553.凍りつく艦橋
2020年6月29日連載開始。5周年たちました!
本当にありがとうございます!
「よお、ネリア」
ローラが煎じた薬湯が効いて、わたしはしばらくしたら動き回れるようになった。艦橋に行けばそこに見知った顔がいる。エメラルドグリーンの明るい瞳で髪を編みこんだ青年は、よく日に焼けた褐色の肌で、筋肉質で引き締まった体格だ。
「カイ⁉」
カイはなぜかビシッとしたコートに、素足でビーサンを履いていた。そのくだけた格好にわたしもつい笑って突っこんでしまう。
「なんか会っていきなりだけど、チグハグじゃない?」
「さみぃから着るもんコイツに借りた」
カイは見るからに不機嫌そうな黒髪の竜騎士をくいっと親指で指す。
「あ、レオのコートなんだ」
「ユーリやテルジオのだと小さくてよ」
カイのひと言がおもしろくなかったのか、ユーリが眉をあげてかみつく。
「ちっさいとか言わないで下さいよ。肩や胸まわりがキツかったみたいで……」
むくれたユーリがわたしに説明すると、テルジオも仕方なさそうに苦笑いする。
「私、文官ですからね。毎日グイグイ泳いでる海の男にはかないません」
「おう。泳ぎついでにこいつも連れてきた」
ポイッと引きずるようにカイが、海草みたいな紺色の塊をわたしの前に投げだす。ビチャビチャと海水をしたたらせて動く海草に、わたしがギョッとして飛びすさると、レオがすかさず前に立つ。
「ぼぼぼぼぼ……」
しゃべりだした海草のすき間から、見覚えのある青白い顔がのぞいて、わたしは目を丸くした。
「ヴェリガン⁉」
「ぼぼぼぼ僕、ヌ……メリ……会いだぐでででで」
海草だと思った塊はよく見れば、ずぶ濡れになったヴェリガンで、腰巻きひとつでガタガタ震えている。どうやら人魚になって転移陣を抜けて泳いできたらしい。
「え、ウブルグじゃないの?」
「わしもおるぞい」
片手を挙げたウブルグ・ラビルは、サザエのつぼ焼きみたいなものを載せた皿を持ち、パクリと口にくわえた。
ちょっと会わない間に彼のお腹は、さらに貫禄が増したような……。そういえばいつも何か食べてるもん。
しばらくモグモグと咀嚼してから、ウブルグは貝をごくんと飲みこみ、満足そうに口ひげをなでてふぅと息をつく。
「タクラから王都に戻ったヴェリガンが、まったく使いものにならんでの。しょうがないから海洋生物研究所で引き取ったが、これまた『邪魔だ』とポーリンに怒鳴られてしもうて」
「ヴェリガン!」
うなだれるヴェリガンを見て、駆けつけたヌーメリアは小さく叫ぶ。わたしのいない間に、彼は国内あちこちをたらい回しにされたらしい。
「まぁこやつは、ネリアとヌーメリアがいたから働いとったようなもんじゃて」
「ふ、冬は野菜が少な……から市場の屋台も……ヒマで……」
べそべそと泣くヴェリガンの背中を、ヌーメリアが優しくなでる。
「まずは着替えましょう、ヴェリガン。それからローラに薬湯を作ってもらいましょうね」
紺色の海草みたいな塊はヌーメリアにすがりついて、ますますボロボロと激しく泣きじゃくった。
「ぎ、ぎみに会えたら……じじじ死んでもいいど……ふ、冬の海に……」
「あらあら、私がいるんですから。生きてください」
励ますヌーメリアの瞳が潤み、こんなベショベショなヴェリガンでも、彼女は会えてうれしいのだとわかる。わたしを背にかばうようにしたまま、レオが低い声でうめいた。
「こやつが最高殊勲者とは……」
言いたいことはわかる。レオも未だに負けは認めたくないのだろう。でも勝負はすでについてしまっている。
「ヌーメリア、ヴェリガンを連れていってあげて。テルジオさん、彼に着替えを貸してくれる?」
「あ、はい。すぐにご用意します」
シャキッと返事をしたテルジオは、首をかしげてぶつぶつ言いながらふたりについて行く。
「こんなのがライバルだったとは……はぁ、まぁいいんですけど」
言いたいことはちょっとわかる。彼も未だに負けは認めたくないのだろう。けどこればっかりはヌーメリアの気持ちしだいだもんね。
「つかさ、このコート……ネリアのにおいがついてるぞ」
クンクンと袖をかぐカイに、レオは地獄の底から響くような低音ボイスを発した。
「イヤなら脱げ」
「ごごご護衛だからね。彼はわたしの!」
ワタワタと険悪そうなふたりの間に割って入れば、カイはレオとわたしの顔を見くらべて、おもしろそうに眉をあげた。
「ふうん?」
「ほんとに護衛なんだからね!ライガにも彼はいっしょに乗るんだから!」
ついムキになって言いわけすると、カイはニカッと白い歯を見せて笑った。
「ライガか、また乗っけてくれよ。バハムートの景色も見たい」
「うん、いいよ」
わざわざカナイニラウから来てもらったのだ。ライガに乗せるぐらいどうってことない……そう思ったのに艦橋に冷気が満ちる。ちょっと待ってー!
歯の音をガチガチ言わせながらレオを見上げれば、眉間に深ぁくシワを寄せて不機嫌全開にしている。いつもの無表情はどうしたの⁉
両腕をさすってため息をつくユーリの、吐く息が白くなってる⁉
「ネリアってほんとバカですよね」
(なんで⁉)
よくわからなくて泣きそうになっていると、レオは凍てつく視線でわたしをさらに震えあがらせた。
「きみは回復したばかりだということを忘れるな!」
「ひゃい……ラ、ライガに乗るのはやめます!」
さっきまでぶっ倒れていたのに、ライガを乗り回そうとしたことを怒っているのだと気づき、コクコクと必死にうなずく。
けれどレオはぐっと眉間にシワを寄せ、さらに目つきが鋭くなった。首を縮こませてユーリがため息をつき、あきらめたようにアルバの呪文を唱えた。
「ネリアって……ほんとバカですよね」
(だからなんで⁉)
「俺もポーリンから灯台守の仕事を教わってるから、こういうのおもしれぇな」
ビーサンで艦橋をペタシペタシと歩き回り、計器類を興味深そうに眺めるカイに、黒髪の竜騎士は冷たく言い放つ。
「もう用は済んだろう。帰ったらどうだ」
「俺、来たばかりだぜ。なっ、ネリア?」
レオの剣幕にもひるまず、カイはわたしにウィンクした。するとさらに艦橋の気温がぐんぐん下がる。全員が次々とユーリに倣ってアルバを唱えはじめ、救いを求めるようにわたしへと視線を送ってくる。
ちょっと待って。これどういう状況⁉
「ほむぅ……酒がほしくなるな。この寒さでもカッと体が熱くなるじゃろ」
ウブルグがのんきな声をだして、またひと口パクリと貝を食べる。
おかしいよ。危機は脱したはずなのに。
ねぇこれ……わたし倒れたままのほうがよかったんじゃ⁉
ねぇ、もっかい倒れてもいいですか⁉












