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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十二章 移動要塞バハムート
536/560

536.港の市場

挿絵(By みてみん)

『魔術師の杖』シリーズ、イラストを担当されているよろづ先生から、錬金術師ネリアの年賀イラストを頂きました!キラキラのネリアですね!

「Copyright(C)2020-konayuki粉雪」

 バハムートのひとたちでにぎわっていた市場の屋台は、持ってきたハンドクリームがはけたタイミングでいったん閉めた。


 休憩しているヌーメリアとローラに、ジャックラスネックレスを売った女性が話しかけてくる。


「ねぇ、ヌーメリアさんの髪飾り、ちょっと見せて」


「これですか?」


 ヌーメリアの髪飾りは、ヴェリガンから贈られたアミュレットで、赤い実を運ぶかわいらしい二羽の小鳥が彫ってある。彼女は髪飾りがよく見えるように、少しかがんで後ろを向いた。


「ステキな模様が彫ってあるのね」


「夫から贈られたもので……寄り添う小鳥は〝相愛〟、実は〝豊穣〟をあらわすそうです」


 彼女の声が『夫』のところで震えそうになる。慣れてないものはしょうがないのだ。


「細かい模様がよく見えないわ。外してもらってもいい?」


「え、ええ……どうぞ」


 無邪気に差しだされた女性の手に、ヌーメリアが髪飾りを外して載せたとたん、市場で騒ぎが起こった。


 突然あらわれた赤いローブの集団に、住人たちの悲鳴があがる。


「サルジアの呪術師だ!」


「子どもたちは中へ!」


「いやあぁっ!」


 おびえた女性がアミュレットを握りしめて走りだし、ヌーメリアは胸に下げた毒のペンダントに指を伸ばす。ローラがすっと前にでた。


「おや、ようやくのおでましかい」


 エクグラシアでは見かけない、赤いローブを着た一団……ヌーメリアはそのうちのひとりに見覚えがあった。


「あなた……マグナス・ギブス!」


 緩くカールした黒髪に精悍な顔だちで、貴族らしい気品や威圧だけでなく、粗野な荒々しさも兼ね備えた男。リコリスの領主館から、ヌーメリアの敷いた捕縛陣を解いて逃げだしたままだった。


「光栄だな、ヌーメリア嬢。私のことを覚えていただいたとは。しばらく会わないうちに、より美しくなられた。そうそう、あの少年は元気ですか?」


 どこかふてぶてしい態度で、優雅に一礼する赤いローブの男を、毒のペンダントを握りしめたままでヌーメリアはにらみつける。


 耳障りのいい低い声なのに、この男がしゃべる言葉はなぜか、彼女の心をザワリとさせる。なにか引っかかるトゲのようなものを、全体に散りばめたようだ。


(〝言霊〟を扱う呪術師……エクグラシアにはない魔術……危険だわ)


「あなたには関係ないでしょう」


 きつい声で突っぱねると、男は口元をほころばせた。


「今日はごあいさつに参上しただけですよ。使節団と交流を深めたくてね」


 滅びの魔女ローラが、指先で魔法陣を紡ぎながら男をねめつける。


「サルジアから来た……というわけでもなさそうだ。ハルモニア号に紛れこんだのかい?」


「さぁて。私には貿易商の肩書きもありますのでね。ヌーメリア嬢のお役に立てるかと思ったのですが」


「あなたに用はありません。それにもう令嬢でもないわ」


 男が黒い瞳を光らせた。


「あなたが持っている毒の知識、扱う技術はサルジアでこそ輝く。報酬だけでなく家も男も……望むだけの待遇を用意しよう」


「なっ……」


 ヌーメリアのほほに血がのぼる。優しい言葉や紳士的な態度の裏で、マグナゼは彼女にドブネズミと呼ばれていたときの姿を、容赦なく思いださせる。


 姉夫婦からなんと聞かされていたかは想像がつく。孤独にあえいでいた彼女は、男の目にはどう映っただろう。


 リコリスの家でアレクと出会っていなかったら、彼女はマグナゼの申し出に、居場所を見つけたと感じたかもしれない。


 ヌーメリアは〝毒の魔女〟と呼ばれる自分が嫌いだった。けれどもその称号は彼女を守るためにずっと必要だった。


(ネリアに認められて……新たな未来を見つけようと思ったから……)


 生まれ変わらなくても、べつの自分にならなくても、そのままで幸せになれる。


『錬金術を使うときは、だれを幸せにするかを考えて』


 ネリアの言葉が〝毒の魔女〟ヌーメリアに、錬金術師として生きていくことを決意させた。ただの逃げ場所だった研究棟が、心地いい住まいになり、パートナーとの出会いの場になった。


(ヴェリガン……)


 彼女の夫となった男は、最初とくに彼女の印象に残らなかった。いつもオドオドとしてうつむいて、言いつけられた仕事だけすると、あとは自分の研究室で植物に囲まれてゴロゴロしていたから。


 彼の印象が変わったのは、アレクが研究棟にやってきてからだ。ソラがいる居住区での暮らしは快適だったけれど、子どもが過ごすには物足りない。退屈するとアレクはよく、ヴェリガンの研究室に入り浸るようになった。


 なぜかヌーメリアも、彼のところなら安心だと思えた。故郷でつらい生活をしていたアレクが、大人の男性とふたりで過ごすことに怯えるようすもない。


 そして彼女が訪ねていくと、ヴェリガンは〝緑の魔女〟から受け継いだ秘伝のレシピを、どもりながら一生懸命教えてくれる。


(私は彼を利用しようとしただけなのに……)


 いつだって彼女といるとモジモジして、下を向いてゴニョゴニョとしゃべり目も合わせない。


『ヴェリガンはすごいんだよ!』


 アレクがほめるのを聞いてようやく、ヌーメリアは彼の魅力に気づかされた。


 ヌーメリアはあらためて目の前にいる呪術師を見つめた。


 残忍さをうまく隠して堂々としたマグナゼと、ひょろりとして気弱なヴェリガン……女性ならば皆、最初は自信に満ちあふれたマグナゼに目が行くだろう。


 けれど残忍で狡猾……そうハッキリと顔に書いてあった。わざと笑ってみせる目には、冷酷な光をたたえている。


「あなたが私に用があるなんて……たとえば傀儡の毒をさらに強化したい、とかそういうことかしら?」


 マグナゼは驚いたように目を見開いて、うれしそうにうなずく。


「よくおわかりだ。もちろんそれだけではない」


「ほかにもあるの?」


 ヌーメリアが意外に思うほど、男は真剣な表情だった。


「あなたに聞きたかった。新しい師団長……あれは何者だ?」


 ネリア・ネリス……ヌーメリアにとってはよき上司であり、かわいらしい年下の女性であり、恋の相談相手でもある。


(ネリアが何者かなんて私も知らない……知ろうともしなかった)


「質問の意味がわからないわ」


「あの女は私に魔法陣をかけた。だが使われた術が何かわからない。どうやって解くか知りたい」


 ギラギラした目は切羽つまっており、マグナゼにも余裕がないことをうかがわせる。


「私じゃなくてネリアに聞いたら?」


 ヌーメリアにも答えようがなかった。夏の事件についてはユーリからも説明されたけれど、ネリアがしたことは未だにさっぱりわからない。マグナゼは憎々しげに顔をゆがめる。


「術だけではない。あの女が持つ魔力の性質は……」


 そのときエンツでネリアの声が降ってきた。


「ヌーメリア!ローラ!魔羊牧場で呪術師と傀儡たちに襲撃されたの。そっちはだいじょうぶ?」


「マグナゼがあらわれましたが、だいじょうぶです。そちらは無事ですか?」


「わたしたちは無事!今レオとユーリで後始末をしてる」


 チッとマグナゼが舌打ちをした。


「傀儡どもめ……足止めすらできぬとは」


 彼が腕をひらめかせて魔法陣を発動させると、離れたところで悲鳴があがる。


「きゃああぁ!」


 見るとアミュレットを手にした女性が、〝奈落の陣〟に吸いこまれていく。


「は⁉」


 当のマグナゼがぼうぜんとして、ヌーメリアを振りかえった。


「あのアミュレットは?」


 ハッとしてヌーメリアも灰色の髪に手をやったが、アミュレットは女性とともに地面に吸いこまれた。ローラがあきれたように口を挟む。


「ヌーメリア、モノを媒介にした呪術だ。あんたを狙ったようだね」


 それを聞かされて、灰色の魔女は顔色が変わった。


「私のだいじなものを利用するなんて!」


「そっ、それが呪術だ。想いがこもったものほど力を持つ!」


 吐き捨てたものの呪術師は、さすがに分が悪いと思ったのか、転移陣を展開して逃げようとする。


「彼女とアミュレットを返しなさい!」


 ヌーメリアは叫んで呪術師に飛びかかった。転移陣が赤く光り、彼女と呪術師の姿はローラの前から消えた。


「ヌーメリア!」


インプレス社にて9巻20冊にサイン。

緊張で線がぶれたり、スタンプの向きを間違えたのはお許しを。

挿絵(By みてみん)

本を9冊出させて頂いた感謝の気持ちを、何かの形で表したかったのです。

企画にご協力頂き本当にありがとうございました!

2025年3月末で退職しました。

コミカライズ準備・なろう版完結に向けてしっかり取り組んでまいります(^^)ノ

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☆☆『7日目の希望』NovelJam2025参加作品。約8千字の短編☆☆
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