543.薬湯で百面相
ローラが目を覚ましたヌーメリアに念を押す。
「じゃあ、あんたが意識を失ったのはオドゥの仕業で、呪術師にやられたわけじゃないんだね?」
「はい……」
震える声で答えたヌーメリアは、自分の体を両腕で抱きしめた。
「ネリアから話は聞いていましたが、まさかあんなところでオドゥと遭遇するなんて……彼はサルジアに協力するのでしょうか」
目に涙を溜めて不安そうな彼女を安心させるために、わたしは必死に言葉を探してわざと軽い口調で言った。
「まだわからないけど……ユーリもいるんだもん。それにオドゥの知識欲がすごいのはヌーメリアも知ってるでしょ。今の彼はだれにも止められないよ」
「ずっと彼のことは気にかけていました。研究棟にきたときから……私と似た境遇だと感じていて」
「うん」
「帰る場所がなくて同じように奨学金をもらい、必死に魔術を学んだ私と姿を重ねたんです」
ヌーメリアは灰色の瞳からポロポロと涙をこぼした。
「何とか居場所を作ろうと努力していた彼を研究棟は受け入れて……今では主力です。彼の努力は実を結んだはずなのに!」
それはだれもが感じることで、順調に錬金術師としてのキャリアを積んでいたオドゥが、すべてを投げ捨ててサルジアに渡ったことが、みんなは信じられないようだった。
オドゥが姿を消した経緯は三師団長と王太子のみに共有され、ほかのみんなは詳しく知らされていない。
彼の真実を語るにはイグネラーシェという隠れ里の真実にふれなければならず、その詳細はまだ調査中だった。
(グレンだけでなくオドゥのルーツもサルジアにあったなんて……それだけじゃない、エクグラシア王家だって元はサルジアからたどり着いたひとびとの末裔だ)
わたしはヌーメリアの肩を抱いてやさしくさする。
「知りたい……という気持ちが、彼を突き動かしたのかもね。あのさ、他人にとってはたいしたことじゃなくても、本人にとっては大問題なことってない?」
「ネリア……」
「リコリスに帰ったときのヌーメリアがそうだったように、オドゥも知ることで納得できるんじゃないかな」
「でも相手はサルジアですよ!」
ヌーメリアは胸にかけていたペンダントをギュッと握りしめる。
「彼らがほしいのはオドゥの知識です。どんな危険があるか……」
「でもオドゥならかならず対価を要求すると思う。たとえサルジアが相手でもそこは揺るがないんじゃないかな」
そういうとヌーメリアはパチパチと目をまたたいた。わたしはその涙をそっと押さえてメローネの秘法を使う。
学園の寮で女子たちが口伝で伝える魔法。それは教科書に載るようなものではないけれど、魔女たちが生きていく上では欠かせない。
「錬金術は金食い虫だもん。資金力があり素材が豊富なところに、錬金術師が研究のために移動するのはよくあることだよ。いくら国家が独占したくても、わたしたちだって生きてる人間だもの」
「ですが……エクグラシアはそれを許しても、サルジアも同じとは限りません!」
「きっと何か手段はあるよ。でなければグレンだってエクグラシアには来ていないもの」
「そうですね……」
ようやくヌーメリアも落ち着いたらしく、ほっと息を吐いたところにローラがずいっと薬湯を差しだした。
「ほら飲みな。ほうけてる時間はないよ」
「ありがとうございます、ローラ」
ヌーメリアが礼を言って受け取ると、ローラはわたしにもずいっとカップを押しつける。
「あんたもだ。さっきはびぇびぇ泣いていたろう」
「や、あれはヌーメリアを助けなきゃって焦ったというか、レオもいきなり姿を消したし……ありがとうございますうぅ」
最後のほうはゴニョゴニョとつぶやいてカップを受け取る。
実は薬草茶は得意ではない。最初が何しろパパロッチェンだったもの!
くさい、苦い、まずい……ゲロ吐きそう。今でもあの味は思いだしたくない。
「鼻をつまめば何とか飲めるかしら」
「失礼だね。あたしの薬湯は効くんだよ」
こくりと飲めばほのかに甘みがあり、ハチミツも使われているらしい。意外と飲みやすいけれど、後味はやっぱり微妙だった。
ヌーメリアとふたりで薬湯を飲んでいると、尋問を済ませたのかレオが戻ってきた。バチッと目が合ったとたん彼はくすりと笑う。そのままふいっと視線をそらして肩を震わせている。
「え……わたしそんなにおかしな顔してる?」
気になって横にいたヌーメリアにたずねると、困った顔をして彼女はそれでもやさしく教えてくれた。
「ネリア……私にはメローネの秘法を使ってくれましたけど、自分にはかけてないでしょう。その……顔に黒い筋とこすった跡が」
なんですと⁉️
わたしの顔、ちょっと人にお見せするお顔じゃなかった⁉️
あきれたようなローラにトドメを刺された。
「それに髪もひどいもんだ。しかも薬湯をひと口飲むたびに顔しかめたり、口をへの字に曲げたりしてるんだもんさ。笑わないことで有名なあいつを、いきなり噴きださせるなんてたいしたもんだよ」
……いやああぁ!
わたしってそんなに……この危機感をふっ飛ばすほど、そんなにおもしろい顔してたの⁉️












