54.ユーリと収納鞄と術式(ユーリ視点)
ブクマ&評価ありがとうございます。
ユーリの鞄の注文に、いろいろなタイプの試作品を作っている最中だったミーナ達は、快く応じてくれた。
女性物と違って、大きさはそこまで小さくなくてもいい。色は黒で両手が使えるように、手提げにする事も背負う事もできるようになっているタイプ。ユーリとミーナで何度か打ち合わせをし、金具の色やポケットやラインの位置にもこだわって、満足のいく仕上がりのものができた。
「おお!格好いい!……なんだか、大きいね?」
「大人の体格に合わせてもらったんです。今の僕の体格に合わせると、身体が大きくなった時に困りますから」
「ユーリって、成長期これから?弟くん大きかったもんねー」
「はは」
ユーリは手に入れたばかりの『収納鞄』を持って、『研究棟』の三階にある自分の研究室に戻る。
「失敗したな……三つにしておけば良かった」
ひとつは普段使い、もうひとつは保存用、そして三つ目は今からやる事に使うために。
「まぁ、また注文すればいいか……」
ザクッ。ビリビリビリビリ……。
ユーリは机の引き出しから幾つかの器具を取りだすと、ためらいなく新品の鞄を切り裂いていく。
それから慎重な手つきで、術式を壊さないように気をつけながら、鞄を分解し始めた。
ユーリは、『研究棟』で働いているとはいえ、学園を卒業してまだ二年……錬金術師としては駆け出しの見習いに近い。
だからといって、今度『職業体験』に来る学生達に後れをとるわけにはいかない。
それに、ユーリがまだ十八歳なら、ネリアだってまだ二十歳なのだ。
設計図としての術式は契約時の書類でユーリも見たが、実際の配置や重ね方など、術式がどう働いているかを調べるには実物を見るしかない。
幸い、ネリアの術式はシンプルで、ニーナ達も余計な手を加えていないから、ユーリにも読み取りやすい。
(これは、『空間』というより『亜空間』……だから収納鞄に個別に属しているのか)
鞄とどこかの『空間』をつなげて、物を収納しているわけではない。鞄の中に『亜空間』を作って利用しているのだ。ネリアはそれを『収納空間』と呼んでいた。
(『亜空間』の安定性と安全性……ネリアがこだわっているのはここか)
ユーリは、『ライガ』の術式の束を取りだす。『職業体験説明会』で、ネリアが学生たちに配ったもの……いわば『ライガ』の設計図だ。
(ああ、これだ……『ライガ』の収納にも腕輪に『亜空間』を作り利用している……)
『収納鞄』の術式と『ライガ』の術式に共通点を見つけ、時々メモを取りながら、ユーリはその部分を読み込みはじめた。
最初、そんな凄いものを学生たちに簡単に配っていいのか……と思ったが、中身を見て納得した。ここに書かれている術式をそっくりそのまま再現したとして、『ライガ』をつくることはできないからだ。
グレンの術式は荒削りで、実用性が全くない。
それを改良したというネリアの術式は、要所要所はグレンの術式を踏襲しているものの、全く別物だ。
例えば、『物が浮く』というシステムを構築するのに、グレンは『重力魔法』を使っているが、それだと『ライガ』はただの浮かぶ物体に近い。ネリアはそれに『風魔法』を組み合わせて推進力や機動性を持たせ、さらに別の『術式』で『魔素』を使って、物質自体に推進力を与えている。
つまり、『風に乗る』だけでは無理な動きもできるし、流す『魔力』がそのままスピードに反映されるため、理論上は『魔力』の多い者ほどスピードがだせる。そう、ドラゴンを超えるのも夢ではない。
それは凄い事だが、『風』に頼らないということは、飛ぶだけではなく加速や、飛行中の姿勢制御にも、何をするにも全て『魔力』が必要だ。
(羽もないのになぜ飛べるのかと思っていたが、ずいぶん力技で、無理矢理飛ばしていたんだな……)
ネリアは試乗体験の時、上昇も下降も、空中で静止することすら、自由にやってのけていた。
それは、『魔素』を流しっぱなしにしながら、『ライガ』の動きを全て『イメージできていた』ということだ。簡単そうにやっていたが、化け物級に魔力があり、『ライガ』の操作に慣れていなければできない。
(まいった……これを量産化?無理だろ)
乗る人が居てこその『量産化』だ。ネリアの乗る『ライガ』をそっくり真似て作ったとしても、誰も乗りこなせない。飛行テストすら難しい。ユーリは術式の束をパラパラとめくる。
(なんだ?このメモ書き?)
飛行システムの術式の脇に記された、それは走り書きのようなネリアのメモ。
(……UFOのように自在に飛ぶ……『UFO』?)
『鳥』でもない『紙飛行機』でもない、風に頼らない不思議な動き……ネリアには手本にしたものがあるらしい……『UFO』?
何を表す言葉なのか、見当もつかない。
飛行システムだけではない。
空を飛ぶという特性上、『ライガ』の重量は軽い方が望ましい。ネリアの『ライガ』は駆動系と外殻のみのシンプルな構造だった。一見構造は丸見えなのだが……使われている素材は何だ?
(紙のように軽いのに、鉄よりも丈夫な素材?そんなものでもなければ無理だ……)
あるいは『素材錬成』でそんな夢のような素材を創りだしているのか。
ユーリは思いつく限りの『ライガ』の問題点を書きだして、ため息をついた。これをどうやって改良するんだ?
おそらく、ネリアは『結果』を求めていない。たった十日ほどの『職業体験』で、何ができるというのか。
(これは……入団テストだ)
グレンとネリアの『術式』を読み込んで、何らかの案をだしてくる事ができるなら、『錬金術師』としての素質は十分ある。
これを完成させたいならば。
『ライガ』を自分の手で飛ばしたいと思うならば。
『錬金術師団』へ来い!
学生たちに叩きつけた挑戦状。
(ネリアらしいというか、なんというか……)
魔術学園の生徒達は、皆一様にエリート意識が強く、プライドが高い。
国中から集めた貴重な『魔力持ち』を、国の将来を支えるべく五年もかけて鍛え上げるのだ。
自分の能力におごり、鼻っ柱の強い学生達ばかりだ。過去の自分のように。
「入団してください」とお願いされても、見向きもしないだろうが。
その顔面に挑戦状を叩きつけられたならば。
その挑発に応じたくなる学生達は多いだろう。
自分の能力に絶対の自信がある者ほど、これに反応するのではないか。
(試されているのは、僕も同じか)
なぜなら。
この挑戦は。
とてつもなく面白い。
『変人の巣窟』と言われ続けた錬金術師団に、学生達がやって来るのも異例な事だが。
(『錬金術師団』のあり方そのものを変えるつもりか……)
肩につくぐらいの赤茶色の髪はふわふわと軽く、唇は紅をさしていないのに赤くふるりとしていて、ふっくらした頬を持つ、面差しはあどけない小柄な娘。
とても『錬金術師団長』には見えないのに、そのペリドットのような黄緑色の瞳が強く意思を持って輝く時、自分がこれまで持っていた常識をひっくり返すような事が起きる。
それを誰よりも近くで見たい。その横に並び立ちたい。
これまで自分は、自分に寄り添ってくれる女性を探すのだと思っていたのに。
彼女は決してそんな事は考えない。
ユーリは自分のペンをグッと握りしめると、再び術式を書き留めはじめた。
『収納鞄』と『ライガ』を、『四次元ポケット』と『タケコプター』に置き換えると、ユーリが可愛く見えます。
学生達の『職業体験』については、3章で取り上げる予定です。