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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十二章 移動要塞バハムート
539/560

539.呪術師のスキル

『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』発売中!

挿絵(By みてみん)

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 レオとわたしは岸壁の崩れたところから、バハムート内部に下りていった。狭くて真っ暗な洞窟で、わたしは視覚野の術式を調整する。


(赤外線を感知……)


 赤外線を使えば暗闇でもモノが見えるけれど、人物の表情は陰影がなくなり、はっきりとわからなくなる。もうレオがどんな美形でも顔はのっぺらぼうだ。


「手を貸す必要はなさそうだな」


「うん」


 そう言う彼も魔術を使ったようで、歩きにくい場所でも足取りはしっかりしている。


「呪術師はバハムートの民に交じって生活することはなく、いつでも突然あらわれたらしい。ヤツらの拠点とサルジアへの転移陣がどこかにあるはずだ」


「サルジアへの転移陣が⁉」


 バハムートが絶海の孤島だと思い込んでいた、わたしは驚いて聞き返した。


「われわれがモリア山やマウナカイアへ、長距離転移陣を設置できるのだ。サルジアの連中がやれてもおかしくはない。それと呪術師のスキルに〝潜伏〟というものがある。ある人間の情報を盗み、そのままそっくりなり代わる」


「なり代わるって……元の人はどうなるの?」


「…………」


 わたしの問いに、彼は答えず無言になった。わたしが腕を伸ばし、彼の手をつかんでキュッと握れば、催促が通じたのか彼はため息をついて、重い口をようやく開いた。


「同じ人間はふたりもいらない。存在を消される」


「殺されちゃうの?」


「助かったとしても、情報を抜き取られたあとだ。廃人となる」


「出発前に学んだ歴史の本には、そんなの書いてなかったよ!」


 わたしはサルジアという国の恐ろしさ、呪術師という存在の怖さをはじめて知った。ずっとつかんでいたわたしの手に長い指が絡み、しっかりと握り返される。


「……きみに伝えるかどうかは、私に任されていた」


 赤外線を拾う瞳では、レオポルドの表情は読みとれない。けれど声だけのほうが逆に、彼の感情がはっきりと伝わってくる。わたしの手を引いて歩きながら、彼は話を続けた。


「エクグラシアは何百年と、サルジアの脅威にさらされてきた。裏に回れば情報戦だ。呪術師マグナゼは『マグナス・ギブス』という、貿易商になりすましていた」


 無口な彼がこんなにしゃべるのは、たぶんここが暗闇だから。わたしを不安にさせまいと、気遣ってくれている。


「その人は実在していたの?」


「…………」


 わたしの質問に答えるのを、レオは少しだけためらった。今までだったら話はここで終わり、真実は聞けないでいただろう。つないだ手に力をこめれば、彼は決心したように話しだす。


「呪術師は慎重に、なり代わる人間を選ぶ。家族がおらず、親戚や友人も少ない孤独な人間……そういった者に接近して、最初は打ち解けて兄弟のように親しくなる。だが……」


 洞窟に響く声のトーンが一段低くなった。


「彼らが()()()になったとき、もうひとりはこの世にいない。そのまま知人たちとも縁を切り、違う土地で新たな生活をはじめる」


「そんな……」


「最初からわかっていなければ、防ぐことなど不可能だ。グストーひとりでは太刀打ちできまい。彼らの絶望もよくわかる」


 彼はわたしにショックを与えないよう、慎重に言葉を選んでいるけれど、今まで何人が犠牲になったんだろう。


「今まで末端だけ捕まえても、どうにもならなかった。だから夏にユーティリスが起こした行動は、無謀とはいえ大きな収穫があった。首謀者であるマグナゼを捉えたからな。結局ヤツは逃がしたが、その拠点や配下の者たちを一網打尽にできた」


「ユーリまでそんなことを……」


 新しい収納鞄を手にニコニコしていた彼が、そんな陰謀に巻き込まれていたなんて。けれど彼が王太子の地位に就く以上、避けられないことだから……それを逆に利用したのだろう。


「彼もエクグラシアという国の安全を預かる立場だ。六年前の事件でテルジオたちも鍛えられた。補佐官たちは精鋭ぞろいだ」


「そっか……」


「外交は血を流さないだけで白い戦いだ。笑顔で握手を交わしながら、その喉元には(やいば)の切っ先を突きつける。争いはとことん避けるよう努めるが、いざとなれば一歩も引かないと、相手に示さなければならない」


「うん」


 洞窟では音が反響するけれど、彼が声を落とすことはない。ひんやりとした冷気に満ちた空間は、ただひたすら奥へと続いている。


「ぜんぜん人の気配がしないね」


「呪術師と魔術師は似ているところがある。だから彼らの行動も少しは読める」


「どういうこと?」


「塔の師団長室は最上階にある。地上から一番離れた場所だ。だからこの場合……」


 彼は自由なほうの手を閃かせて、索敵の魔法陣で構築した立体図を展開した。バハムートの本体にアリの巣穴のように存在する洞窟が、光る線となって暗闇に輝いた。


「転移陣は地上から一番遠い、最奥に設置されているだろう。洞窟の途中で呪術師と出くわすことはない」


 巣穴の行き止まりは無数にあるけれど、一番深い場所にぽっかりと広い空間がある。わたしはそこを指さした。


「ここ?」


「おそらく」


 こんなとき、彼の低いよく通る声は力強く響く。塔の魔術師たちを率いるだけの決断力があるからこそ、彼はローラから師団長を任されたのだろう。


「じゃあ、そこからわたしたちもサルジアにいくの?」


「いや、転移陣は破壊し、バハムートから完全にサルジアの影響を取り除く。そうすればグストーたちも安心だろう」


「わかった」


「呪術師も魔術師も『人の願いを叶える者』だ。〝潜伏〟のスキルも本来は、ひとびとの生活にうまく溶けこみ、寄り添うためのものだ。それを悪用したにすぎない」


「いい使いかたなんてあるの?」


「たとえば失った恋人や家族、それとよく似た人間があらわれたらどう思う?」


「あ……」


 最初は驚き、そしてうれしくなるだろう。


「だれかの幸せを願い、心の傷が癒えるまで使うには問題ない。だが悪用すれば……」


「使いかた次第……錬金術と同じだね」


「そうだな」


 わたしたちがつないだ手がじんわりと温かい。いつのまにか……緊張して汗をかくこともなくなった。


 そう、呪術だって魔術だって錬金術だって、扱う者の心がけ次第で無限の可能性が広がる。だからわたしたちは負けちゃいけない。


「じゃあ、きっとヌーメリアもきっとそこにいるね。転移しよう!」


 レオがぎょっとしたのが、身じろぐ気配でわかる。


「待て。転移した先になにがあるかも……」


「そのための三重防壁じゃん。急がないとヌーメリアがサルジアに連れ去られちゃうかも。わたしにしっかり捕まって!」


「…………」


 わたしは勢いよく三重防壁を展開しても、彼はすぐに動こうとしない。


「レオ!」


 しかたなくわたしのほうから彼に手を伸ばすと、彼は急に小柄なわたしの体を引き寄せて腕の中に抱きこんだ。わたしの耳元ですねたような低いささやき声がする。


「きみを安全なところに置いておきたい……というのは私のワガママとわかっているが、それにしたって無鉄砲すぎる」


(ひああああ⁉)


 暗闇ですねるとか反則でしょ!声が甘すぎるんだよ!


 レオの声と香りと体温だけで気絶できる。気が遠くなりそうになりながら、わたしはバハムートの深淵に向かって、必死に転移陣を発動させた。


 呪術師の攻撃より彼の声のほうが、ずーっと心臓に悪いんだから!

『魔術師の杖⑨ネリアと夜の精霊』

挿絵②キャラデザ ヴェリガン

挿絵(By みてみん)

ライアスに鍛えられ、ネリアに食生活を改善され、アレクに生活態度を改められ、レオポルドに服装チェックを受けたあとのマシになったヴェリガンです。

よろづ先生描き下ろし人物紹介つき!証明写真風に美男美女が並んでます。

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