいしたのか?」
「…………」
いやいや、待って。この人負けず嫌いだからね、変な挑発はしないでほしい。わたしはあわててふたりのあいだに割って入る。
「あの、わたしは彼の歌聴いたことあるし、そんなことしなくても……」
「えっ⁉」
わたしの言葉にユーリが驚くと、艦橋にいた全員も同じように考えたみたいだ。
「呪文の詠唱も授業でありますから、歌えないということはないでしょうが……」
たしかに彼が歌っているところなんて、ふだんの姿からは想像もつかないだろうけど。するとカイはわたしに聞いてきた。
「で、ネリアはどう思ったんだ?」
「どうって……ステキだったよ」
もごもごと答えるとカイはレオをうながした。
「だとよ。やるのか、やらねぇのか?」
「……やる」
レオはきっぱりと答え、ユーリはよろめいて後ずさった。
「うわ、チョロ。ネリア……いったい彼にどんな魔法を使ったんです?」
すごく恐ろしげにわたしを見てくるけど。わたしホントに何もしてないから!












