545.避難開始
「バハムートが崩壊した場合の備えはあるんでしょう⁉️」
グストーに向かって叫べば、吠えるような声で返事がある。
「各班に別れて避難させる手はずだ。けど……中核になっていた何人かは呪術師で、そこも混乱している。魔羊たちや療養所のヤツらは見捨てなきゃならねぇ!」
それを聞いたわたしは、すぐさまテルジオにエンツを飛ばす。
「テルジオ、バルモニア号でエンツを使える者は呪術師が抜けた穴を埋めさせて。連携をとって住人たちの避難誘導を!」
「かしこまりました!」
「人命が最優先!荷物はなるべく持たせないよう、港へ集めてちょうだい!」
「船に積んでいる救命艇を準備させます!」
次から次にすることがたくさんある。エンツを終えたわたしは、グストーに話しかけた。
「グストーは全員そろっているか、点呼と確認をお願いします!」
「あ、ああ。けど本当にここはもたないのか?ただ揺れの衝撃で崩れただけじゃ……」
まだ半信半疑といったようすの彼に、わたしは早口で説明する。
「バハムートが浮き島でいられたのは、空洞だったからです。内部から崩壊すれば浮力を失い、すべてが海中に沈みます」
グストーは絶句して、次に首を横に振る。
「いつかはそのときがくると、言い聞かされてきた。だからここのヤツらは財産を持たず、その日暮らしの者が多い。けど……まさか本当に……」
ぐっと拳を握りしめて歯を食いしばる、その表情から彼の気持ちは痛いほど伝わってくる。
「バハムートは砦が分解しても、はしけのようにバラバラに浮かべるんでしょう。グストーは避難がきちんとできているか全体を把握して」
「あ、ああ」
考えている時間も、ゆっくり感傷にひたるヒマもない。生き延びるために全力を尽くす。考えるのはそれからだ。
「ユーリとわたしは療養所に向かい、取り残されているひとびとを避難させましょう」
「僕がですか?」
ユーリだけでなくグストーも驚いたようだった。
「待て。あそこにいるヤツらを助ける余裕は……どのみち死を待つだけの連中だ!」
グストーが言い終える前に、わたしはライガを展開する。
「でもわたしたちが行かなければ、だれも助けられないんでしょう。それに彼らはまだ死んでない。生きているんだもの。ユーリ、乗って!」
あんぐりと口を開けたグストーを残し、わたしたちは空高く舞い上がった。
「いちばん弱き物を救う。それは王太子であるあなたがやって!」
「……わかりました。ネリア、全員を一ヶ所に集めて転移陣を描きます。魔力供給をお願いします!」
「うん!」
療養所にライガで舞い降りると、ユーリが説明して手分けして外へ連れだす。
寝たきりの人はベッドごと、ポンっと転移させた。
「ひゃっ⁉️」
「ごめんなさい、急いでるの!」
「ネリア、彼らは一度きちんとした診察を受けさせたほうがいいですね。もしかしたら回復する者だって……」
「そうね、医術師を派遣してもらうまでは、ヌーメリアとローラに頼みましょう。ユーリ、転移陣を!」
「はいっ!」
ユーリが素早く座標を指定して、転移陣を展開する。十数人を運ぶために、一気に魔素を叩きこんだ。
一瞬で景色がハルモニア号の甲板に変わり、駆けつけた船員に患者たちを引き渡す。
「ユーリ、あとはお願い。レオ!」
エンツで呼べばすぐに彼が転移してきた。わたしはふたたびライガを展開する。
「バハムートが海に沈むときに、巻き込まれる可能性がある。海中にカナイニラウへの長距離転移陣を設置して、人魚たちに助けてもらう」
「海に潜るつもりか?」
「ううん。わたしは人魚みたいに海中では自由に動けないもの。高く上がって上空から水中に魔法陣を刻むつもり」
「…………」
レオをうながせば、察した彼がさっとライガの後部座席に乗りこむ。
ふたたび空へと駆け上がりながら、わたしはレオに伝える。
「それでっ、あの……正確に刻まないといけないの。補助をお願いできるかな……わたしがひとりでやったように見せたいの」
呪術師がいなくなったからライガを使ったけど、魔術師団長の存在はまだ隠しておきたい。紺碧の海を見下ろして、彼は眉間にぐっとシワを寄せた。
「ぶっつけ本番で立体的な長距離転移陣を海中に構築するつもりか……ライガを飛ばしながら?」
「そう」
短くひと言返せば、彼は大きくため息をついた。
「無理だ……と言いたいところだが。マイレディ、それがきみの望みなのだろう?」
「そう。わたしが構築するのはただの魔法陣じゃない。バハムートの未来だもの!」
彼は背後からわたしの体を抱くようにして、右腕を前に伸ばして海面を指差した。
「ハルモニア号の沖合、二百ムゥ……幅は六十ムゥはほしい。サイズは私が補助する。まずは手元で完璧な陣形を思い浮かべろ」









