533.襲撃
グストーはうなった。
「錬金術師……不老不死をエサに、金持ちから金をせしめる詐欺師かと思っていたが……」
「どういう認識なんですか、それ」
「サルジアのヤツがそう言っていた」
ぼそりとつぶやかれたその言葉に、ユーリが反応する。
「だれですか、それは。サルジアの者がバハムートにもいると?」
けれどグストーが口を開く前に、レオがいきなり索敵の魔法陣を展開する。
「うおっ⁉」
視界に広がる立体図に、ハンドルを握るグストーが動揺し、ガタンと大きく車体が揺れた。その首筋にレオの白刃がピタリと当てられた。
「襲撃者、その数二十。スピードを落とさずこのまま突っ走れ」
「なっ、無茶いうな!」
「襲撃者って⁉」
後ろを振り向こうとしたわたしを、レオが一喝する。
「しっかり前を見て、体を固定しろ。魔羊に紛れて近づく者がいる。羊飼いではなさそうだ」
ユーリが低い声をだした。
「どういうことですか、グストー」
「お、俺は何も……」
「何が狙いだ」
白刃を見下ろして、あえぐグストーにレオが畳みかける。ガタガタと揺れる車内だと、ひょっとした弾みで流血の惨事になりそうだ。
……っていうか刃物があるの、わたしのすぐ横なんだけど!
グストーがぐんと魔導車のスピードを上げた。けれど首にあてられた刃はピクリともしない。
「わーったから、そいつを引っこめろ。俺は魔羊に興味のありそうな、その姉ちゃんを牧場に案内しただけだ!」
「なぜ待ち伏せされている」
レオの詰問にグストーが怒鳴りかえす。
「知らねぇ。危険だとわかってりゃ、自分で首突っこんだりしねぇよ!」
ユーリが叫んだ。
「来ます!敵は呪術師……魔法戦だ!」
「……あれ!」
魔羊の姿が何匹か融けるよう崩れ、緋色のローブを着た人影に変わる。鮮血のような赤は血まみれの人間を思わせる。
地面に魔法陣が展開し赤く輝いたかと思うと、そこにボコリと大穴が開く。グストーがハンドルを切って穴を避けると、近くにいた運の悪い魔羊が鋭い叫びを上げて、穴に吸いこまれていった。
「チッ……〝奈落の陣〟なんか張りやがって」
「〝奈落の陣〟……って?」
レオの白刃がスッと引かれ、彼も術式の展開を始める。
「どんなものかは知らねぇ。落ちて帰ってきたヤツはいないからな。あんな物を目の前で使われて、消えていくヤツを見たら、従うしかねぇだろ!」
「もう一陣、来ます前方!」
進路をふさぐように、赤々と禍々しい魔法陣が展開した。陣を張られた地面の草がボロボロと崩れ、穴に飲みこまれていく。
「やべっ!」
「スピードを落とすな!」
グストーの叫びにレオの檄が飛び、車体はさらに加速して〝奈落の陣〟に突っこんでいく。
「きゃああぁ!」
魔法陣の端にかかった車体がガクンと前のめりになり、助手席に座るわたしの目に、ぽっかりと開いた〝奈落〟が飛びこんでくる。
どこまでも底が見えない……ただの穴。
その瞬間、魔導車の周囲に魔法陣が展開し、わたしたちは車ごと転移していた。ドゴンとすごい衝撃とともに、タイヤが石くれや泥をまき散らして着地する。
「た、助かったのか⁉」
グストーは冷や汗をぬぐったが、レオの表情は厳しいままだった。
「一時しのぎだ。相手の人数が多い。消耗戦になると魔法戦は厄介だ。魔力が尽きれば負けだからな」
「魔力……」
こんなときは魔力バカのくせに、わたしは何の役にも立たない。ぎゅっと唇をかみしめると、ユーリが身を乗りだした。
「どこかで態勢を立て直しましょう。グストー、時間稼ぎに逃げこめるところはないですか?」
「ここでか⁉」
「僕もレオもそこそこ戦えます。相手はあなたの命だって惜しくないんだ。協力してください!」
「ぐっ……」
一瞬だけグストーはためらったが、呪術師たちが続々と魔導車を追って、転移してくるのを見て顔色を変えた。
「一ヵ所だけ、すぐ近くに魔羊よけの結界を張った場所がある。そこなら……」
「ならそこへ。僕らで二十名の呪術師を蹴散らしたら、錬金術師団長の提案を前向きに検討してもらいますよ。いいですね」
「あぁ、俺が生きて帰れりゃな!」
吐き捨てるように言って、グストーは大きく進路を変えた。
呪術師だちは〝奈落の陣〟だけではなく、〝捕縛陣〟も繰りだしてくる。気づかれたと知った後は、炎や雷撃まで飛ばしてくる。
レオが風の刃で呪術師たちを狙い、ユーリが手持ちのルエンで魔法陣を斬り裂き応戦する横で、わたしは三重防壁を車全体に広げることで、炎や雷撃といった直接攻撃を防いだ。
「すげぇな、この防壁……」
「そのかわり魔力消費がもの凄い。彼女が集中力を失くせば終わりだ」
グストーがちらりとわたしを見た。
「だからサルジアのヤツら、『最初にひとり減らす』ってあんたを名指ししたのか……」
「わたし⁉」
「まったく……自覚がないのは困る」
「ホントですよ。おかげで僕らいかなるときでも、備えを万全にしておかなきゃいけない。気が休まりません」
ちょっと、なんで三人して『やれやれ』みたいな顔してんのよ!
わたしは日々、目立たないよう努力して生活してるのに!
それに巻きこまれたのはわたしであって、元はきみたちの事情なんだからね!
「レオ、防戦一方だけど反撃に出られるか?」
「……タイミングを見ている」
おそらく彼は呪術師を相手にするには、魔術師として戦ったほうがやりやすい。けれどそれは彼の正体を敵に教えることになる。
(彼の魔術を封印したまま、戦わせることになるなんて……)
けれどユーリが言うように、わたしのライガと同じく、彼の魔術は最後の切り札なのだ。
(それはきっと今じゃない……でもそれだって、生き残れば言えることだ!)
わたしは進行方向をにらみつけた。
「グストー、結界に守られた避難場所はまだ?」
歯を食いしばっているせいで、グストーからはくぐもった声で返事が返ってきた。
「もうすぐだ。あそこにはバハムートの者しか入れねぇ」
「それは……」
至近距離で炸裂する攻撃をかいくぐりながら、グストーは爆音に負けないぐらいの声で叫んだ。
「あんたが言ったんだろう!俺たちが大事に隠しているデルモスの畑だ!」
目の前に切り立った崖がある。グストーはスピードを落とすどころか、どんどん加速して魔導車ごと岩壁に突っこんだ。
「きゃ……!」
わたしはとっさに頭を抱えて目をつむる。
覚悟したような衝撃は何もなく、結界を通り抜けたわたしがそっと目を開けると、車は岩壁にできた亀裂に入りこみ、天然の細い通路を進んでいた。
攻撃はピタリとやみ、キレイにならされた薄暗い道を、魔導車は静かに進む。前方に通路の終点と白い光が見え、まぶしくてわたしは目がくらむ。
徐々に目は光に慣れていき……。
「すごい……」
わたしたちの目の前に広がるのは、赤や黄色に咲き乱れる花畑……それは天国のような美しい光景だった。









