552.ベッドから出られないわたし
別にセクシーな意味ではなく。
結局わたしは新たに調整した魔力ポーションをレオからもらい、体がすっかり回復するまでベッドからだしてもらえなかった。
「これを」
「ありがとう……」
わたしが魔力酔いにならないよう、彼はヌーメリアにも任せず自分でポーションを用意したらしい。
(レオだって魔力を回復させながら魔術を使ったのに……)
まったく表情の変わらない涼やかな横顔を眺めていたら、彼が黒曜石の瞳をこちらに向けた。
「なにか?」
「ムリさせたんじゃないかなぁ……と思って」
「…………」
レオはこめかみを軽く指で押さえ、ため息をつくと遮音障壁を展開して身をかがめる。黄昏色の双眸が正面からわたしをにらみつけるから、ビクッとして身構えると彼はそっとささやいた。
「ムリをしたのはきみだ。それと本当はきみを一晩中抱いて回復させたほうが楽だ」
「!」
赤くなったわたしを見て彼はふっと笑い、手に握りしめていた魔力ポーションの瓶を指でつついた。
「だがきみはなるべく早く動きたいだろう。ローラにも薬湯を用意してもらっている。おとなしく飲め」
「あ、ありがとう」
ごくごくと飲んだら一瞬で魔素が体を駆け抜けていく。まるで乾いたスポンジに水が沁みこむように、体の隅々まで魔力が満たされて呼吸が楽になる。
「魔力ポーションは飲めたようだね。つぎはこっちだ」
レオが遮音障壁を解除してすぐ、こんどはローラが用意した薬湯を持ってきた。
湯気のたつカップの中身は茶色い。パパロッチェン以来、薬草茶はどうしても苦手なのだけどローラは容赦なかった。
「ううう……」
「光栄に思うんだね。あたしがわざわざ煎じた薬湯を飲めるんだから」
「ありがとうございますうぅ……うへぇ」
しおしおと飲んでいると、最後までちゃんと飲むか見張っている金の瞳が怖い。薬湯は渋くてお口の中がショワショワしてくる。うへぇ。
「あんたは体の中にある魔素の扱いがわかってないだろう。だから身体強化もできない。ちがうかい?」
ローラはレオ以上に怖い顔をしてビシッと指摘する。
「おっしゃる通りです……」
眉を下げてうなずけば、彼女はあきれたようにため息をついた。
「そのぶん集中して魔力を使えるんだけどね。ふつうはすっからかんになるまで魔素を使い切るなんてできないよ」
「はぁ……」
またひと口くぴりと飲んで、ショワショワする舌の感覚に顔をしかめていると、ローラがじろりとレオをにらんだ。
「その薬湯には鎮静効果もあるのさ。一気に魔素が巡ることで体が興奮するからね。あたしの弟子はこれ幸いと自分の魔力をだいぶ注いだようだし」
「え、なにかマズいことでも?」
ふいっとそっぽを向いた彼のようすが気になってローラにたずねれば、彼女はそんな彼を横目にふふんと笑う。
「まぁ、あんたのポーションを自分で用意したのは優しさ半分、やましさ半分ってとこかね」
「やましさ……」
カラになったポーションのビンをまじまじと見つめると、黒髪の竜騎士は眉間にぐっとシワを寄せた。
「ローラの言うことを本気にするな。ポーションを作るところは彼女も見ている。変なものを作るわけがなかろう」
「え、あ、その……」
どうしよう、なんて答えたらいいのかわからない。もじもじしたままうつむいて指でカラのビンをいじっていると、ローラのおもしろがるような声が聞こえた。
「まぁね、ずいぶんと神経質に気を使って慎重に作るから感心したよ。あれだけ人と縁を結ぶことを拒んでいた男が、だれかと関係を深めようと必死になるとはねぇ」
「ここで彼女が使い物にならないままでは困るからです!」
キッとローラをにらみつけて、かみつくように言い返すレオに白髪の魔女はまた口をひらきかけ、わたしは慌てて会話に割って入った。
「あの、でもレオが作ってくれたポーション、おいしくて飲みやすかったよ。違和感なくすっと体になじんだし、安心して飲めたもの。それにレオの魔力ってストレートだよね。お腹にずんと響く感じ」
へへっと笑ってフォローすれば、なぜか彼は衝撃を受けたように固まり、ローラまでもが目を丸くしている。
しばらく彫像と化していたレオは、パチパチッとまばたきをすると早口でローラにまくしたてた。
「……すみませんローラ、席をはずすので後を頼みます」
……ずんずんずん。
そのまま大股で勢いよく部屋をでていってしまう。
「え、あれ?」
いったいどうしたんだろう。ふしぎに思って彼の背中を見送っていると、ローラが大きく息を吐く。
「あの子もたいがいだけど、あんたもすんごいド直球だね」
「は?」
ポーションが飲みやすくておいしかったとほめたのに、なぜ部屋をでていかれてしまったのだ。首をひねってからあることを思いだす。
「もしかして……」
「うん?」
「わたし薬湯を飲んでいるとき、ものすごく変な顔してたんじゃ!」
「いや、そうじゃなくて……」
ローラはなにか言おうとしたけれど、わたしは彼女の言葉をさえぎった。
「どうしてそう言えるんです。吹きだすのをこらえて飛びだしていって、今ごろ笑い転げているかもしれませんよ!」
わたしの言葉にローラはパチパチとまばたきをして、首をかしげてぼそりとつぶやく。
「……あの子は笑い転げたりしないだろ」
眉をひそめて否定する彼女に、わたしはぶんぶんと勢いよくかぶりを振った。
「笑いますよ!けっこう笑い上戸なんです。わたしがなにかしてツボにハマると、ずっと肩震わせてますよ。そんなに笑うことないだろって思うぐらい!」
「あの子が肩を震わせ……って、ちょっとだいじょうぶかい⁉️」
ぽかんとしていたローラの前で、わたしはバタンと後ろにひっくり返る。
勢いよく頭を振ったせいで、目が回ってしまったのだ。
「ろうやらまらほんひょうひやなひみひゃいれふ……」
「まだポーションと薬湯を飲んだばかりだろう。あんたは死にかけてたんだとちゃんと自覚しな」
「ひゃい……」
寝ているのに天井が回る。体内で魔素の動きが定まらなくて、顔は熱いのに手足の感覚は冷えきったままだ。
「……りょーりゃ」
「あん?」
突然起こった体の異変を、わたしはなんとかローラに伝えようとして……そしてすぐにあきらめた。そんな余裕はまったくなかったからだ。
ガバリと起き上がり、わたしはローラを乱暴に押しのけ、洗面所に駆けこもうとして……その場で盛大にリバースした。
「ちょっとあんた!あたしが五アウルかけて煎じた薬湯!」
「しゅ、しゅみま……うえぇ……」
もぅ涙と鼻水を盛大に流しながらわたしは吐く。胃の中にあるものを出し切ってブルブル震えれば、ローラがバシュッと浄化の魔法をかけた。
「あれ?」
船室の床にあったちょっとお見せできないアレはきれいになくなり、まるで掃除したてのよう。わたしが握りしめて涙と鼻水でグシャグシャになったシーツはピシッとして、まるで洗濯したてみたいにフローラルな香りもする。
「浄化の魔法、すごい……」
わたしがあらためて浄化の魔法に感心していると、ブスッとした顔でローラはサーデを唱えてポットを取り寄せ、中身をカップに注ぐと差しだした。
「ほら、飲みな」
「うえぇ……これ、まだあったんですか」
ホカホカと湯気を立てる薬湯にげんなりしていると、ローラの目がギッとつりあがる。
「それは翌朝飲まそうととっておいたヤツ。あたしはこれから五アウルかけてまた薬湯を煎じる。わかったらさっさと飲みな!つぎは吐く前に気絶させるからね!」
わたしはもう一度しおしおと薬湯を飲むハメになった。












