544.地下の鳴動
相手は銀髪だろうが黒髪だろうが、変わらずまわりが見とれるような美形ってのが困る。わたしがあわてて浄化の魔法をかけると、こんどはヌーメリアがやさしくメローネの秘法を使ってくれた。
「ありがと、ヌーメリア!」
(エルサもメローネもきっと、どんなにめんどうでも何とかしたいことがあったんだろうな)
どんなにロマンチックなシチュエーションと口説き文句でも、女には『今じゃない!』という時がある。それを知れただけでも大人の階段をひとつ上った気がする。
ヌーメリアが同情するような目つきで、わたしに向かってコクコクとうなずいた。
「あのかたの隣に立つなんて、考えただけでも恐ろしいですよね」
「や、わたしまだ何も言ってないけど……どっちかというとみんなの視線が彼に集中してくれるから、そのほうがわたしも気が楽だし」
「ネリア……それはそれで落ち着かないのでは?」
レオに集まっていた女性たちの視線を思いだし、わたしはあわててゴソゴソとポケットをあさった。
「あ、そうだ。これちゃんと女性から返してもらったよ」
収納ポケットにしまいっ放しだった、ヴェリガンが作ったアミュレットをヌーメリアに渡すと、彼女は息をのんでからホッとしたようすで受けとった。
「ありがとうございます。それと……後先考えずに飛びこんでごめんなさい。あのときはこれを取り返すことしか考えていなくて」
「うん。それはわたしもわかるから」
自分の耳たぶに輝く紫陽石のピアスを、指でさわるとカチリと硬質な感触がある。ただの石だとわかっていても、失くしたりだれかにあげてしまうのはイヤだった。
(視線を集めてしまうぐらい、しょうがないって思えたらいいんだけど……ええい、ヤメヤメ!)
エルサの秘法も重ねがけして全身をシャッキリさせていると、さっきまで殺気立っていたテルジオが人心地ついたのか、いつもの笑顔をとり戻して話しかけてくる。
「やぁ、いいですね。ネリアさんとヌーメリアさんでメローネの秘法をかけっこなんて。見ていてなごめるほほえましい光景です」
「テルジオ、あんまジロジロ見たら失礼だろ。ネリア、報告があります」
「なぁに、ユーリ?」
わたしたちがバハムートの深淵に向かっているあいだ、指揮はユーリが執っていたらしい。彼はわたしのそばに来て遮音障壁を展開した。
「グストーの話では呪術師の残党が〝潜伏〟のスキルを用いて、住人たちの中に潜んでいる可能性があると。彼もハッキリとは把握していないそうです」
「呪術師がまだ残っているってこと?」
たしかに地下で見かけた呪術師はマグナゼも含めて数人だけだった。襲撃者の中には傀儡も交ざっていたし、呪術師全員の正確な人数はわからない。
「はい。絶海の孤島ですが流れ者も受け入れていて、本当の定住希望者か潜伏かは見分けがつかないと。ただ……マグナゼがあらわれた前後で、一部の住人に不穏な動きが見られるから気をつけろと」
「バハムートの深淵にはサルジアへの長距離転移陣があった」
レオが口をひらくと、こんどはユーリが驚く。
「なんですって⁉」
「呪術師から得た情報によると転移陣は一ヵ所だけで、もともとバハムートはサルジアに流刑地として使われていたらしい」
「だから『地の精霊に見捨てられた地』なんて呼び名があるのね」
レオは眉間にシワを寄せてため息をつく。
「自然界に存在するものは、ただそこに在るだけなのだが」
「そうですね。これは精霊の意思ではなく、人為的なものを感じます」
かんたんには帰ってこられない、生きていくことさえ難しい場所。けれどひとびとはたくましく、生活の糧を見つけて助け合って暮らしてきたのだろう。
バハムートで暮らすひとたちの明るさとたくましさ、そしてどこか刹那的な言動はそんな歴史にも由来するのかもしれない。
そのときズズ……ンと音がして、カップに入った薬湯の表面が震えた。
「え?」
この感覚……覚えがある。あっちの世界ではたまに起きていた、足元の地面から揺れるこの感じ。
「地震?」
砦のほうからグストーが駆けてきて、わたしたちに向かって叫ぶ。
「呪術師の残党が暴れだした!地下にあった拠点が破壊されて自暴自棄になってる!」
「待って。ここで暴れたりしたら……」
潜伏していた呪術師たちは指令系統を失ったことになる。そしてもうサルジアに戻れないことを、彼らが知ったのだとしたら……わたしの頭にオドゥの言葉がよみがえった。
『このバハムートはだいぶ石化が進んでいる。いつ全体が崩壊してもおかしくはない』
「そんなっ、今すぐ彼らを止めなきゃ!」
索敵の魔法陣を展開したローラがチッと舌打ちをする。
「……遅いかもしれないよ」
ユーリが叫んだ。
「テルジオ、今すぐハルモニア号へ総員退避!バハムートは崩壊する!」
目の前で砦の壁に亀裂が走り、地面にも地割れビシビシと走っていく。崩れ落ちる岩場に、逃げ惑うひとびとの悲鳴……すべてがスローモーションのような現実で、今まさにバハムートの崩壊がはじまろうとしていた。









