551.目覚めたネリア
よろしくお願いします。
「……!」
レオが魔法陣を紡ぐよりも、剣を投げるよりも早く、黒い影がネリアに覆いかぶさる襲撃者に突進して体当たりする。
「うごぉっ!」
ごろごろと転がりながらもみあう男を見てレオは叫んだ。
「グストー!」
襲撃者に反撃を食らって血を流しながら、グストーは吠えるように怒鳴る。
「この嬢ちゃんに俺たちの未来がかかってるんだ!させるかよ!」
ネリアが巨大な長距離転移魔法陣を構築するのを見ていたのは、呪術師だけではない。バハムートの民もその場にいて、世界の終りのような島の崩壊と絶望を覆すような奇跡を見届けていた。
襲撃者に刺されてもひるむことなく、グストーはナイフをわしづかみにして体で押さえこもうとする。
もつれあったふたりが、小柄なネリアを潰しそうになった瞬間、三重防壁が発動した。真っ白な光が展開し、それにグストーと襲撃者のふたりは弾き飛ばされる。
「うわぁっ⁉」
そのまま襲撃者は壁に激しく打ちつけられて、床へボトリと落ちた。レオはグストーを救い、雷撃で襲撃者を気絶させる。
「無茶をするな。腱を切れば治癒魔法にも時間がかかるぞ!」
「へっ、俺がいなけりゃ嬢ちゃんは死んでたぜ」
「……だいじょうぶか?」
憎まれ口を叩くグストーの相手はせず、レオがヌーメリアを助け起こすと、よろよろと起き上がった彼女は弱々しく答える。
「ハルモニア号の……船員だったんです。油断しました」
「船員……」
レオに続いて跳んできた王太子が、襲撃者を見て驚いた顔をした。
「彼に見覚えがあります。タクラの港で……船員募集に応募してきた男です!」
まばゆいばかりに光る三重防壁を展開したまま、ネリアはペリドットの瞳を煌々と輝かせ、上体を起こしてなにごとかをつぶやく。ローブを脱いだ彼女は薄い肌着のみをつけており、細い肩ひもが左肩からずり落ちている。
「εÐÅℬ……Θυ」
ほんの数歩の距離だったけれど、レオは跳んだ。
「きみはもう魔力を使うな!船を守ろうとしなくていい!だから……言語解読の術式に魔素を流せ!」
パチリと無表情にネリアはまばたきをする。唇がかすかに動き、まつ毛を震わせると、目の焦点がようやくレオポルドに合う。
「……あ……レオ?」
レオはシーツをひっつかむと、首をかしげた小柄な娘の上半身を、グルグル巻きにした。
「え……あ、なんで⁉」
「服がないからこれで我慢しておけ」
「や、これちょっと姫ダルマみたいなんだけど⁉」
ぶうぶう文句を言っても、動くほどの元気はないらしい。ネリアはしょんぼりと眉を下げて、それから床にへたりこむヌーメリアと、血まみれのグストーを見つけて悲鳴を上げた。
「ヌーメリア⁉それにグストーも⁉」
「ごめんなさい、ネリア。手当をしている途中だったのに……」
「や、それはいいから……」
血まみれのグストーが渋い顔のままで、ふたりの会話に割ってはいる。
「まず言っておく。バハムートのやつらは無事だ。呪術師の残党は片づけたし、襲撃者もこのとおり」
これまた血まみれになって伸びている襲撃者に、ネリアはますます悲鳴をあげた。
「いいからグストーは傷の手当てをしてえぇ!」
「報告はおおむねグストーのいう通りだが、つけ加えるならば……」
「うん」
レオの言葉にネリアは、グルグル巻きの姫ダルマ状態で、涙目になったままうなずいた。
「ローラが魔羊を使い魔にした」
「なんで⁉」
錬金術師団長の疑問に、レオは肩をすくめて簡潔に答える。
「きみの望みを考慮して、最大限に努力した結果だ」
「はあぁ⁉」
(目を丸くしたあとは、口が丸くなったな……)
レオがネリアの百面相に感心していると、彼女はユーティリスのほうを向く。察した王太子は首を横に振った。
「すみません、僕もよくわかりません」
「そう……」
ちょっとだけまつ毛を伏せて、ネリアはふたたびレオを見る。
「あのさ、とりあえず状況把握したいから、このシーツほどいてくれる?」
「ダメだ」
「や、だって……なんにもわかんないじゃん!」
護衛騎士を務める竜騎士は、髪をかきあげてふいっと横をむく。
「魔力ポーションを飲むまで、そのままじっとしてろ」
「あ、じゃあ魔力ポーションちょうだい」
気楽に言ってくる錬金術師団長を、竜騎士はギロリとにらんだ。
「使い切った」
「ええええ⁉」
「きみがローラに飲ませたんだろう!」
「なんの話よ。知らないわよ!」
ぼうぜんと見守っていたユーティリスが、うずくまっているヌーメリアを助け起こしながらぽつりとつぶやく。
「ああ、なんか……ふたりの口ゲンカを聞くと、事態が落ち着いたんだなってようやく思えますね」
「そうですね……」
目覚めたネリアがことの次第を知るのはまだもう少し先……。









