537.対策本部設置
わたしたちが合流したところで、ユーリが空を指して叫んだ。
「通信用魔道具!」
ヒュンっと飛んできた魔道具から、ローラの声が聞こえる。
「あたしたちは市場にいる。ヌーメリアが呪術師と消えた!」
「ヌーメリアが⁉」
そのまま魔道具は羽をたたむと、小さな丸いボールになる。すかさずキャッチしたユーリが、それを収納ポケットにしまった。
「どうしよう、戻らなきゃ!」
あわてるわたしを制して、レオがグストーに話しかけた。
「ここでの用事は終わった。我々は港に戻る」
「どうするつもりだ。呪術師がいる限り、俺たちはたとえどんなに魅力的な条件をだされても、あんたたちに協力できない。」
「ならば一掃すればいい」
レオの言葉にグストーは首を横に振る。
「持ちつ持たれつなんだ。連中は金を落とすし、サルジアの魔道具も流してくれる。こんな離れ小島で、豊かな暮らしができているのはそのおかげだ」
「それは違う」
レオは黒い瞳でまっすぐにグストーを見る。
「バハムートの海域はもともと豊かな漁場で、サルジアに頼らなくとも暮らしは保証されている。呪術師に惑わされているだけだ」
「あ、あんたになにがわかる」
「この島には最初から地の精霊の加護を受けていない。エクグラシアと同じだ」
「あんたたちには魔石があるだろうが!」
気色ばむグストーに無言で立ちはだかるレオとのあいだに、わたしは割ってはいる。
「バハムートには海があります!これこそが豊かな資源です。それに解決策だってちゃんとあります!」
「いったいなにを……」
わたしはぐっとグストーをにらみつけて、その場で転移陣を勢いよく展開した。
「ごめんなさい、今は時間が惜しい。港へ転移します!」
転移陣が光ったとたんバッと景色が変わり、わたしたちが一瞬で港に戻ると、グストーが目を見開いている。
「はっ?」
ザワザワとした騒めき、グストーに駆け寄ってくるひとびと……そして人ごみのなかに白髪の魔術師を見つけ、わたしは彼女に向かって叫んだ。
「ローラ、ヌーメリアは?」
遠くに見えた姿がふっとブレたかと思うと、もう彼女は目の前にいた。
「先に呪術師がアミュレットに術をかけた。けれどちょうどヌーメリアはそれを外していてね、持っていた市場の女性が奈落に吸いこまれた。逃げようとした男に飛びかかって一緒に転移陣へ……」
「もうここにはいないのね。痕跡は追える?」
奈落に消えた女性と、呪術師を追ったヌーメリア、両方を探さないといけない。わたしはレオを振りかえる。こういうときに自然と彼を頼りにしてしまう。
「レオ、現場の指揮をまかせていいかしら?」
「……承知しました」
風の属性を持つ竜騎士は、情報伝達の手段も豊富だ。すぐにエンツを数か所に飛ばし、ハルモニア号の船員たちもやってきて、現場の混乱は治まった。
「ほら、男たちは片づけを手伝え。女たちはケガ人の手当て。気持ちを落ち着かせる飲みものも準備しろ」
グストーも顔役らしく、まわりを落ちつかせて、テキパキと指示をだしている。
「ユーリ、グストーと協力して対策本部を設置して。テルジオにここで港と施設の準備をする人材を選んでもらって」
「ハルモニア号に乗った使節団から選ぶんですか?」
首をかしげるユーリに、わたしは説明する。
「エクグラシアに派遣してもらう余裕はないもの。今はひとりかふたりでもいいわ。寄港地とするには何が足りないか、何をすべきかを考えてもらうの。えっと……ドッグが必要なら機関士の意見も必要だわ。エリスかだれか……」
「バハムートに残りたいという者がいるかわかりませんよ。僕らはサルジアに向かわないといけません」
「まずヌーメリアを探すわ。だから彼女が見つかるまでのあいだに、考えてもらうの」
ここであまりグズグズしている時間はない。けれど呪術師に対する対策は、これからだって必要になってくる。ちゃんとした足がかりをバハムートに残しておきたい。ユーリはキュッと眉を寄せたけれど、息を吐いてテルジオを呼ぶ。
「わかりました。テルジオ……できるだけのことをしてみよう」
駆けつけてきたテルジオの顔も青ざめたままだ。
「はい。けれどヌーメリアさんは無事でしょうか……」
ローラが渋い顔のままうなずく。
「あの子は心配ない。もともと慎重な性格だし、毒の知識がある限り命は無事だ。それがわかっているから飛びこんだんだろう」
船員たちと話し合っていたレオが戻ってきた。
「魔道具師や魔導機関士の手を借りたい。回収してきた傀儡の分析を船でおこなう」
「はい、すぐに」
気を取り直してテルジオも動きだす。こういうとき動揺を鎮めてさっと動けるのは、さすが王城勤めが長いだけのことはある。
レオは髪をくくって頭を振り、運ばれてきたポーションを何本か、自分の収納ポケットにしまう。
「私はちょっとでかけてくる。マイレディ、きみは船に……」
「どこへいくの?」
黒い瞳がわたしに向けられた。薄い唇が言葉を紡ぐ。
「地下深くだ。バハムートの深淵へ向かう」
「わたしもいく!」
間髪入れずに、わたしは叫んでいた。









